リアル恋愛シミュレーションゲーム
オルソン
第1話「打算的な企画」
サーバーのファンのノイズの音だけが聞こえる静かなオフィス。チカチカ
とLEDランプが時の流れを刻む。黙々と作業をしている仁と悠太。扉が開く
音の後、直樹が深刻な表情をしてオフィスに入ってきた。
「…最近、マジで大学生らしいことしてないよな」
と直樹は呟く。仁と悠太は不意を突かれ振り向く。
「おまいら、彼女がほしいって思ったことある?」
仁は呆れ顔をしながら「何?仕事の話?」と聞き返す。
ここは直樹とその友人達が立ち上げたWEB制作会社のオフィス。ワンルー
ムマンションを借りた一室に3分の1はサーバーで埋められ、そのほかに空
いた狭いスペースでプログラマーの悠太とデザイナーの仁が黙々と作業をし
ていた。
彼らは全員、東京情報科学大学の学生。まだ二年生だ。大学に通いながら
直樹に誘われるままに会社を立ち上げた。直樹の奇抜なアイディアと行動力
で会社はあれよあれよと言うまに成長していった。彼らの共通点は無類のゲ
ーム好き。今はWEB制作を引き受けて資金稼ぎをしているが世間を騒がす大
ヒットゲームを作ることが夢だ。
直樹はニヤリと右頬を釣り上げながら悪いヤツがよくする顔つきで言っ
た。
「喜んでくれ、令和薬科女子大との合コンが決まった。」
仁は、ファッション雑誌から抜け出てきたような、洗練された雰囲気でネ
スプレッソを淹れている。
「なんだよ、この間モデルとの合コンしたばっかりだろ?」
まだ、仁はせっかく直樹のためにセッティングした合コンの事を根に持っ
ている。直樹のサイコパスな行動のせいで、せっかくの合コンがいつの間に
か仕事の打ち合わせになってしまったのである。
仁は高校時代からの直樹の友人。見た目の今どきのファッションを嫌味な
く取り入れ、顔立ちも良く性格も明るい。クラスではカーストのトップにい
る様な存在だった。
ただ、本人は見てくれや成績などで人に上下をつける様なことが嫌いだっ
た。そして、カーストトップに祭り上げて仁の「虎の威」を借りようとおベ
ッカを使うクラスメイトを避けるようにしていた。
その中で、クラスの空気や暗黙のルールに疎い直樹は仁の見てくれや地位
には興味も示さず、普通のクラスメイトとして接していた。普通の高校生らし
い興味や悩みを共有していくうちに、気の置けない仲となっていった。
仁の父親は大学の物理教授。仁は父親の仕事に憧れを持ち、同じ道を歩み
たいと考えていた。そして、その頃からゲームを制作したいと考えていた直樹
とはプログラミングの話で盛り上がり、同じ大学に進学した。
初めは単純なe-コマースサイトを自分たちで立ち上げ、デザインや決算機
能を中心にWEB制作を学んでいった。やがて、サーバーを持つようになり、
それらのノウハウを売り物にしているWEB制作会社を営んでいる。今でも、
彼らが作って来たサイトは彼らの実験場であり日々変化を遂げている。
今はファッションe-コマースに「恋愛シミュレーション・ゲーム」を組み
込み、擬似デートに必要な衣服を提案するサイトを目指している。このゲー
ムの狙いはとりあえず、カートの中に商品を入れてもらう事でゲームが進行
し、自分たちの商品をカートの中にまで進めることが狙いだ。ゲームに登場
する人物を「アニメ調」「アイドル調」「モデル調」と進めてきたが肝心の
AIに学習させるデーターがイマイチ現実的では無いところにつまずいてい
た。
仁は本物のモデルとの合コンを設定することで、AIに学習させるデータ引
き出せるのではと考えた。
仁の母親は元女優で今はタレント事務所をしている。派手な世界に身を起
き、仁にも雑誌のモデルの仕事を振ったりしていた。そして、その世界でも
一定の成果を達成できる才能を仁は否が応でも自覚させられていた。そうい
う仁を両手放しで母親は喜んでいた。仁もそういう母親の姿を見ることにま
んざらでもなかった。「モデルとの合コン」などと言うあり得ないような状
況もこの母親のコネと仁の容姿があれば可能なのであった。
しかし、直樹にはその合コンも不満であった。彼女たちの仕事柄、ファン
の目も気にしなければならない。会場はフランクに打ち解けられるように普
通の居酒屋を選んだ。そのため、かえって人目についてしまい、そのため合
コンの雰囲気ではなく、e-コマースサイトを作るための打ち合わせのような
雰囲気になってしまったのである。
「モデルは全然リソースにならん!本物の女子リソースが俺たちには必要
なんだ。」と直樹は呆れ顔した表情で手を振りながら言った。
仁はネスプレッソの香りを楽しみながら
「おいおい、女の子をリソース扱いする直樹のサイコパス気質を治さない
と彼女なんてできないぞ。」
直樹のいつものとんでも理論にほくそ笑む。e-コマースサイト制作に夢中になっている彼らだ。直樹の考えていることも理解はできる。しかし、内心ではそろそろ彼女の一人でも作ったら良いのにと考えている仁である。モデルの女の子たちも仕事から離れれば普通の女の子である。一方で、普通の女の子では直樹が満足出来ない事も理解できている。
直樹たちが通っている大学は生粋の理系専門大学である。普段から専門用語
で会話しているため、普通の女の子と話す時にいちいち「翻訳」すると思考
が止まってしまうのである。
悠太がじゃあ俺も、とネスプレッソマシーンの方へ歩み寄る。悠太は仲間
内から「ドクター」と呼ばれている。飛び抜けてプログラム技術が高い。AI
を組み込んだ「恋愛シミュレーション・ゲーム」だけでも製品化出来そうな
事を平気でやってしまう。
「で、その本物女子を落とすためのアイテムを俺に頼んできたわけだ。」
と直樹とすれ違いざまにポンと肩を叩く。
「え?何、やっぱり仕事じゃん。もうドクターに頼んでるなら。合コンて
言っても、俺たちの参加は矯正で話しが進んでたの?女子大生ならうちの女
子でも良くない?」と仁がいう。
「仁、よく考えてみろ、ここは東京情報科学大学だぞ、女子率10%。姫
達はみんな暗黒面に引き込まれて『暗黒姫』ばかりだ。仁がどんなにイケメ
ンでも暗黒姫に太刀打ちできると思うか?」と直樹。
「あははは。暗黒姫って、うちの大学の女子のこと?ウケるぅ。」と仁は
言い、悠太はニヤリとした。
理系専門の大学の場合、極端に女子率が低く、半分の男子は女子に近づくこ
とを諦め、半分の男子は協定を結びその女子達をお姫様のように扱う。地方
からやってきた女子などはかつてない自分への扱いと厳しい受験戦争からの
開放感から暗黒面に引き摺り込まれ、少しずつ横暴になり男子達をアゴでこ
き使う様になってしまうのである。こうなってしまった女子を皆「暗黒姫」
と呼んでいるのである。
直樹は椅子にどかっと腰掛け、
「今日、薬女の代表と会ってきた。3対3の合コンの約束を取り付けてき
た。理系用語も通じる。大丈夫だ、俺たちでもコミュニケーションが取れる
はずだ。」と言った。
「え?そうなの?翻訳しなくて済むんだ。それは助かるなあ」と気のない
返事の仁。
「なんだ直樹、その子のこと好きになったのか?」と悠太が意味深なこと
を言った。
普段、直樹と仁の馬鹿話をニコニコしながら聞いている悠太だったが珍し
く話に入ってきた。悠太は天才的なプログラミング技術を持っている。仕事
も異常に早い。オフィスにあるサーバーの堅牢性はそれだけで売り物になっ
ている。ただ、その堅牢性は悠太の心も同じだった。講義の時はいつも最前
列の右から2番目の席に座り、ノートも筆記用具も、そしてPCすら机に置か
ず、教授の話に耳を傾け、時々口角を上げたり瞬きが早くなったりするだけ
だった。
直樹はそんな近づきずらい悠太を昼食に誘い、自分が立ち上げているe-コ
マースサイトが攻撃を受けやすくて困っていうる話を持ちかけたのは直樹だ
った。それが彼らのつながりの始まりだった。そして、特に悠太は「言葉が
通じない問題」に出くわす機会が多く、人から相談されても、相談している
方が初めて聞く単語の津波に圧倒されてしまい理解出来ず、男女を問わず話
を諦めてしまうのだ。
しかし、直樹はわからない言葉はわからないと説明を求め、そこから独特の
アイディアを持ち出した。そして悠太を「こんなに人と
話すことが楽しいなんて」と魅了していた。
「な、な、何を言う。おまいらにも必要な経験なんだ。俺たちは大学生
だ。青春真っ只中だ。こんな俺たちが仕事にかまけて青春を謳歌しなければ
この先おかしな大人になってしまう。」と直樹が慌て声で返す。
「なんだ自分のサイコパスな性格を自覚はしているんだ。いいよ、面白そ
うだ。すでに悠太にプログラミングを頼んでいると言うことはただの合コン
じゃないんだろ?何するんだ?」と勘繰るように直樹に聞き返す?
「LARP・リアル恋愛シミュレーションゲームだ。」
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