第2話 放課後倶楽部

 星見さんとデートか……

 しかも、俺の誕生日を覚えていてくれていたなんて。

 一応連絡先は知っていたし、今までに何度も話したことはある。

 でもそれは、彼女から入ったメッセージに、短くてあまり意味のない言葉を返すだけのやり取りで。


 それが、こんなことになるなんてなあ。


 もしかして、まだあの時のことを、気にしていてくれるのだろうか。

 もう過ぎたことなのに。


 何だか、今から落ち着かないな。

 休日に女の子との二人でだなんて、未だに経験値がゼロだ。

 少なくとも、『指令』以外でのプライベートではさ。


 そわそわと授業も上の空のままで、放課後を迎えた。

 

 さて、じゃあ行くかな……

 渡り廊下を通って向かったのは、職員室や、音楽室や家庭科教室といった特別教室が多く入る、管理棟と呼ばれる隣の校舎。

 その中にある重たい扉の部屋だ。

 黒い板に白い文字で『生徒会室』と掲示がされている。


 ノックをして扉を開けると、長い机の一番向こう側に、女の子がこちらに向かって座っていた。

 背中の方から、後光のように陽光を浴びながら。


 その脇では男子が一人横向きに座っていて、鋭い視線をこちらに向けた。


「失礼します」


 挨拶をすると、女の子は涼やかな目線をこちらに流しながら、にっこりと口の端を上げた。

 相変わらず、物凄い美人だなあ……

 黒い宝石のような瞳に、氷の彫像のように整った顔立ちだ。


「ありがとう秋葉君、来てくれたのね。お茶でも入れようかしら」


「会長、だったら俺がやります」


 男子が席を立って、電気ポットに水を入れるために、外へと出て行った。

 高長身でがっしりとした体形の彼は黒井沢元親くろいざわもとちか、同じ二年生で、生徒会の総務を担当している。

 そして実はこの俺も、同じ総務の担当なんだけど。


「指令ですか、会長?」


「ええ。まあお茶でも飲みながら、ゆっくりと話しましょう」


 彼女は生徒会長の真宮知華まみやちか

 若干二年生で生徒会長に就任してから、選挙で再選をされて、三年生になってもずっとその椅子にいる。

 切れ長の涼しい目で視線を向けられると、いつだって背中がぞくりとする。 

 すらりと背が高くて、長い黒髪をぱさりとかきあげると、ふんわりと花の香が空気を染める。

 超絶の美少女だし、頭脳明晰、しかも生徒会をまとめる行動力、才媛として名高くて、校内では絶大な人気を誇っている。


 この人が、俺をここへ呼んだ張本人だ。

 今日は何の用事だろうな。


 黒井沢が戻ってきて、ポットで湯を沸かし、紅茶を入れてくれる。

 ダージリンの香りが部屋の中を流れて、真宮さんがカップに口を付けて、ふっと息を吐く。


「それで、今回の指令なんだけど」


「あ、はいはい」


「はい、は一回ね」


「……はい」


 この人はなぜか、返事についてだけはやたらとうるさい。

 他のことでは大らかなのに。


「ある生徒の不純異性交遊を、やめさせて欲しいの。詳しい話は、黒井沢君からお願い」


「分かりました。三年の高梨剣斗たかなしけんとを知っているか?」


「ああ、噂くらいはな。イケメンで人気があるみたいだな」


「それな。一度に何人もの女子生徒と付き合っているようだ」


「そいつの女好きをやめさせるってのか? まああまり褒められたもんじゃないんだろうけど、相手の女の子もOKなんだったら、ハーレムライフだって恋愛の一部じゃないのか?」


 言葉を返すと、黒井沢は武骨な表情のまま、眉間に皺を寄せた。


「もちろんそうだ。穏便にやってくれていりゃ、こっちも文句を言う筋合いじゃない。むしろ羨ましいくらいのとこもあって、俺だって一度は女子に囲まれて……」


「黒井沢君!」


 男子の本音が出かかって、真宮さんの冷やかな声が飛ぶ。

 恰幅のいい大男も、真宮さんの一括で、しゅんと縮こもる。


「あ、す、すいません。それでな、奴と付き合っていた二年の女子学生が妊娠してしまったようでな。その後にすぐ、捨てられたようなんだ」


「なんだよそれ。ひどい話だなあ。けどそれだったら、両方の家と学校で話し合ったらいいんじゃないのか?」


 黒井沢が首を横に振り、両掌を上に向けて、お手上げのポーズをとる。

 真宮さんは澄ました顔で、紅茶啜っている。


「もちろん、学校も最初はそう考えた。しかし、高梨が認めようとしないんだよ。自分の他にも男がいたんじゃないかって言い出してな。しかもその親は息子の言うことを信じて譲らない。そうしてるうちに、相手の子が自殺未遂をしてしまってなあ」


「…………」


 言葉が出ないな。

 なんでそんなやつが、のうのうといい思いをしているんだか。


「そういうことなのよ、秋葉君。女の子の親も怒っちゃって、訴訟をするなんて言葉も出てきていて。このままだと問題が大きくなって、外に知れ渡るのも時間の問題ね」


「それで穏便に済まそうと、俺たち『放課後倶楽部』に、お鉢が回ってきたって訳ですか?」


「そうね。それに放っておくと、また別の可哀そうな子が、出てきてしまうかもしれないわ。だから秋葉君お願い、協力して。もう桐瀬きりせさんには動いてもらっているから、合流して欲しいの」


「分かりました。でも桐瀬が動いているんだったら、俺がいなくても大丈夫なんじゃないですか?」


「あと一歩ダメ押しが欲しいみたいなのよ。一人よりも二人の方が動きやすいんですって」


 一通り話が終ると、真宮さんは少し安心したのか、白くて整った美顔を緩めた。


 この学校の生徒会には、会長、副会長の他に、会計や書記といった役職があって、それに総務と呼ばれるものがくっついている。

 総務は、生徒会室を掃除したり、全校生徒への配布物や掲示板に貼るものを作ったり、生徒会や色々な委員会の会議の運営を助けたり。

 いつもはそんな雑用のようなことを頼まれるのだけれど、実はこれは、表向きのお役目だ。


 この学校には、『放課後倶楽部』と呼ばれる影の組織があって、生徒会長と、5人の総務のメンバーからなっている。

 その存在は極秘とされていて、知っているのは数少ない教職員と生徒会長、それにメンバー本人たちだけだ。


 いつどこでどうやって生まれたのかは分からないけど、歴代の生徒会長に引き継がれていって、今があるらしい。

 どんなお役目なのかというと、例えば今回のように、学校側では動きにくかったり、表沙汰にはしたくないようなことを、陰で処理すること。


 この佐鳴ヶ峰高校は、今では品行方正な学校として名高くて、受験での偏差値も都内で上位に入る。

 けれど、10年ほど前までは校内が荒れていて、暴力や援助交際、タバコやドラッグといったような問題が後を絶たなかったそうだ。

 それが急に無くなっていったのは、『放課後倶楽部』が暗躍してきたからだという。


『―― なにか得体の知れない連中がいる』


 そんな噂を、入学して少し経ってから聞いた。

 まさかそこに、自分が足をつっこむことになるとなあ。

 人生、一寸先は闇だ。


「報酬は、いつもの感じで。何か考えておいてね」


「別に……いりませんよ、そんなの」


「だめよ、もらえるものはちゃんともらって。お楽しみがあった方が、やりがいもあるでしょ?」


「そうですね。それにもらった以上、その責任の重さも忘れるなってことですね?」


 いわゆる、口止め料としての意味もあるのだろう。


「まあそうね。でも、そんなに固く考えないで。いつも言ってるけれど、これはあくまで倶楽部活動なんだから」


 どんな倶楽部だよ、全く。

 でも、この学校や生徒たちのために、役に立ってきたことは確かなんだろう。

 もう半年以上そこにいるけれど、それは実感できる。


 少し温くなった紅茶を飲み干すと、一礼をして、生徒会室を後にした。

 この後、普通の生徒会メンバーが集まるはずだ。

 総務は呼ばれない限り、そこには参加しない。

 だから周りからは、俺たちはせいぜい生徒会の雑用係くらいにしか、見られていないんだ。


 じゃあ、桐瀬を探さないとな。




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