第6話 計算

 ラジオ好きが高じてなのかよく分からないが喫茶店で他の客の会話を盗み聞きというか聞こえてきてしまった会話に耳をそばだてるのが好きだ。コーヒーを飲むためというよりも盗み聞きをしたいがために喫茶店に行っていると言っても過言ではない。先日喫茶店で女性二人組の一方の女性が付き合いたての彼氏をどう呼ぶべきかをもう一方の女性に相談していた。そんなの名字に君付けに決まってるじゃんと心の中で突っ込んだ。そんな問題は頭を悩ませてひっ算するほどのことではない、暗算ですぐ解決できる悩みだ。以下に計算結果を導くための途中式を書く。まず、距離感が出すぎてしまうのでさん付けは除外する。でもいきなり下の名前に君付けや下の名前を呼び捨てはもったいなさすぎる。呼び方ももちろん大事だが、呼び方を変更するというイベントも大事だからだ。デートの時や、距離が縮まったときや、関係がマンネリ化した時のために興奮材料として、より上位の呼び方を残しておく必要がある。関係が深まるにつれて、名字のさん付け、名字の君付け、下の名前の君付け、下の名前の呼び捨ての順に変化させる。別れ話を切り出されてごねるときに下の名前を漢字でラインするあざとい人みたいな計算をしている。

 好きな食べ物を聞かれたら、しらすご飯と言うようにしている。好きな食べ物を聞いてくるときというのは本当に好きな食べ物は何なのか知りたいというよりもとりあえず無難な会話で場を和ませたいという動機であることの方が多いだろう。少しでも好印象を残したいがためにしらすご飯を選択する。「かわいくないですかあー?しらすたち!」、「そうかな笑笑、でも食べちゃうんだね」「食べちゃいますうー笑笑、おいしいのでー」という会話の展開を織り込み済みだ。もちろんコミュニケーションというのは足し算というよりは掛け算だからそれが上手くいかないときもある。そういう時は「あの白くて柔らかい方が好きです。硬い方よりも」という会話の展開も事前に準備してある。こうして計算をしているうちに自分が本当に好きなものは何なのか分からなくなっていく。

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