ギターやってたらモテるって言ったの誰だよ!

うめつきおちゃ

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 高校への入学前、理想に描いた高校生活を送れている人はこの国にどれほどの数いるだろうか。

『放課後に友人たちとカラオケ』『気になるあの子と連絡先を交換』『部活の仲間と帰り道に買い食い』そんなもの夢物語だ。 

 仮に、もし貴方がそうだと言うのなら、……一発だけでいいから殴らせて欲しい。

  

『高校生になったら勝手に彼女ができる』こんな甘えた考えをしていたのはボクだけじゃないはずだ。こういう考えは普遍的で絶対的、世界的とも言える思春期特有のよくある思い違いだ。


 え?ボクだけ?……いーや、ウソだね。 


 ボク『田中虎慈トラジ』の場合は少し事情が違う。なんてったってボクは楽器ができる。それもギターだ。エレキもアコースティックも持ってる!まぁ厳密に言うと……叔父のだけど。


 ギターは4歳の頃からずっとボクの大切な友達だ。

 楽器っていうものはとても素晴らしいもので。


 ……たとえば邦楽を弾けば国内の、洋楽を弾けば海外のアーティストが『伝えたい』『届けたい』と願って膨大な時間をかけた作品に、自分も混ざることができるのだ。そうやって思いを馳せながら演奏をしているとボクは行ったこともない景色や見たこともないものをリアルに感じることができて、……そうして孤独を紛らわせてきた。 


 入学祝いに叔父が買ってくれたリンキン・パークの今は亡き、チェスター・ベニントンを意識したメガネに新調し、初めての美容室に行き、自己紹介も念入りに考えたって現実は変わらない。


 だからこんな寂れた実習棟の、人のこない一階の端で1人ギターをかき鳴らしていても『ボクは寂しくなんてないんだ』。


「あああっ!!」

 時々こうして『入学前に思い描いていた理想』と『冴えない現実』のギャップに頭がおかしくなりそうになり、悶え、身体が勝手に動き出す衝動に襲われる。 


 頭の先から腰まで全てを揺らし、某アニメで有名になった曲を気持ちよく奏でる。気持ちが乗っているのかいつもより運指がスムーズで音の繋ぎが気持ちいい。

 衝動に身を任せて全身を揺らしながら部室内を動き回っていると足にコードが引っかかり、アンプからヘッドホンのコードが外れてしまった。


『ヤバイ!』と脳みその片隅で冷静な僕が声を上げた。


「いいや、止まれねぇ!それがロックだ!」

 バカみたいなことを1人叫んで弾き続ける、が数秒もしないうちに冷静さを取り戻し、ジャックを差し直す。


 ヘッドホンを外して耳を澄ます。

 

 何も聞こえない。良かった……どうやら間に合ったらしいな。

 上の階の図書室で活動中の『漫研』だか、『文芸部』だかの連中が怒鳴り込んでくる前に止まれてよかった。アイツらはボクのことを『地味』『メガネ』『制服を着崩していない』というだけで同類、もしくは格下だと認識しているらしく当たりが強くて怖い……もとい鬱陶しい。だから静かにするのが間に合って良かった。


 しかし……まったく、ふざけてる。一応ここは軽音部の部室だってのに防音設備がいっさいないなんておかしいだろ!そんなんだから他の軽音部員は先輩たち含め誰1人として、ここを利用しないんだ!

 ――そう、ボク以外の誰も……。


 ……演奏するテンションじゃなくなってしまったので、もう帰ろうかと思った、その瞬間。

 ノックもなしに扉が開いた。


「ねぇねぇ!さっきの曲、君が弾いてたの?!凄いね!アレってさ、……アレだよね?!ほら、あのアニメの!」


「ええっ?!」

 壊れるんじゃないかと思うほど勢いよく開かれた扉から勢いよく飛び出してきた女子生徒に驚き、ボクは情けない声をあげてしまった。


 

『冴えないボクが1人でギターを弾いていたら同級生の可愛い女の子に話しかけられる』なんて童貞丸出しの馬鹿げた妄想が今、現実になった、なってしまった。


 突然の状況にボクは固まり、言葉が出ない。そのくせ心臓は馬鹿みたいにテンポアップし、無音の部室内に響いているみたいだ。


 この恥ずかしい心臓の鼓動が、君に届いていない事を祈る。

 

 ――青春の始まる予感がする。

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