第3話 避難地域

 イムクの腕から放たれる銃声は、しばらく続いた。


「ユウガ、説明していませんでしたね。ここが避難地域だということを」


 イムクは戦闘を続けながら説明する。ユウガに流れ弾が当たらないように意識しながら、的確に銃弾を当てていく。


(避難地域……だからこんなに荒廃してんのか!)


 ユウガは脳内で情報を補完し、怪物の狙いがイムクに移ったことを確認する。そして、イムクの目配せに合わせて路地裏へと逃げ込み、陰から戦闘を観察する。


「ギギギッ!!」


 怪物は炊飯器らしく手に内釜のような鈍器を形成し、イムクに向かって投げつけてくる。


「つまらない攻撃をしますね」


 イムクは攻撃をかわしながら挑発するように言った。しかし、相手には感情というものがないらしく、その言葉に見向きもせず攻撃を継続する。


 鉄の塊が周囲にガンガンという騒音と、コンクリートの壁を凹ませるという結果を与えている。どうやら、あの攻撃は想像以上に強力らしい。


「仕留めますか」


 イムクは左腕と背中のパーツを換装し、それぞれ斧のようなパーツとジェットパックのようなパーツを取り付けた。


「行きますっ……!」


 イムクの背中が点火し、急加速する。そして、その勢いのまま斧で相手を切りつけ、地面へと押し倒す。さらに、銃で器用に炊飯器の蓋を開け、内部に数発の弾丸を撃ち込んだ。


 ガガガガンっと大きな音がした後、炊飯器の怪物は動きを止めた。


「内部電流の減衰を確認。制圧完了──」


 イムクはユウガを視認すると、急いで近づいていった。


「逃げますよ」


「──なんで!?」


「これだけ大きな音を出しましたし、怪物あれの仲間に連絡がなにも行っていないなんてことも無いでしょうから。さ、行きますよ」


 ユウガはイムクに連れられ、急いでその場から離れた。


◇ ◇ ◇


「さあ、話の続きをしましょうか」


 イムクはユウガを手頃な廃ビルに連れこみ、説明を再開する。


「先程も言ったように、ここは避難地域なんです」


「なんで避難することになったんだ?」


「単純です。この辺りは暴走した吸血鬼が多数いる危険な地域だからです」


「いやいや、暴走した吸血鬼って……別に暴走してないやつが大多数なんだろ?」


「ええ、そうですね。どうして暴走吸血鬼が集まっているのかはわかりません。しかし、事実として、そういうのが多数いる訳です」


「そうか……」


 しばしの無言が流れる。イムクは外の風景を眺めてから、再びユウガを見る。


「そしてここは、対吸血鬼用バレットを作るホワイトラベル社としては好都合な場所なんです」


「──暴走した吸血鬼がたくさんいるからってことか?」


「そうです。ラベル社としては、吸血鬼を駆除するという大義名分ができる……。試験をするにはもってこいなんです。そして──」


 イムクは少しだけ悲しそうな表情をした後に、ユウガに告げた。


「先程あなたを襲ったのは、ホワイトラベル社が制作したバレットの一種です」


「──マジかよ」


「ええ。ここの地域に限った話ですが、彼らが殺すのは吸血鬼だけではないんです。社内の人間、及びバレット以外は、全て駆除対象です」


 そう言われたユウガは、心のなかにひとつの疑念を抱いた。


「いや待て、なんでその事実をラベル社製のバレットであるアンタが、部外者の俺に漏らすんだよ」


「──あくまで、ホワイトラベル社製なのは身体だけです。内部データは『ソウド電機』が作ったものですから」


「つまり、舌パーツってやつを交換したってことか」


イムクはこくりと頷いてから、「いや、逆です」と呟いた。


「私は舌パーツ以外を交換したんです」


そう言われたユウガは納得しきれないところを抱えながらも、目を逸らして頷いた。何も知らないユウガの脳内には様々な疑問が消えては生まれる。ユウガは常識以外のことは本当に何も知らなかった。世界の現状も、裏組織の事実も──自分のことも。何ひとつとして理解しきれていないのだ。


「そんで、なんでさっきのバケモノは普通のバレットとは似ても似つかないような形をしていたんだ?」


「──詳細は私にはわかりません。しかし、彼らが通常の家電製品を変形させたバレットである、ということは分かっています」


「変形ってことは、もとは普通の炊飯器だったってことか」


「その通りです。私は一度、掃除機がバレットに変形するのを目撃しましたので、間違いないと思います」


「じゃあ、ラベル社は通常の家電にバレット変形機能を搭載した製品を発売しようとしている、ということか」


 ラベル社は業界トップシェアを誇っている企業。豊富な資金力を武器に様々な製品を発売するのは、なんらおかしな話ではない。


「てか、ここは避難地域なんだろ?なら早く脱出した方がいいんじゃね?」


「──そうですね」


「あれ、じゃあなんでイムクはここにいるんだ?あ、実験体の一人……ってことか」


「──おそらくは」


「なんか歯切れの悪い答えだな。まあ、正直上のやつらがやることなんてよくわかんないしな。とりあえず脱出しようぜ。飯もないし」


 ユウガは、やや楽観的に建物を出た。イムクは、そんなユウガに不安を抱きつつも、オーナーの言うことに従った。


 今日は少し風が強い日だった。ユウガは飛んでくる細かな砂に、目をつぶりながら対処する。対して、イムクは目をつぶることも無く進み、多少砂が溜まったら直接目を触って砂を払う。理屈は分かるが、やはりユウガの目には奇妙な光景に映った。


 その事実を感じながら進んでいくと、ザッザッザッとアスファルトを蹴るような足音が聞こえた。


「なあ、キミたち」


 二人の後ろからとても若いハツラツとした声が響いた。イムクとユウガは足を止める。


「ちょっと面白そうな匂いを感じてねぇ?もしかして、行く宛てがないんじゃないかいっ!?」


 ──なんだか、少し失礼なヤツであった。

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