第29話 能力には代償が必要だ
「力には代償が必要だ」
いつもの公園のいつものベンチで、両手を構えた仰々しいポーズで座っている御法川さんは、今日も暇そうにしている。
御法川さんがいきなり話を切り出してくることは、中二病の罹患者が難しい漢字を好むことぐらいに当たり前であるために、僕はいまさらつっこむことをしない。
「魂取りに来た悪魔みたいな言葉ですね」
力が欲しいか、とか囁いてくるタイプの悪魔だった。力を与えるだけ与えといて、あとになってからいきなり態度を豹変させて魂を要求してくる借金取りみたいな悪魔である。
僕の言葉に、御法川さんは仰々しい態度をすぐにやめ、いつものくだけた口調に戻る。
「ほら、超能力とかって、使用に制限ある方が燃えるだろ?」
「ええと、最高速度は出るけどコーナリングが利かない、みたいな?」
とっさに出したレースゲームの例えにも関わらず、御法川さんは満足げにうなずいた。
「君もなかなかわかっているじゃあないか。一発打ち切り型のパイルバンカー能力しかり、時間を止めている間は心臓も止まる能力しかり、使うべきか、使わざるべきか、使用者の葛藤の中にドラマは生まれる。そうは思わないかい?」
「まあ、言いたいことはわかります」
戦況を変えるほどに強力だけれども、使うと暴走して制御できない能力の使用に悩む主人公の姿だなんて小さいお子さんから大きなお友達までみんな大好きだ、と僕は思う。
「そこで私は考えた」
御法川さんはピン、と指先を立てる。
「どんなとんでも超能力でも、ギリギリ使うかどうか迷うレベルの代償を考えれば、それはもう素晴らしくロマンあふれる能力になるんじゃあないかってね」
「はあ」
「ところで、君は一つ超能力を持つとしたら何がいいかい?」
突然尋ねられ、少し考えこむ。
無人島に何か一つ持っていくとしたら何がいいか、と同じくらいに、この手の話題は鉄板ではある。しかし、ちゃんとは考えたことがなかったのであった。
「ええと、瞬間移動とかですかね。登校とか楽になりますし」
透明化能力、とか言ったらドン引きされそうなので、無難に答える。
瞬間移動。あるいはテレポーテーション。
面倒な信号待ちや渋滞や満員電車には巻き込まれたくないという思いから生まれたであろう著名な超能力のひとつ。線ではなく、任意の点と点で移動することのできる能力で、便利な能力の代表と言えた。
ふむふむ、と御法川さんは大変興味深げにうなずき、
「ではさっそくテレポーテーションを、主人公もかくやというピーキーな能力に仕立て上げて行こうじゃないか」
バトル漫画の主人公ならともかく、登校に役に立つ程度の心構えの僕としては、あまりピーキーにはしてほしくないところだった。
御法川さんはしかつめらしい顔で、考えこみ、まもなく言った。
「そうだな、使用ごとにその分の距離のタクシー代を徴収されるとかどうだろう」
「喉から手が出るほど欲しがる人もいるかもしれないですけど、学生には厳しいですよそれ」
おそらく三日間瞬間移動で登下校をするだけで破産するだろう。超自然的なものにまで資本主義の波が来ているかと思うと悲しくなる。
御法川さんは頭をひねる。
「うむむ、では、大人も子どもも等しく同じくらいの代償として――使用後、性別が反転してしまうとか?」
「逆にびゅんびゅん躊躇せず使いそうな人いそうですね」
一時的に性別を変えたいと思っている人は意外なほど多い。もちろん、僕は違うが。
御法川さんは一休さんのように人差し指でこめかみのあたりを揉み込む。
「じゃあ。シンプルにめちゃくちゃ疲れるとか? 瞬間移動後、フルマラソンを終えたあとぐらいに疲れる能力とか」
登校のために軽率に能力を使用し、下駄箱の近くで死にそうなほどに息を荒げフラフラと倒れ込む自分の姿を想像する。
僕は言う。
「シンプルに嫌ですね……」
たぶん一度使ったら懲りて二度と能力を使わなくなる自信があった。ギリギリ迷う代償のレベルではない。
「そうかな? なかなか悪くないと思うんだけど」
御法川さんは首をかしげ、
「ほら、例えば能力発動後に家に忘れ物したことに気付けばさ、『もってくれよ! 俺の身体ァ! テレポート!』ってドラマが生まれるじゃないか」
「そんなドラマ、日常的には欲しくないですよ」
忘れ物如きにそんな代償を払う価値はない。おとなしく教師に怒られるのを選ぶだろう。
「それに――」
そして、ロマンだとかドラマだとか言う御法川さんが提案した代償にはひとつ欠陥があった。
僕はそれを指摘する。
「仮に切羽詰まった状況で、仕方なく能力を使ったとして、大口開けて、息荒げて、生まれたての小鹿のように膝が震えて、今にも倒れ込みそうな、めちゃくちゃ疲れてるだけの人が到着するんじゃ、正直映えなくないですか。ロマンを感じませんよそんな能力」
この言葉には、御法川さんもガガーン、と擬音語が湧きそうな勢いで口をぽかんと開け肩を落とし、「ロマンを、感じない……」だなんてぼそりと呟いていた。どうやら相当、ショックだったようである。
しかし、そこは御法川さん。すぐに眉を吊り上げた顔を上げて、
「じゃあ、君は何かいい意見はないのかい? こんだけ私の意見を否定したんだ。さぞいいご意見があることだろうね!」
そう言ってふんとそっぽを向き思い切りへそを曲げる。
僕より年上の、大人の女性の姿が、そこにはあった。
僕は苦笑いしながら、昔見たある映画を思い出しながら答えた。
「ええと、じゃあ、こういうのはどうですか? 使用者に特に代償はありません」
御法川さんは眉をひそめる。
「代償を考えようって話じゃないか。何を言ってるんだい君は」
「いえ、肝心なのはここからで、確かに代償はないんですがただ一つ、能力使用時の出発点に、ものすごく使用者に似た人形のようなものが残されるんです」
「人形?」
「寸分たがわぬ精巧さでできてはいても、呼気もなく心臓も動いていないその人形は、一見すると自分の死体のようにしか見えない。もちろん時間が経つと消えてなくなるので処分の心配はないですよ」
御法川さんは、僕の言いたいことを理解し始めたのか、動揺したように瞳を泳がせた。
「えっと、つまりそれって」
「そう、つまり、この能力に代償はありません。ただ使用者に一抹の不安を植え付けるだけなんです。『あっちが本当の俺だったんじゃないか』って」
僕が見たその映画では、あるマジシャンが脱出トリックを成立させるために、自身を『複製』するというものだった。これは自分殺しなのではないかと思いつつも興行を成功させるために『複製』を繰り返すマジシャンの姿が、妙に印象に残っていた。
しみじみと記憶を思い返していると、ぼん、と御法川さんは僕の肩に手を置いた。
「きみ、本当に心に闇を抱えてるわけじゃないよね? お姉さん話聞こうか?」
僕は、その手を軽く払いのけながら、御法川さんに件の映画を勧めてみようかな、と思うのだった。
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