第5話 仕事の前に。

『今回の神託は、一人の人間の命を救ってほしいんでス』

「私が?女神……ってか、仕事として来るってことは天界の総意でわざわざ一人の人間の命を救うの?」

 スマホを操作しながら、依頼に対する疑問を口にするミミィ。

『いやまあ、言いたいことはわかるっスよ。天界が人間ひとりひとりの生き死になんて係わってたらキリがないッスもんね』

「ってことは、なんか特別な人なのー?」

『うーん……たぶんそうだとは思うんスけど……正直、自分のところまで情報は下りてきてないっス。とある神様からの直接の依頼ってことなので……断れない大事な仕事なのは間違いないんスけど……』

 女神に仕事の詳細が伝えられない事は、実はままある事だ。

 人類、もしくは世界の将来にかかわるような重大な案件の場合、その内容を知るものは少ない方が良い。

 例えば、世界を変える程の大きな発明をする人物が居たとして、その情報が広まればその利益を奪い取ろうとしたり、その変化を快く思わない勢力から命を狙われるかもしれない。

 神が求めるのは、あくまでも「その人が生き続ける」という結果に過ぎないし、本人に情報が伝わる事で未来が変わるかもしれない。

 なので、「何も伝えずにただ依頼をこなせ」という指示が最も効率的で無用なトラブルを避ける手段なのだ。

「またそれかよ……理屈はわかるけどさ、意味も分からずただこれをやれ、って言われるのはなかなかにやる気出ないよ?」

『気持ちもわかるんスけど……ミミィさん、もし対象者が将来大金持ちになるって知ったら、なんかしまスよね?』


「――――――――………しないよ?」


 絶対する、そう確信させる間だった。

『………つまり、そういうことっス』

「そういうことだねー」

 レリアもさすがに察したらしく、サミュルゥの方につく。

 なにより、自分ならそれをやる!と一番わかっているのはミミィ自身なので、これ以上の抵抗は無意味だと覚悟を決めた。

「はいはい、わかりましたよ。じゃあいきますよー。……仕方ない、後回しにするか」

 ミミィは持っていたスマホをベッドの上に投げ捨てて着替えを始める。

『ってか、さっきからずっとスマホ見てましたけど、何してたんスか?』

「んー?言ったじゃん、陶芸始めるって。だから通販で粘土とか、家庭用のろくろとか色々見て、どうしようかなーってさ」

 始めるまでは腰は重いが、やりたいとなったらすぐに行動しないと気が済まない。そういう面倒な性格なのだミミィは。

「えらいー。途中なのにちゃんと仕事行くミミィはえらいねー」

 おもむろに膝立ちになり、まだ下着姿のミミィを背後から抱きしめるレリア。

「ひゃあ!ちょっ、くすぐったい!背中に顔をうずめて呼吸をするなぁ!」

「ミミィ吸い。ミミィ吸いだよー」

「猫吸いみたいに言うな。しかもそれやるなら前からでしょ。もーー」

 文句を言いつつも体を反転させ、前からぎゅーっとレリアを抱きしめるミミィ。

「わーい、お腹だー。ぷにぷにしてて気持ちいいねー。ダイエットなんてくそくらえだねー」

「いや、してるよ?してるから、ダイエットしてるからね?」

「しててもこのクオリティ!さすがだね!」

「……褒められてるのかしらこれは……?」

 釈然としない顔を見せつつも、やれやれとレリアの頭を撫でるミミィの顔には優しい微笑があった。

『あのー……仲良いのは結構なことなんですけど……見てまスよ?ウチ、見てますよ?』

 二人のラブラブっぷりに顔が赤くなるサミュルゥだが……

「いいよー」

「別に見られて恥ずかしいもんでも無いよね」

 二人はどこ吹く風だ。

『……こっちが恥ずかしいんスけど!?』

「それはそっちの問題だから知らない」

「知らなーい」

『そうだけど!!こっちが勝手に恥ずかしくなってるだけっスけど!!そもそも人の家に勝手にこの丸い謎の穴から話しかけてるのこっちだし!!』

「わかってるなら見ないか、恥ずかしくなるのをやめるか、いっそこっちへきて混ざるか、どれか選ぶがいいわ」

「来るー?ミュルさん来るー?ミミィのお腹柔らかいよーマシュマロボディだよー」

『……混ざって良いんスか?』

「いいわよ。ねぇ?」

「うん、いいよー」

 二人の許可が出たことで、サミュルゥの中に生まれる葛藤。

 サミュルゥは別にミミィの事が好きという訳ではない。

 ただ、自分の体の小ささは割とコンプレックスに思っていて、スタイルの良い二人に対して憧れのような気持ちを持っていた。

 少しふくよかさもありつつ曲線美のボディラインを持つミミィと、スレンダーでスラっとした美しさがありつつ実は筋肉質な部分のあるレリア。

 それぞれ違う魅力のある二人の身体に触れてみたくないかと言われると……触れてみたいと言わざるを得ない。

 それは別に下心的な気持ちではなく―――――いや、全く下心が無いかと言われたら嘘になるかもしれないが、どちらかというと、ムキムキのマッチョが居たら筋肉に触ってみたくなる、と同じような気持ちだ。……と、サミュルゥは自分では思っているが、さてどうだろう。


『――――いやいやいや、そういうのいいっスから!早く支度してください!』


 自分の中に生まれつつあった妙な気持ちを抑え込み、仕事に専念しようと切り替えるサミュルゥさんなのでした。

 


「しゃあない、じゃあ本当に行くかぁ」

 ようやく着替えも済んで、いかにも女神らしい真っ白な衣装に着替えたミミィ。

 名残惜しそうにその服の裾を掴むレリアの頭を撫でる。

「行ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」

 頭を撫でられて満足したのか、手を放してベッドに寝転ぶレリアを横目に、部屋のドアへと向かうミミィ。

 それを見て、本当に飼い主とペットみたいだな、と思うサミュルゥだが、実はミミィの方がレリアへの依存度が高いことを知っているので、良い感じで共依存の関係が成り立っているのだろう、という結論に至っている。

 共依存が良いのかどうかはわからないけど、寿命がほぼ永遠に近い女神は片方が突然失われるという可能性も低いし、それだけ想い合える相手と出会えたのなら長い一生のうちにそんな時間があってもいいだろう。

 だって、二人はとても幸せそうなのだから。

 それは、少し羨ましいと思うサミュルゥでした。

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