ねずみのお椀

清瀬 六朗

第1話 寺藤家の正月

 年が明けた。

 梅子うめこと、お父さんとお母さん、親子三人、毎年と同じ、高揚感も何もない正月の始まりだ。

 それでもお雑煮は作ることになっている。

 お母さんが具をお椀に入れて、梅子が汁を注ぐ。

 中学生のころからそういう分担になっていた。

 「うん?」

と気がつく。

 お椀が真新しい朱色の漆塗りのお椀だ。ぴかぴかすぎてプラスチック製じゃないかと思うくらいの新品。

 「お椀、毎年のじゃないの?」

 毎年、お雑煮には、ぼろぼろの木のお椀を使っていた。

 何の工夫もないお椀で、側面に何かレリーフのようなものが彫り込んであった。

 お正月三が日だけとはいえ、何十年も使ってきたお椀らしく、塗りはところどころ剥げ、すり減っていて図柄もはっきりわからない。

 大学に入って最初の帰省のとき、お母さんに何の絵なのかをきいた。

 「ねずみの絵だよ」

という答えだった。

 「なんでねずみの絵なんか」

 お祝いの器に、どうしてねずみ?

 お母さんは「ふん」と「うん」の中間のような声を立てた。

 「ねずみが子だくさんの象徴だから」

 言われて、梅子は何も言えなかった。

 お父さんとお母さんには、子どもが女の梅子しかいない。

 それで、親戚で集まるたびに、両親は「寺藤てらふじ家をぐ男の子がいない」と言われ続けた。

 家族三人に戻ってから、そんなのは気にしないと両親は言い続けたけど、気にしているのは、梅子にはよくわかっていた。

 今年は、そのお雑煮椀じゃない。

 「あれ? 言わなかったっけ?」

 お母さんが答えた。

 「県の博物館の学芸員の人が来ていろいろ調べて行って」

 その話は去年の夏の終わりに聞いた。

 寺藤家は、江戸時代には家老の少し下という家柄だったらしい。だから、何かその時代のものがないか調べに来る、という話だったと思う。

 「あれを見せたら喜んでくれたからあげちゃったの」

 「はあ? そんなに古いものだったの、あれ?」

 「なんでも、ねずみ年生まれの殿様がいて、その人が藩主になったときに、家臣に配ったものだったらしいよ。だから、江戸時代のもの」

 梅子は目を丸くした。

 「これまで、そんなのでお雑煮食べてたの?」

 「そう」

 お母さんは梅子のほうも見ずに平気でそう答え、真新しい器に慣れた手つきでお雑煮の具を盛っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る