赤いつま先に、口づけを

蒼河颯人

赤いつま先に、口づけを

──さあ、足を出してごらん。

  ……良い子だ。

  切り立ての爪を綺麗に染めてあげよう。

  わたしの手で、生命の色にも似た、紅い色に。

  つま先は美しい方が良い。

  どうしたんだい? わたしの小鳥

  一体何をそんなに震えている? 

  わたしはただ、

  君に綺麗でいて欲しいだけだよ──


 君はわたしの喜び。

 君はわたしの怒り。

 君はわたしの哀しみ。

 君はわたしの愉しみ。


 君の唇をもう一度、味わわせて欲しい。

 まろやかで香しい、うっとりとするような、

 滑らかな口当たりがして、

 どんなに高級なワインよりも、

 上質な味わいだから。


 しっとりと澄んだ白磁の肌。

 きらびやかなうぶ毛の一本一本。

 骨の髄まで飲み干してしまいたくなる、その美しさ。

 ああ、何度でも酔っていたくなる。


 わたしは、絹のような、波打つ亜麻色の髪に指を絡めて引き寄せ、そっと口づけた。

 太陽の光をかき集めたような髪から匂い立つのは、甘く爽やかなヴァイオレットの香り。

 誘い込むように、見上げてくる双球は、エーゲ海のようだ。

 それは青く澄んだ輝きをまとっているが、何故か底が見えない。

 わたしの心は、その中へゆっくりと沈んでゆく。

 

──今度は一体どうしたんだい?

  わたしの妖精。

  そうやって、怖がってみせて、

  わたしを試しているつもりかい?

  無駄な抵抗は止めた方が良い。

  だって、その身体は素直だろう?

  見ていれば分かる。

  手足で押しのけようとする仕草とは真反対に、

  わたしをこんなにも欲しがっているのだから。

  

  これまでずっと、その小さな身体に、

  わたしの想いを焼き付けてきたのだ。

  考えなくても、勝手に感じる筈だ。

  君の身体のことは、全て知り尽くしている。

  この指一本で、

  至高の世界へと連れていってあげられる。

  身体の芯から絡みついた欲望に、

  抗える筈もないだろう。


  そろそろもう限界だろう?

  さあ、こちらにおいで。

  ……良い子だ。

  今から与えてあげる。

  最上の歓びを。

  わたしから逃げ出すという、愚かな考えなど、       

  これから全て忘れさせてあげる……──


 手を引くと、しなだれかかってきた華奢な身体。

 うねる波のように、わたしを飲み込もうとする、瑞々しい素肌。

 わたしの背へと、しなやかに足をからめてくる、あどけない天使は、

 先程とは反対に、いたずらっぽい微笑みを、その紅い口元に浮かべてきた。

 その心は流れゆく水のようで、どこか掴みどころがない自由そのものだ。


 君はわたしの光。

 君はわたしの生命。

 君はわたしの魂。

 君はわたしの罪。

 

 何度求めても、満たされない、この想い。

 ああ、君の奥をもっと手に入れたい。

 だけど届かない。

 分かっている。

 それでも、求めて止まない、

 止められない、この想い……。


 君は、わたしだけの救世主。

 君の中に、わたしだけの天国がある。


 君はわたしだけの愛しい支配者。

 わたしは君だけの奴隷。

 さあ、何でも命じてごらん。

 君にひれ伏せと言われたなら、その通りにしよう。

 君に死ねと言われたなら、即死んでみせよう。

 勿論、君の目の前で。

 切れ味の良い刃物を、この心臓に突き立てても良い。

 黒いマグナムで、このこめかみを射抜いても良い。


 ああ、何とでも言うがいい。

 だって、君とわたしの仲だろう?

 足元を舐めよと言われたなら、舐めてみせよう。

 君の艷やかなる赤いつま先に、蕩けるような熱い口づけを。

 小指の先に出来たささくれ一つさえ、愛おしい。

 このつめ一枚、細胞一個すら、誰にも渡したくはない。

 全てわたしだけのもの。


 逃げようとしても無駄だ。


 君だって、分かっているだろう?

 わたしがいないと、生きていけないということを。

 

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赤いつま先に、口づけを 蒼河颯人 @hayato_sm

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