雷々丸とシズメ ~Rairaimaru to Shizune~

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第1話 雷々丸のセカイ

「ギャーハハハハ!」

 授業中にスマホゲームを楽しむ雷々丸を横目に、桃叮が肘でつついた。

「そろそろ先生振り向くよ。ほら、早くしまいなさいよ」

「おー、まじか。今終わらせるよーん、と!」

 雷々丸はスマホ画面と先生を交互にせわしなく確認し、素早く端末をポケットに仕舞い込んだ。折良く振り向いた先生からは、何事もなく授業が進んでいるように見えた。

「マジ危なかったわ。サンキュー、桃叮」

「まじ勘弁してよねー。私までとばっちり喰らうんだから」

 二人は互いに笑いながら、おとなしくノートを書き進めた。


 雲霄大学文化交流学科に在籍する二人は今年の4月に大学三年生になったばかりだ。満開の桜を愛でながら、卒業後の就職活動なんて何処吹く風と言わんばかりにまだ青春を満喫できる時期だ。

 

 一日の授業が全て終わり、雷々丸と桃叮はキャンパスの正面通りを歩きながらバイト先に向かっていった。

「いやー、今日はマジでついてたわ。先生からの注意ゼロ!これ半年ぶり」

 白々しく“バレなかった自慢”をする雷々丸に桃叮が白い目で視線を送る。

「よくそんなんで三年になれたわ。まじ奇跡」

「オレは奇跡の神様に愛されているのかもなー」

 ニヤニヤ笑う雷々丸をよそに、桃叮は彼のフードを引っ張り、校門前のロータリーに促した。

「ほら、帰り道はこっち!今日はウチの車に乗って」

「お、ラッキー。ヨッシャー、一丁働きますか!」

 仰向けにガッテンポーズを決めた雷々丸がフードごと桃叮に引きずられていく。


 --アミューズメントセンター「ニア・ライド」


 二人のアルバイト先「ニア・ライド」は市内でも有数の規模を誇る大型アミューズメントパークだ。一階にゲームセンター、二階はボーリングやビリヤード、ダーツ、卓球などが遊べる。雷々丸は一階、桃叮は二階のフロアを担当している。

「・・・・・・すみません、ちょっといいですか」

 小さなパンダのぬいぐるみを持った少女が雷々丸に声をかける。

「はい!いらっしゃいませー。お嬢ちゃん、どうしたのかな?」

 ニコニコ笑う雷々丸をキラキラと光る瞳でじっと見つめた少女は両手のパンダを弄りながら、遠くを指さした。

「なになに、あっち?じゃあ一緒に行こうか」

 雷々丸はゆっくりと、少女は少し駆け足で一つの筐体に向かった。台の中では笹を銜えた大きなパンダのぬいぐるみが仰向けに倒れていた。

「おー、あとちょっとで獲れるじゃん。オレにどうしてほしいんだ?」

「ん、ん!」

 ケース内のパンダを指さしながら、少女は目を潤ませ何度も何かを訴えかける。

「もしかしてオレに獲って欲しいの?」

「うん・・・・・・、もうお金が足りないの。うう・・・・・・」

 今にも泣き出しそうな顔を見せられては、雷々丸も無視はできない。

「オッケー、兄ちゃんに任せなさい!」

 雷々丸は後ろのポケットから小銭ケースを取り出した。さっそく百円玉を入れてパンダゲットに向けてプレイを開始した。

 ・・・・・・笹を銜えた大きなパンダは雷々丸の予想に反して頑固だった。現在10プレイ目。景品口まで差し掛かったのは良いが。なかなかあと一歩、ゲットに届かない。

「いやー、これ難しいね。設定変えちゃおっかな・・・・・・」

 投入口の下にある鍵を開け、設定ボタンをまさぐっていると、背後から鋭い声が飛んできた。

 「はぁー、何やってんのよ。マニュアル外の設定変更は禁止よ!」

 呆れがちに雷々丸をたしなめたのは桃叮だった。

「あ、やべ。バレちゃった」

 ヘラヘラ笑う雷々丸をよそに、桃叮はすかさず鍵をガチャン!と閉めた。そしてウエストバッグから百円玉を取り出し、迷い無く投入した。

「いい?この手の景品はね、重心さえ掴めば簡単なのよ!」

 桃叮の洗練されたアーム裁きに思わず二人が目を見張る。ウィーン・・・・・・という音とともにスッとに持ち上がったパンダを見上げた二人は開いた口が塞がらない。桃叮の一撃必殺をくらったパンダは、これまでの苦戦が嘘のように、するりと取り出し口に吸い込まれた。

 --景品ゲット、おめでとう!

 一階にある全ての台が一斉にしゃべり出す。

「はい、これあげる」

 桃叮の手から念願の笹パンダをもらった少女は満面の笑みでそれを抱きかかえる。

「お姉ちゃんもお兄ちゃんも本当にありがとう。大切にするね」

 満面の笑みでお礼を言う少女見て、満足げに雷々丸が返事をした。

「よかったね、桃叮あっざっす!」

「えっへん、こんなの朝飯前よ」

 少女を見送った二人は、周囲に先輩がいないのを確認してから話し始めた。

「桃叮ってもう上がり?景品獲ってくれて助かったわ」

「もう上がり?って何言ってんのよ。もうこんな時間よ」

 雷々丸が店内の大時計を見やると、針は既に午後八時二十分を指していた。とっくに退勤時間は過ぎている。

「あちゃー、こりゃ熱中しすぎたな」

「気づいたらさっさと帰るよ、今日は家まで送るから」

 着替えを済ませた二人は店舗の裏口で合流した。

 従業員用の出口正面には、薄暗い裏路地に似つかわしくない金髪の異邦人と漆黒のリムジンが待っていた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 桃叮の執事、ジョバンニが二人を迎える。

「お、ジョバンニだ!久しぶりー」

「雷々丸様、お久しぶりです。お元気でしたか」

「うん、元気元気。運転お願いしまっす!」

 桃叮はこの町では名の通った東城財閥の一人娘だ。

 東城桃叮--両親の過保護な環境下で育った彼女は、幼少期から執事のジョバンニに護られてきた。恵まれた環境ではあったものの、彼女は束縛を嫌うので、高校の進学と同時に、「ジョバンニは桃叮に呼ばれた時にだけ姿を表せる」という条件を両親から承諾してもらっていた。“普通の生活”に憧れを持っているからこそ、こうして雷々丸と同じ職場でアルバイトをしているのだ。

 リムジンの後部座席は、田舎出身の雷々丸がおじいちゃんに乗せてもらっている軽トラックの助手席とは訳が違う。きめ細やかな装飾が施されたカーテン窓。天井から煌々と光りを放つ照明。中央のテーブルには、ストローの刺さったカクテルグラスがネオンカラーの照明を浴びて独特な輝きを放っている。どこもかしこも光に満ちているという意味では先ほどのバイト先と変わりないが、質という点では両者は似ても似つかない。

「次のゼミなんだけど、どこにするか決まったかしら?」

 しばしの休息を終えた二人は年齢にそぐわないグラスを片手に、三年次から始まるゼミの選択先について話し合っていた。

「うーん、まだ。六甲先生は真面目でつまらなさそうだし、夢倉先生はあんなだし・・・・・・。とはいえシズメは謎過ぎる。名前カタカナだし。あの人、マジで何考えてるか毎回読めないわ」

「まあ、そんなとこよね。私はシズメ先生一択かな。キレイでカッコイイし、授業の難易度はともかく、少なくとも目の保養になる」

「えー、やっぱそう?キレイ?とかカッコイイ?とかはよく分からないけど、オレも一緒にするかな」

「あんたは私と一緒にいたいだけでしょ」

 ゼミ先の話がまとまると、話題は桃叮の手掛けるドレスブランド「ゴシック・レイン」の新作に移る。桃叮は雷々丸にラフ画が描かれた端末を渡した。

「ねえ。このデザインどうかな」

 端末を受け取った雷々丸は画面に移るドレスをじっくりと眺めた。真剣なまなざしでしばらく画面を見つめている。桃叮の手掛けるファッションデザインは一言で言うと「ネクロマンス・ゴシック系」。本人の言葉を借りると「死への憧れ」をモチーフにデザインへと落とし込んでいる。常人では一目で理解できない、「恐怖」や「退廃美」を彷彿とさせる領域のシロモノだが、幾度となく桃叮のマネキンとして試着を重ねる内に、その感性を磨かれた雷々丸は桃叮が追い求める理想像をなんとなく理解できていた。

「うーん、ここのリボンっている?オレだったらデカくして目立たせるか無くしちゃうかな」 

「そう、そこなのよ。どっちも試したけどなんかしっくりこなくて。また今度試着してくれない?街ブラもかねてさ」

「お、いいね。このデザインならオレにも似合いそう。楽しみにしてるわ」

 一方はサイバーネイジなファッションを好む黒金髪の青年。もう一方はゴシックロリータに身を包むネクロマンス系の不思議女子と凸凹コンビにも見える二人だが、実は共通点も多い。その一つが可愛い服やアクセサリーに目が無いこと。比較的身長が低い雷々丸の体型は成人女性用のドレスにピッタリなので、趣味が合うことも相まって、桃叮の試作品ができあがる度に彼が一肌脱いでいるのだ。桃叮の依頼で初めてドレスを身にまとった時から、雷々丸は毎回乗り気で試着を楽しんでいる。そして、不思議なことに雷々丸が可愛いモノやコトについて話すときは、おちゃらけた普段とは打って変わり、自然と冷静な口調になるのだ。なんとも不思議な現象だが、これが雷々丸である。

 話題は二人がドレスを着て向かう目的地に変わった。候補の一つである30センチを越える大型パフェが有名な喫茶店は店内のレトロな雰囲気を売りにしている。

 “女子トーク”は車が雷々丸の自宅に着くまで続いた。

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