エピソード3 

第11話 推しが炎上したそうです。

「推しが……炎上したんス……!!」

 涙ながらにそう語るのは、最近二人の家に遊びにくる頻度が増えているサミュルゥである。

「推しなんて居たの?」

 ベッドの上に腰掛けて、その足の上に座っているレリアを後ろから抱きしめながら肩に顎を乗っけてサミュルゥに問いかけるミミィ。

「……相変わらずめちゃめちゃイチャイチャしてるっスね。こっちは落ち込んでるのに」

「いやだって、落ち込んでるなんて知らなかったし、かと言って知った途端に離れるのもなんかアレだし、というかそんな事する意味もないし、そもそも私たちはこうやって白昼堂々イチャイチャしたいから二人で暮らしてるみたいなとこもあるのよ」

「あるのよー」

 自分の肩に乗っているミミィの頭に自分の頭をスリスリしながら賛同するレリア。

「いいっスね、幸せそうで……はぁぁぁぁぁ……」

「ちょっとー、ひとんち来て大きなため息やめてよー。なになに?話聞くからさぁ」

「……じゃあ、いいすか?」

 元々話たくて仕方ないからここまで来たサミュルゥは、ちょっと遠慮したフリをしつつも話したくて仕方ない様子が駄々洩れだ。

「聞きたい聞きたい、アタシミュルさんの推しの話聞きたいなー。誰なのー?」

 その素直な疑問に、ちょっと嬉しくなるサミュルゥ。

 周りには人間界の娯楽について話せる相手があまり居ないらしく、こうして話が出来る相手は彼女にとっても貴重だ。

 それがきっかけで仲良くなったと言っても過言ではない。

「ウチほら……BL、好きじゃないっスか」

「皆様ご存じの通り、みたいに言われても。いやまあ知ってるけどね」

「で、色々好きな漫画を掘ってるうちに、その作品のアニメとかドラマCDとかにも手を出し始めたんス」

「……アニメはともかくドラマCDまで行ったらだいぶもう入り込んでるわね」

 そう言うミミィもそれなりにアニメは見ているが、サブスクで話題作を見るくらいでそこまで深く入り込んではいない。どちらかというとレリアの方がアニメを良く見ていて、ミミィはドラマや映画を見ている事の方が多い。

 どちらにせよ、どっぷり人間界の映像作品にハマっている事には変わりない。部屋でダラダラしながら大量のコンテンツを見ることが出来る動画サイトは二人の生き方にとってあまりにも便利過ぎるので避けて通る事など出来はしない。出来はしないのだ。

「まあそれで、色々見たり聞いたりしてるうちに、凄く好きな声の声優さんを見つけまして……」

「ほうほう」

「声が良いだけじゃなくて演技も良いんスよ……!特に受けの時の泣き喘ぎの演技がもう絶品で………!」

「泣き喘ぎ」

 聞いたことない言葉が出た、と思ったが一旦スルーしよう。と決めた二人。

「ええええ、それはもう溺れるみたいに喘ぐんスよ……!その苦しそうな中にも快感と相手への愛おしさが溢れるようなあの感じがもう絶品で―――――って、何言わせるスか!?」

「いや、勝手に喋ってたじゃーん」

「じゃーん」

 二人は酷くニヤニヤしている。今度これをネタにイジってやろう、という顔だ。

「……まあともかく、それで推しが出来まして、お渡し会とか接近イベ行ったり、ラジオにメール送ったりとかしてたんスよ」

「ガチ勢じゃん」

 完全にガチ過ぎて、少し引いてしまったミミィさんです。

「その人が炎上したのー?」

 一方デリケートな話題を遠慮なしに踏み込んでいくレリアさんです。

「……そうなんス……なんか週刊誌に女性問題をスクープされて……活動自粛に追い込まれてしまって……いろんな役も降板になって……いやもう、ツライ、ツライッス……」

 話ながらどんどん沈み込んでいき、最終的に畳みに突っ伏してしまったサミュルゥの姿から、その凹みっぷりが見て取れる。

「ああ……最近よくあるわよね声優さんのスキャンダルも。テレビ出演も増えたりメジャーになったけど、良い事ばかりじゃないわねぇ……」

「アタシ週刊誌とかキラーイ。ああいう、平気で人を傷つける仕事キラーイ」

 ほっぺをリスくらい膨らませて嫌悪感をあらわにするレリア。

 そのほっぺを両側からきゅっと押して口の中の空気をぷしゅーと押し出すミミィ。

「そうだねぇ、嫌だねぇ。でもレリアにそんな顔は似合わないよ。いつも笑顔でいてね」

「んーーー……わかったー」

 自分の肩に乗っかってるミミィの頭に自分の頭をこすりつけるレリア。

 二人は今日も仲良しです。

 一方でサミュルゥの愚痴はまだまだ収まらないようで、スムージーをがぶ飲みしながらくだを巻いている。健康的かよ、というツッコミをレリアは飲み込んだ。

「だいたい、今の人間たちは清廉潔白を求めすぎてるんスよ!!!神話とか読んでもわかるように、神様でさえドロドロした人間模様繰り広げたりしてるのに!倫理的にどう考えてもやべぇ事してるのに!人間なんかが正しく居続けられるわけないんスよ!」

「神話って、モノによってはほぼ昼ドラだもんねー」

 うんうんと頷く3人。

 かつての神々の自由さと言ったらそれはもう、今の時代だったら世論によって神すらその座から引きずり降ろされても文句は言えないレベルである。

「だから、人間に正しさなんて求めなくていいんスよ!そもそもプライベートになんか興味無いんス!良い仕事してくれたらいいんスよこっちは!!ねぇ、二人もそう思うでしょ!?」

 すごい勢いでそう問いかけられて、よくわからないけどとりあえず激しく頷くレリア。

 しかしミミィは何か考え込んでる顔だ。

「……どうしたんスかミミィさん?」


「いやさ……私最近の人間界の風潮見てて凄く思うんだけど―――――本当に、正しさを求めてるのかな?」


「……何言ってんスか?どう考えてもそうじゃないっスか。少しでも間違えたらすぐに―――」

「そう、それなのよ。そこがポイントなのよ」

 そこまで言って、一瞬考えを整理させるように言葉を途切れさせたミミィが、再度口を開く。


「求めてるのは正しさじゃない。その逆なのよ。正しくないものを求めてるのよ――――」

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