第15話 葛藤

 なぜ昔から、人前で何かを食べることが苦手なのだろう。私は無欲を是とする傾向があり、食べるという行為が欲にまみれた行為だと認識しているからだろうか。それとも、食べるときのマナーを相手に見られているというプレッシャーによるのだろうか。もしもご飯粒を落としてしまい汚い人だと思われてしまったらどうしようという不安が私を食べることを自由にさせないのだろうか。

 いやでもむしろ、最近は人前でなくても食べることがうまくできなくなってきている。昔は日常的に狂ったように食べていた菓子パンが食べられなくなった。家にいるときや、スーパーに買いに行く前はよし今日は菓子パンを買おう、もう砂糖に飢えすぎていると思うのだが、いざ菓子パンコーナーに行き、無数の菓子パンを目にするとモンスターのように思えてしまい、菓子パンコーナーだけ、手指の雑菌を洗えているか確認するために塗るあの紫色のインクのように、とてつもなく体に悪いもののような気がしてそのコーナーを見るだけで気分が悪くなる。これは菓子パンが、悪い記憶と結びついてしまったからだろうか。菓子パンを見るだけで吐き気がするようになってしまった。菓子パンを数個食べた後のあの体のだるさとお腹の苦しさが、菓子パンを見ただけで思い出されるようになってしまった。菓子パンに依存できている間はまだ健康的だった。菓子パンという逃避手段すら失ってしまった今の私は何に頼ればいいのだろう。

 私の脳は心の飢えをお腹の飢えだと勝手に勘違いしているのだ。結局、飢えているのはお腹ではなく心なのだ。私は今、心から食べたいと思うし、心から食べたくないと思う。この二つの気持ちは共存しうる。自分が果たして食べたいのか食べたくないのか分からなくなっている。常に食べようか、食べまいか、葛藤し続けるのは想像以上に精神をすり減らす。でも実は私は、葛藤することを嫌悪しておきながら、葛藤することでほかの嫌なことを考えられないように仕向けているのではないか。葛藤している間は苦しいが、その時は他のことを考える余地はない程苦しい。食べたいのか、食べたくないのかとか、食べようか食べないでおこうかとかを考えていたいのではないか。とすると今の自分はもはや食べ物ではなく、食べ物について考え葛藤することに依存しているのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る