第9話 欲しい
「新しいオーブンが欲しいの?」
改めて問いかけるミミィに対して、神妙な顔でレリアは頷く。
「どうして欲しいの?」
優しく、あくまでも純粋な疑問として問いかける。
「あのね、さっき言ってたでしょ。陶芸の話」
「ああ、そうね。新しい趣味ね」
「その時にミュルさんが、オーブンで焼いて出来るのもあるよ、って言ってたでしょー?」
「うんうん」
確かに言ってた。それなら気軽に始められるなーと思ったし。
「でもねー、前から思ってたんだけど、うちのオーブンって結構古くて小さいじゃない?」
「うん?」
言われてオーブンに視線を送る。
ミミィはあまり料理をしないというかそもそもキッチンに立つことが少ないので意識していなかったが、確かにこの家のオーブンは決して立派なものではない。
オーブンというよりも、トースターの方がメインのオーブントースターという感じで、パンを上下の網で二枚同時に焼くことが出来るが、高さや広さはあまりない。
「……そう言われたら、そうね」
オーブンなんてパンが焼ければ充分だと思ってたミミィからしたら気にならなかったが、確かに新しくも大きくもない。
「だからねー、陶芸でコップとかお皿とか作るにしても小さいかなーと……思って……ついでに、大きなオーブンがあれば、その、作ってみたかった料理とかもいろいろ作れるなー……って」
「なるほどなるほど、二人にとって良い事があるから、このタイミングに買いたいって話ね?」
その言葉に首がもげそうなくらいぶんぶんと縦に振りまくる頷きを見せるレリア。
ミミィは少し考える。
おそらくレリアは、以前からオーブンを新しくしたいという気持ちはあったのだろう。
けれど、無くても何とかなるし、自分が欲しいというだけで買って欲しいとは言いづらい……そこへ陶芸の話が出たことで、二人ともに利益があるのなら買いたい、いやむしろこのタイミングしかない!という気持ちが強くなった……そんなところだろう。
言いたいことはとてもわかる。
「うーん、そうねぇ……」
ここで説明しておくと、女神は歩合制である。
仕事1件当たりに対して報酬が支払われるが、それはお金では支払われない。
お金、という人類最大の便利発明を導入するか否かという会議は遥か昔から何度か繰り返されてきたが却下されてきた。
お金は確かに便利ではあるが、争いの元としての性質も強く持ち合わせており、そもそも天界では食事や住む場所にお金がかからない。
神たちはそもそも食事を必要としないし、娯楽としての食事はいくらでも神の力で生産できる。
女神や下働きの者たちには住む場所があてがわれ食べ物は配給もあるし、神の力で永久に保たれている畑や森から自由に貰っていくことが可能で、そもそも生活していくうえでお金を必要としない。
ただ一方で娯楽が少ないという問題もある。
故に神々は暇を持て余し、次々と新しい世界を作っては滅ぶのを見守ったりたまにちょっかいを出したりしているが、そこまでの力を持たない天界の住人たちにとっては平和だが退屈な世界でもある。
そこで地上の人間たちの娯楽に手を出したり、人間界に遊びに行ったり、ミミィたちのように住み込んでしまうパターンも出てきている。
そうなると、当然お金が必要なのだが――――
「……ちょっとカタログ確認するわ」
天界から支給されるのは、カタログギフトだ。
物々交換の文化がまだ根強い天界ではお金よりも品物が喜ばれるのだが、いちいち何を与えるのか考えるのも面倒だし、実際に大量の商品を用意してその中から選ばせるのには時間も場所も必要だ。
そんな理由で使われ始めたのが、人間界で使われていたカタログギフトだった。
カタログギフトに記載されているモノの中から好きなものを選べばそれが送られてくる。
この形式にすることで、注文されてからそれを調達するなり神の力で生み出すなりすれば良くなったし、貰う側も欲しい物を選べるようになって、どちらにとってもいい結果に繋がっている。
このカタログギフトは、仕事の内容によっていくつかのランクがあり、内容の豪華さが違うが、そのどれにも人間界の現金も含まれている。
いうなれば商品券のような扱いで、天界では使えないが、人間界の品物を欲しい場合にだけ使える商品券。それが天界における現金だ。
「これはえっと……2万か……」
手元にあるのは現金二万円が選べるカタログだった。
「今日の仕事もたぶんこんなもんよね……つまり4万……」
ミミィの頭が高速回転を始める。
今月は家賃の支払いはもう済んでいるけど、光熱費とか諸々月々の支払を考えるとそこまで余裕は無い。
「……ちなみに、欲しいオーブンっていくらくらいするの?」
「これ!これが良いな!って、思って!!」
聞かれることを想定していたのか、スマホであらかじめ検索して見つけておいたであろうオーブンが売っている通販サイトの画面を見せるレリア。
……なるほど、価格比較サイトの一番安いやつで38000円……ちょうどいいとこ突いてくるなー……!
おそらく本当はもっと高くて良いやつも考えたのだろうけど、うちの財政状況も考えたうえでちょうど良いところを狙ってきたのだろう。
意外としたたかなんだよなこの子……!
ミミィは頭を抱える。
いやぁでもわかるんだよね……自分の趣味の為だけに4万出すかと言われたらそりゃ出さない。けど、二人ともこれから使うとなれば出せない金額ではない。
特に、これがあればこんなパンケーキはもちろん、いろんな美味しい料理が食べられるって事でしょう?だとしたら4万は先行投資として悪くない、決して悪くない値段……!!
考え込みながらもパンケーキをモグモグするミミィと、その傍で不安と期待の入り混じった表情で次のミミィの言葉を待っているレリア。
どうする?どうするの私……!?
考えろ、考えるのよ……!!
その瞬間のミミィは、さっきの女性への神託の時と比べると、2000倍くらい頭を悩ませたとかなんとか――――
「よ、ようし!!決めた、決めたわ!!!」
果たして、その答えは―――――――
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