第5話 カサがいる
裕也は校舎から駐輪場へと進み、自分の自転車に荷物を積み込んだ。辺りは未だ部活で残っている生徒の自転車がちらほら見える。
「は~…本当に意味が分かんねー。あれかな?お祓いとかしてもらった方がいいのか俺は?」
幽霊とかオカルトとかは正直信じていない裕也だが、流石に本日の出来事には心が参ったのだろう。気が完全に抜けたのか、体の芯に残っていた疲労感が蘇ってきた。
「もうさっさと帰ろう。帰って、夕食でも作るか、ふあぁ~」
疲労感からくる眠気に抗いながら自転車に跨り駐輪場を出た。
正門を抜けると少し急で長い下り坂が続く。
ブレーキをかけながらその坂を下るのだが運が悪いことは立て続けに起こるものだ。下り坂の終わりの辺りで何かを踏んだらしく自転車のハンドルが取られて転倒した。幸いスピードを殺していたため大事には至らなかったが手荷物はその場に放り出されてしまった。
「いってー!何だよ!今日は三隣亡かよ!たくよぉ!!」
しりもちを突いた裕也は愚痴りながら立ち上がり放り出された荷物を拾い上げる。再び自転車に積み込み跨ったのだが、何か感覚が変だ。その異変の原因に気が付き裕也は頭を抱えた。
「ブレーキが、千切れてるじゃねーか。それも両方とか有り得るか?ねーよ!普通はねーから!!」
転倒したタイミングで千切れた、そう考えるのは当然だが普通は有り得ない確立だ。裕也はもう怒る元気もなく携帯を取り出し家に繋ぐ。
トルルルルゥ トルルルルゥ
「はい白上です」と電話に出たのは祖母であった。
「あ、ばあちゃん?俺だけど」と裕也は祖母に話しかけたが祖母は「詐欺とかつまらんことで小銭稼ぐ前に働け!」と一括してきた。
老人としては良い対応なのだろうけれども、流石に今余裕のない裕也は力なく会話を続ける。
「いや、裕也だけど、今事故にあって」と口にした途端「うちに裕也なんて子はいないねぇ!」と言った。いや、居ますよね?本物の孫ですよ?と普段は突っ込むところだがその元気がなかった。
「いやばあちゃん、自転車屋さんに連絡してもらえないかな?俺電話番号知らないから」と言うと祖母は「あらま、本当に事故でもあったのかい?」と答えた。やっぱり冗談で会話してたな…と更に疲れが圧し掛かってきた。
「ああ、今高校のすぐ下の坂でブレーキが切れちまって。自転車を押していつもの自転車屋さんに持っていこうと思ってんだけど今日営業日だったっけと思ってさあ」ここから歩けば15分程のところに自転車屋がある。そこで修理してもらって帰る算段だ。
「ちょっと待ってな。折り返すから」と強引に電話は切られた。
「はぁ、ついてないな…」
きっと昨日も言ったであろう言葉を呟きながら財布を開く。修理代は何とかなるだろうと少し安心はした。どうも裕也が転倒したのをバス待ちの学生達は見ていたらしく、坂の下で立ちつくすのも目立つと思いバス停の方へと自転車を押した。
バス停には昨日と違いバスを待っている生徒が10数名居た。学生ラッシュの時間帯とは少しズレていたため人数が少ないみたいだ。裕也は邪魔にならないように少し離れて自転車と一緒に立ちつくす。ほどなくして実家から電話がかかってきた。
「あ、ばあちゃん?どうだった?」
裕也は先程よりも随分落ち着いたのか普段の声色になっている。
「自転車屋さんが店から近いからあんたと自転車を拾いに行くって言ってくれたよ」やれやれ一仕事だったよと言いたげな祖母が目に浮かぶ。
「ありがとうばあちゃん。じゃあここで待ってるから」と言い終わると「あんた怪我してないんかい?」と祖母はやっとこのタイミングで体の心配をしてくれた。色々ズレているが正直その気遣いはありがたかった。
「大丈夫。怪我してない怪我してない」と笑い電話を切った。
携帯を仕舞い自転車を立たせて地面に座り込む。
こうやって地面に座るのはいつ振りかな、陸上をやっていた時は毎日そうしてたんだけどな。
久しぶりのひやりとした地面の感覚を懐かしく思いながら眼前の風景を眺めた。気が付けばバスは到着して生徒達は次々乗り込んでいき、バス停に残ったのは裕也ただ一人となっていた。
「…そういえば」
裕也は立ち上がりバス停のベンチへと向かう。
裕也はベンチに座り足元を確認した。そこには昨日少年が書いたであろう【花】の文字が残っていた。ただし生徒たちに踏まれたのか文字は消えかかっている。
「やっぱりあるじゃないか…」
それ以降の言葉が口から出ることはなかった。今朝起きた異常な体験はやはり本当にあったことなのでは?その発想に裕也は辿り着き青い顔になる。
幽霊や怪異というのは本当に苦手だ。見えないものから見られているという不安感は本当に恐ろしい。
「やっぱりカサはそういうアレなのかなあ…」
背中に氷を這わされたように身が震える。そもそもそんな第六感的な特殊能力を持っていない。つまり防御手段がないのだ。無防備ほど恐ろしいものはない。
思い出すと恐ろしいのだが、結果何もなかった。学校でカサに会って、何か変なこと言われて、それで消えた。教室に異変はなかった。たったそれだけだ。
裕也はそう思い返しながら恐怖を中和していた。だが、あることを思い出してしまった。
眼前に広がる景色に点が落ちる。
点は規則正しくパラパラと落ちてくる。
まるで迎えに来たかのようにゆっくりと空から降る点を音が追ってくる。
サー…
次第に辺りは雨音に包まれる。その景色の変かに裕也は再び身震いをした。
「確か、『じゃあまた後で』って言ってたよな」
それは今朝教室でカサが最後に言った言葉だった。
雨音に混ざり金属の擦れる音がした。
チャリッ チャリッ
その音は徐々にバス停へと近づいて来る。裕也はその音のする方向、高校の坂の方に視線をやった。そこには番傘に学生服の男子生徒が一人、坂を歩いて下って来ていた。
咄嗟に裕也は身構える。今朝は危機から助けようと廊下を這いずって会いに行った相手だが、今は状況が違う。どう考えてもその少年が異質なものだと頭が警戒している。逃げ足には自信がある。いつでも逃げられるように自転車を置いていく覚悟もした。
さあ本性を現してみろ!どんな化け物か見極めてから逃げてやる!!
オバケが怖い裕也は半分ヤケクソになっているのだろう。若しくは真相を知らないまま逃げることが逆に怖いと思ったのかもしれない。
そんな裕也の気持ちも知らず少年は語りかけてきた。
「やあ裕也、お待たせ」と言いながら番傘をクイっと上げ表情を見せる。
隠れていたその表情は笑顔であった。恐怖を感じていた対象の笑顔に裕也は毒気を抜かれたのか、「お、おう…」としどろもどろな返事をした。
カサは何の警戒もなく裕也の右横に座り番傘を閉じる。
「待たせたかな?」とカサは裕也の顔を右斜め下から覗き込んでくる。
その仕草に一瞬たじろぐが「いや、待ってもないし。そして待ってもない」とカサの質問に答えた。お前を待っていたつもりもないし、今座ったところだと言いたかったのだろう。主語が抜け落ちた返答にカサは「そうか、それは良かった」とにこっとしながら安心しているようだ。
いや、そうじゃねーんだけどな。
調子が狂う相手に裕也はイライラして頭を掻いた。先程までの恐怖心が嘘のように取り除かれ、本当に何だよこいつ?と意味不明な相手の存在に深いため息が漏れる。
「あまりイライラするのは良くないと思うんだが?体に悪いぞ?」などと人の気持ちを微塵も解しない学生服の少年は真逆の方向を心配していた。
「おま!…は~、もういいや」と更に深いため息を付きつつ、この少年には議論しても無駄だと自分を抑えた。
目の前の景色はやはり雨がざあざあと降り始めていた。
「なあカサ、お前ってさあ」裕也は隣の少年を見ずに問いかけた。
「どうした裕也?」と隣から聞こえる。
「お前って何者なんだ?」
隣の少年を見ないのではない、見れないのだ。回答次第では爆弾であり厄災であろう少年、ただその少年がそうであってほしくないと心の何処かで裕也は思っていた。それは恐怖心や不安感から産まれてはいない疑問。だから少年を見て問うことが出来なかった。
そんな裕也の心の揺らぎを見越したのか、少年はベンチから立ち裕也の眼前に回り込む。そうして笑顔でこう言った。
「私は【加鎖(かさ)】。白上裕也の一部となった者だ」と。
雨の音は一段と勢いを増し、景色を塗りつぶしていく。
バス停だけがこの世に存在する【場】なのだと思えるほどに。
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