第14話 この人は小悪魔!?

 人気アイドル上京瑠愛かみぎょうるあがこの学校にいるということは、入学してほどなくしてから知った。


「うわあ、やっぱり実物は可愛いなあ……」

「きゃああ! 顔ちっちゃい~♪」

「いいなあ、お友達になりたいなあ。ちょっと声をかけようかなあ……」

「やめとけってばよ。お前じゃ脈無しだし、取り巻きの連中に袋にされっぞ」


 金色の髪の毛をなびかせて彼女が姿を見せると、黄色い声援が乱れ飛ぶ。

 けれど、それ以上近寄ろうとする輩は少ない。

 選ばれた人間だけが醸すオーラに押し返されるのもあるけれど、他の生徒から目の敵にされる可能性だってある。

 真宮さんや星見さんの人気も高いけれど、知名度で言えば彼女の右に出る者はいないだろう。

 何せ間違いなく、全国区なのだ。


 そんな子が今、俺の目の前でお願いのポーズをとっているのだ。


「ねっ、お願い! お姉さん、秋葉君とお話しがしたいんだあ」


「は、はあ……」


 なんのことだかさっぱり分からない。

 けど、このまま引き下がってくれる気配はなさそうだ。

 しかも、俺の名前まで知っているっぽい。


「はい。分かりました」


「やったあ~! じゃあお弁当でも買って、どっかへ行こっか?」


「ええ、そうしましょうか」


 訳が分からないまま、上京さんの後をついて、熱い視線の中を縫っていく。

 今日は肉豆腐定食は諦めて、売店でシューマイ弁当とウーロン茶を買ってもらった。


「ちょっと遠いけどさ、向こうの校舎の屋上に行こうよ」


 上京さんが指さしたのは、職員室や生徒会室がある管理棟の建物だ。

 移動教室とかが無い限り、比較的人通りが少ないのだ。


 屋上に通じる扉をあけ放つと、風香る季節の空気がすっと鼻を抜けた。

 空は青く澄んで、どこかから鳥の鳴き声も流れてくる。


「あそこに座ろうか?」


 給水塔の脇で、並んで体育座りをした。

 上京さんは脚が長いな、そのせいかスカートがとても短く見える。

 すらりと伸びた真っ白な脚につい目が行ってしまって……

 グラビアで見るよりも、やっぱり実物は破滅的に綺麗だ。


「うふふ。どうしたの? 顔が赤いじゃん?」


「いや、べ、別に……今日はちょっと暑いかな」


 慌てて視線を逸らせて、シューマイ弁当の封を解く。


「何か、俺に用ですか?」


 弁当を頬張りながら、こちらから訊いてみた。

 だって、どう考えたって、こんなシチュエーションはあり得ないから。

 さっさと真意を確かめた方が得策だ。


「あのね……」


 上京さんはお箸をから揚げ弁当の上に置いて、なにもためらわずに言葉を続けた。


「私の彼氏になって」


「……ぶへっ!!!」


 危うく、口の中のものを大放出するところだったぞ。

 なんだって? 俺の耳がどうかしてしまったのか?


「あ、あ、あの、なんですって?」


「だから、私の彼氏になって欲しいの」


 何だよこれ、意味が分からないな。

 もしかしてどこかにカメラがあって、ドッキリが仕掛けられているとか?

 そして今日の夜には、どこかのサイトにアップされるってことかなあ?


 でも、俺はどう反応したらいいんだ?

 そのまま騙されたふりをした方が、番組としては盛り上がるのだろう。

 でもそれだとおバカ丸出しだな。

 真菜にでも見つけられてしまったら、小一時間ほど説教を食らいかねない。


 そうだ、ここは冷静にだな……


「あの、急なことなので、頭が追い付いていないのですが。俺が、上京さんの彼氏に?」


「わあ嬉しい! 私の名前、知ってくれてたんだ!」


 そりゃそうでしょ、知らない方が圧倒的に少数派だ。


「まあ、お噂はかねがねから。でも、そんな冗談を俺にふってどうするんですか? どこかにカメラでもあるんですか?」


 そんなことを伝えると、上京さんの眉尻がぺこんと下がる。


「そんなことしないわよ。信用無いんだなあ、私。なんか悲しいなあ」


「だって、今まで一度も話したことの無い相手に、彼氏にって……さすがに怪しすぎますよ」


「まあ……そうかもね。じゃあ言い直すわね。しばらく、私の彼氏のフリをしてよ」


 ……なんだって?

 それはそれでまた、理解不能だぞ。


「あの、話が見えません。なんでそんなことを?」


「それはね……お願い、私のことを守って!」


 そうしてまた、両手を合わせてお願いのポーズをとる上京さん。

 上目使いでじっと見つめられると、グラビアから登場した2.5次元のモデルさんのようだ。


「守ってって……なにかあったんですか?」


「……この学校の中に、ストーカーがいるみたいで恐いの。最初は気にしてなかったんだけどさ、最近は物がなくなったり、机の中や下駄箱に変な手紙が入ってたり。いつもだれかに見られたりしてる気がするし」


 いつもだれかに……それはそうだと思うよ。

 今をときめくアイドルタレントに、目が行かないわけはないんだ。


「でも、いつも見られてるってのは、職業柄じゃないんですか?」


「それはあるけれど……でもちょっと違う時があるのよね。なんていうか、だれもいないのに、なぜか視線を感じるっていうか……あ、そうだ。これを見てくれる?」


「これ……SNS?」


「うん。だれかに撮られて、アップされたみたいなの」


 これは多分、この学校の中で撮られた写真だ。

 白いシャツに短パン、いわゆる体操服姿の上京さんが、校庭で立っている。


「今まではこんなこと無かったんだけど、最近増えて来てるんだあ。だから、傍にいてくれる人が欲しいの」


「それ……別に、彼氏のフリなんかしなくてもよくないですか? それにそんなことしたら、かえって相手を刺激しないかなあ? どんなやつがストーカーをしてるのか知らないけどさ」


「近くにいてもらうのには、それが一番手っ取り早い理由じゃん? 積極的に宣伝するつもりはないけど、もし訊かれたら、口裏を合わせてくれたらいいからさ」


 なんだか、もうほとんど決まったみたいな口ぶりだな。


「けどさ、アイドルに彼氏がいるなんて、噂になったらまずいんじゃないですか?」


「まあ、話題にはなっちゃうかもね。でも最近は、そういうのカミングアウトしてる子も多いし、うちの事務所もそういうのは大らかだから、大丈夫かな~」


 おいおい、まじですか。


「言ってることは分かったけど、なんで俺なんですか? 他にも知り合いはたくさんいるでしょうし、男よりも女の子の方が変な目で見られないでしょ?」


「そうね~、女の子の方が自然だけど、いざって時はやっぱり男の人の方がいいじゃん? それに、男の人と一緒にいるところを見たら、そいつだって何か動きだすかもでしょ? 何か手がかりがつかめるかも」


「……そううまくいきますかねえ。でもそれにしたって、別に俺じゃなくてもよくないですか?」


「ねえ……これって、君だよね?」


 そう言いながら差し出した彼女のスマホ画面には……


「え、これ……」


「クラスのRINEで回ってきたけど、これって君だよね。強い人だと安心じゃん。女の子を守ってたんだよね?」


 それ、桐瀬に見せられた動画と同じやつ……


「い、いや、知らないなそんなのは、はは……」


 ここはなんとか誤魔化そう。

 顔はぼやけているから、俺じゃないって言えば、うやむやにできるだろう。


「ふ~ん、そんなことを言うんだ。じゃあこれはどう?」


 ……あ、これは、俺だ……


「画像解析ソフトで、クリアにしてみたんだ。私SNSに動画をアップしてたりするから、こういうの詳しいのよ」


 動画では顔がぼやけているけれど、上京さんの差し出す画像には、くっきりと俺の顔が映し出されていた。


「ど~しよっかなあ~、これ。もしかして、内緒にしていて欲しい?」


 いかん……マウントを取られた……




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る