第10話

 翌日から、屋敷の中は落ち着かない空気に包まれていた。どうやら、父が“小さな宴”と称して数人の貴族を招き、懇親の場を設けるらしい。その実態は、どうも厄介ごとが裏で動いている気がしてならない。

 理由の一端は、伯爵のほかにも“悪名高い”貴族が来訪するという噂だ。サリーからこっそり聞いた話では、例の「穢れた血」にまつわる情報を持っている者が混じっているとか。

「さあ、レオン。おまえは給仕係だ。余計なことはするなよ」

 宴が始まる直前、父に呼び出されて開口一番それを言われる。まるで俺の存在を隠す余裕もなくなったかのような態度だ。ふだんは客の前に出すことすら嫌がっていたのに。

「……いいのか? 俺なんかが人前に出て」

「仕方ないだろう。サリーも大した人数をさばけない。それに……おまえが変な動きをしたら、その後はどうなるか分かるな?」

 ぞっとする言い方だが、要は“失態を犯せば売り飛ばす”と脅しているわけだ。俺に選択肢などない。

 夕刻、屋敷の食堂には照明代わりの魔石ランプが灯され、貧相ながらもテーブルクロスや食器が並べられていた。周囲にはスーツ姿の男性貴族や、豪華なドレスを纏った夫人たちがちらほら。伯爵をはじめ、いかにもプライドの高そうな連中がかすかに居並んでいる。

 料理は質素だが、見栄だけは張っているらしく、俺は急ぎ足でワインを注いだり皿を運んだりと、せわしなく動き回った。継母が遠くからにらみを利かせているのを感じる。

 時折、伯爵が父に探りを入れるような会話を投げかけていた。

「そういえば、フォート家のご子息は? あれから一度も姿を拝見していませんが…」

 父はワインをすすりながら苦笑いを浮かべ、曖昧に笑って済ませる。俺はそれを聞きつつ内心苦くなるが、給仕係の立場として深入りはできない。

 ところが、別のテーブルに目をやると、エレオノールが座っているのが見えた。彼女は相変わらず無表情だが、明らかに居心地が悪そうに周囲を見回している。近くの貴族の子女たちがひそひそと囁いていた。

「黒い魔力だって…。あんな子、初めて見たわ」

「誰も近寄らないんですって。呪われそうで怖いもの」

 いかにも嫌味な視線と小声が飛び交う。俺はワインを運ぶふりをしながら、彼女の近くへ足を運んだ。

 そうしてグラスを手渡そうとした瞬間、別の子女がわざとエレオノールの椅子をぶつけるように押してきた。彼女の手のグラスがぐらつき、ワインがこぼれそうになる。

「きゃっ…!」

 慌てたエレオノールが身を引くが、バランスを崩したまま危うくテーブルクロスを引きずり落としかける。周囲がざわめく中、思わず俺はとっさに彼女を支えた。

「大丈夫か? エレオノール」

「え、ええ…ごめんなさい」

「謝る必要ないだろ。今のはわざと…」

 言いかけたところで、子女の一人が嫌味ったらしい笑みを浮かべてきた。

「あら、なんなの? 給仕係風情が令嬢に馴れ馴れしく…。ねえ、あなたこそ何者? フォート家の…しもべ?」

 周囲の視線が一斉にこちらに向く。父や継母もこちらを睨んでいて、今にも“余計なことを言うな”と叫び出しそうな雰囲気だ。

 たじろぎそうになるが、エレオノールの怯えた瞳を見ていると、黙って引き下がれなくなった。

「俺はただの給仕係じゃない。レオン・フォートだ。一応、ここの息子…だけど、まあ色々と事情があってね」

 短くそう答えたが、相手は小馬鹿にしたように鼻で笑う。

「へえ、あのフォート家の息子さん? でも平民同然に酷使されてるなんて、ひどい話ね。もしかして本当に“汚れた血”だとか…?」

 周囲からどよめきが起こる。やはり俺にまつわる噂も広まっているようだ。継母の表情が青ざめ、父は飲みかけのグラスを強く握りしめているのが見えた。

 その緊迫した空気の中で、エレオノールが小さく息を吐いて立ち上がる。

「いい加減にしてください。私と彼はただ話をしていただけ。…あなた方に迷惑かけましたか?」

 静かな口調だが、周囲に一瞬だけ圧を感じさせる。“闇の魔力”を持つ令嬢という噂が、こういう場面で逆に重圧を与えているのかもしれない。子女たちは思わず怯んだ様子で視線を逸らした。

 見かねた伯爵が立ち上がり、笑みを取り繕う。

「おやおや、少し騒がしいですね。皆さん、乾杯を続けましょう。ささ、グラスをどうぞ」

 一気に場を収めようと、伯爵が場を取り仕切る。あからさまに気まずい雰囲気が漂う中、父と継母が俺を鋭く睨んだまま、何も言わずに食事を再開する。

 エレオノールと視線が合う。彼女は控えめに小さく礼をして、また椅子に腰を下ろした。

(ほら、また“闇の令嬢”なんて言われて。それでも彼女は耐えている…)

 心が締め付けられる思いだ。だが、下手に介入すれば父や継母の怒りを買うのは避けられない。宴が終われば、俺は何をされるか分からない状況にある。

 不安を押し殺しながら、俺は再び給仕の役に戻った。灰汁の強い貴族たちがグラスを空けていくのを見計らい、少しずつワインを注ぎ足す。

 そんな中、遠くの一角では妙に不穏な囁き声が耳に入り、ちらりと視線をやると、派手な衣装を着た男が「売買契約」とか「取り引き」などという物騒な単語を口にしていた。

(…まさか、本当に俺の身に関わる話を進めているのか?)

 背筋が冷たくなる。宴の場をよそおって、裏では父やその取り巻きが“俺を売る”なんて筋書きが進行しているかもしれない。

 いやな胸騒ぎが募る一方で、エレオノールへのいじめが再燃するのではないかと気が気じゃない。伯爵はできるだけ娘をかばっているようだが、全員の視線や嫌悪を防ぎきれるわけではない。

 ぎこちなく終わっていく宴。結局、何もかもを曖昧にやり過ごして、俺もエレオノールも心にしこりを残したまま夜を迎えることになった。

(こんな宴、ただの偽善と陰謀の塊じゃないか…)

 胸中で毒づきながら、俺は給仕の片付けを続ける。父や継母が俺をどう扱おうと、このまま黙って見過ごしてはいられない。

 そして、エレオノールの寂しげな横顔を思い返す。誰も彼女を“本当の味方”として受け入れないのなら、俺がなんとかしたい。いや、しなければいけない。

 だが、そのためには足枷になっている家族の支配や、自分の“穢れた血”の謎を解き明かさなければならない。

「逃げるか、戦うか、どちらかしかない…」

 静まりゆく食堂の片隅で、そう呟く声は自分でも驚くほど震えていた。誰も聞いてはいないが、夜の闇が確かにその言葉を飲み込んだように思える。

 ――この屋敷の裏で進む陰謀。そのとばっちりでエレオノールがさらに孤立するのは見たくない。俺はただ、それだけを強く願っていた。

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虐げられたモブ貴族に転生した俺、破滅の運命を辿る”ラスボス令嬢”を救うと決めた ラムいぬ @aldehyde

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