第20話 追跡の街へ
昼食を終えて少し沈んだ気持ちで教室に戻ると、廊下側の席にいた桐瀬が、すっと腰を浮かせた。
そのまま廊下に誘い出されて、耳元に顔を近付けて、小さく申し送りをしてくる。
「ターゲットが分かったわ。三年三組の
「そうか。相変わらずやることが速いな」
「ふふん、まいったか。そう思うなら、ムーンバックスのチョコスムージーで手を打ってあげるわ」
「ああ、まあそのくらいならいいよ。お疲れさん」
きっとこいつは昨日の夜、ずっと画像解析と容疑者探しに没頭していたんだろう。
読書と惰眠に明け暮れていた俺としては、せめてそのくらいはさせてもらおう。
「そっか。同じクラスにいて、じっと上京さんのことを見ていたんだな。どうりで机や下足箱にも近付けるわけだ」
「そうね。それでね、今日そいつの後をつけてみようかと思うのよ」
「え? まだやるのか? 犯人が分かったんなら、それで終わりじゃダメなのかよ?」
「そうね……まだ、少し弱いと思うわ」
壁に寄っかかりながら、腕組みをして考え込んでいる。
まるで、何かの物語に登場する探偵のように。
「明らかに脅迫だったりすれば、警察に届け出ることだってできる。でもあの手紙だけだと、そこまで言い切れるかどうか。その前までの手紙は、そいつがやったっていう証拠が無いわ。限りなく黒には近いけど、知らないって言い張られたら、それ以上追及はできないわ」
「まあ……そうかもな、確かに」
「それに警察に知らせることは、真宮さんの真意ではないはずよ。騒ぎが大きくなるし、こっちが集めた動画を見せる訳にもいかないわ」
確かに……盗撮犯としてこっちに火の子がかかってくることだってありだし、放課後倶楽部の存在だってばれてしまうかもしれない。
「だから、もう少し証拠が欲しいわ」
「それで、そいつの後を付けようってのか?」
「そうね。けど、学校の外でボロを出す可能性は低いわ。どっちかっていうと、どんな奴なのか知るためね」
「なるほど、まず敵を知るってわけか」
「うん。それとね秋葉、ちょっと提案があるの」
「なんだ?」
…………!!!!!
桐瀬が俺に耳打ちをしたところで、午後の開始を告げる予鈴が鳴り響いた。
◇◇◇
その日の放課後、俺は三年三組の教室に向かった。
いつもは上京さんの方が二年生の教室まで来てくれるのだけれど、今日はそれよりも早く。
「上京さん」
「はい。あ、秋葉君? ……来てくれたんだ……」
「はい。あの……早く上京さんの顔が見たくなって……」
「え……ええ……!?」
頬にほんのりと紅色がさして、ちょっと慌てている様子の上京さんだ。
「へええ~、彼氏さん積極的じゃん。いいなあ瑠愛」
「うん、お熱いお熱い」
「あの、ちょっとやめてよ。ねえ、秋葉君?」
「あのさ、る……瑠愛。なにも心配はいらないから。何があっても、俺が君のことを……守って、みせるから……」
全く柄にもないことを喋っていて、顔が噴火しそうに熱い。
でもそれは彼女の方も同じなようで、顔も耳もぱあっと赤く染まっていく。
「あの……秋葉君……えっと、どうしたの、そんな……」
「きゃあ~、それってどういうことかなあ!? ずっと一緒にいて守るってこと!? もしかして公開プロポーズじゃない!!」
「やるじゃない後輩君、瑠愛を相手に堂々とそこまで言えるなんて!! 羨ましいなあ!!」
目をキラキラとさせながら、囃し立てるクラスメイトたち。
上京さんは慌てた様子で、視線を泳がせている。
「あ、あのね、もう……なんなのよ……でも……嬉しい。ありがとう、康生……」
うわわ、真っ赤な顔をして、はにかんだ上目使い……反則級の可愛さだ。
「あの、ごめんね。いっぱいお話したいんだけど、もうちょっと経ったら、岸田さんが迎えに来るんだあ」
「仕事だね、ご苦労様。車の所まで送るよ」
「うん、ありがとう!」
「きゃああ~、いつも優しいなあ、年下彼氏さん!!! ねえねえ、二人って、どこで知り会ったのお?」
「え? まあ、色々とあってさあ」
「その色々ってのを聴きたいなあ。二人ってどこで会ったりしてるのお?」
それから、二人の女性の先輩方に散々からかわれながら、少しの時間を過ごした。
恥ずかしそうに笑う上京さんの後ろ、三つ離れた席に座る細身の生徒、多々良康雄はその間、微動だにせずに正面を向いて、こっちには一瞥もくれなかった。
無事に上京さんを送り出してから、はあ~っと息を吐く。
全く……まだ心臓がバクバクいっているじゃないか。
清水の舞台から飛び降りるとはよく言ったものだ。
恥ずかしいったらありゃしない。
さて、着替えるか。
帰る支度をしてから更衣室で私服に着替えて、新しく仕入れた度無しの眼鏡を掛けた。
前回顔バレしてしまって、その反省からだ。
『多々良は教室を出たから、先に追いかけるわ。場所は教えるから追いついて』
桐瀬からだ。
先に着替えて出発したみたいだな。
少し遠回りだけれど、普段生徒が使わない裏門から、速足で彼女の後を追った。
駅へ向かう歩道、駅前の広場、電車のホーム、そして色んなショップがひしめく繁華街。
逐一送られてくるメッセージに目をやりながら、どんどんと距離を詰めていく。
やがて、
『ミリタリーショップに入ったわ』
なんだ、どんな用事でそんなとこに?
単なる趣味なんだろうか?
しばらくの間そこで時間を費やしていたようで、その間に桐瀬と合流することができた。
「ねえ、私じゃ目立って入れないから、中の様子を見て来てくれない?」
「ラジャー、マム」
今日の桐瀬も、教室の姿とは全くの別人だ。
黒髪を後ろで束ねて、両の瞳はカラコンでほの青く光っている。
相変わらずの巨乳ちゃんだし、青のミニスカートから覗く黒タイツは、その中にある肉感的な脚線美を隠しきれていない。
同じ倶楽部の仲間ながら、惚れ惚れするような女っぷりだ。
確かにこの姿は、場末のミリタリーショップには、全く不似合いだろう。
何喰わない顔で中に入って物色すると、じっと佇む多々良を発見できた。
一体何を……
彼の視線の先には、色んな形をした軍用ナイフが並んでいた。
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