3話 あの仏壇を見たくて

イーシュに連れられ街から30分ほど歩いた先の洞窟に向かう。道中、基本的なルールと階級の上げ方などの説明をされた。

「普通なら実績を積んで年に一回の筆記試験に合格すれば銅級。だけどお前は銅級スタートだから次は実戦形式の試験だな!合格すれば銀級で騎士団並みの給料だぞ!」

 

昇給制度もあるのか。だが俺は生活の基盤を作ったらすぐに日本の店を開いて荒稼ぎするつもりだからあまり関係ない。この冒険者とかいう職業はあまりにも血生臭すぎる。ちなみに1番上はどの程度稼げるんだろうか。

「1番上まで行くと金級とかですか?」


「いや、プラチナだよ。まぁ、ほとんどいないけどな!ていうか敬語やめてくれよ。年もそんな変わらないだろ?」


「え?あぁ、わかった。」

 

――


――――

 

そうこうしていると洞窟に着く。洞窟内部からは冷気とともに、うっすらと腐敗臭がする。できれば入りたくない。薬草だの花だのを摘んでたい。だがイーシュはそんなことお構いなしにイーシュはズンズンと進んでいく。少し行ったところで振り返りこちらを見る。

「少し暗いな…明かりをくれ!」


「そんなの持ってきてないぞ?」


「ちっげぇよ!魔法だよ!魔法!発光!」


完全に忘れていた。ランタンに負けた気でいたが確かに洞窟では俺の魔法の方が明るい。…がよく考えたら使い方がわからない。今まで勝手に光ってた気がする。

掌を眺めているとイーシュが言う。

「手に血を集める感じ…?力を入れるっていうかさ…ほら!」

 

酷く抽象的な説明だったがアドバイスをもとに試行錯誤していると俺の右手から放射状に一筋の光が放たれる。車のハイビームみたいだ。


「そうそう!そんな感じ!結構明るいんだな!あとで応用も試すか!」

結果に満足したのかイーシュはズンズンとより奥へ進むが俺は内心少しビビっていた。掌からハイビームが出ているのだ。熱線が出るよりは健全だろうがこのハイビームは出したままにして大丈夫なんだろうか。エネルギー源は体力から来てるらしいし不安だ。

思い悩んでいると前を行くイーシュの背中にぶつかる。

 

「痛ぇ…ゴブリンいたのか?」

問いかけるもイーシュは答えない。


「なぁ、なんでなんも言わな……」

俺も光の奥の『それ』に気づいた途端、言葉を失ってしまう。だってこれはダメだろう。無理だ。

頭の中に『死』の一文字がよぎる。

俺はこの瞬間までこの世界を「ゲームみたいだ」くらいにしか思っていなかった。だが、まるで子供が考えたような醜悪な見た目の『それ』から発せられる威圧感が全てを打ち消す。濃密すぎるほど圧縮された死の匂い。見つかれば死ぬ。コンティニューも無い。俺は呼吸を忘れていた。


「…逃げるぞ」

蚊の鳴くような声でイーシュの呟きで正気に戻る。

俺はアイコンタクトでそれに同意する。


一歩、また一歩と慎重に後退りする。気づかれないように。刺激しないようにその場から離れる。


……カンッ


洞窟の壁面に、つけていたメリケンサックがぶつかると

すぐに真正面に鎮座する5本の足に2本の手を持つゴリラのような生き物がぬるりと振り返り我々を視認すると、その場で5メートルほどの巨体を暴れさせる。

恐怖で全身が強張る。

 

「走れ!!」

イーシュの掛け声で絶望に止まった足が再び地を駆けるが、すぐに追いつかれ回り込まれる。

足を止め絶望に染まる我々の顔を見るやゴリラの顔はニヤリと醜く歪む。

ゴブリンとは比べ物にならない絶望が俺を支配する。イーシュも見てわかるほどに膝が震えている。


その時、ポタッと頭上に水滴が垂れる。

瞬間、絶望は諦めへと姿を変えた。心臓の鼓動は緩やかに速度を落とし、汗も引き、狭まった視界は元に戻り落ち着いていく。もうおしまいだ。

 

そう心で呟くが魚の小骨のような違和感を感じる。

イーシュのせいだろう。出会って間もないが目の前で死なれるというのは気分が悪い。俺がすぐ後を追うとしてもだ。それに俺はこいつに妹がいることを知っている。


ならば引き受けるべきだろう。囮を。

最期に善行を積めば多少は気持ちよく死ねるんじゃないか?そう思い至る前にはもう口に出ていた。

 

「行けよ。妹さんいるんだろ?」

つい、いつか見た小説の主人公の言葉を借りてしまった。そんなものにはなれないのに。


イーシュは何か言いたげだったが俺の目を見ると

「すまん、ありがとう」

と震えた声とともに持ち物を放って去っていく。

その後ろ姿をただ呆然と眺めていた。ある種の自殺ではあるがやはり気分が良い。


イーシュが5本足ゴリラの横を通るタイミングでゴリラの顔に光を当てると一瞬のけ反り、顔を覆う。その隙にイーシュは駆け抜け、後ろ姿がすぐに見えなくなる。

気を引ければよかったのだがそんなに眩しかっただろうか?

 

そうしているうちに、ゴリラはすでに体勢を戻してこちらを睨んでいる。


『ようやく死ねる。』

自然とそう思った。今思えば3年前のあの日から俺はずっと死にたかったのかもしれない。

走馬灯のように3年間の出来事が脳内を駆け巡る。


――


――――


あれ?また……?


また臓物が火で炙られるようなこの感覚。


俺はこの感情の名前を知らない。


知らないが到底受け入れられるものではなかった。


ならばどうするか?

——俺は強く拳を握った。


「……やっぱりさぁ!まだ死ねないよなぁ!!だって、あいつの墓石も仏壇も実家もまだ残ってんだぜ?だからそこ…どけよ!!」

雄叫びとともに駆け出すと呆気に取られたゴリラの反応は一瞬遅れた。

その隙に掌を前に突き出し光らせるが、目を閉じたようで怯みもしない。それどころか既に右腕をおおきく振りかぶって攻撃モーションに入っていた。


毛深い豪腕から放たれた一撃は、身を低くした俺の頬を数ミリ掠め、後ろの地面を大きく抉る。

 

「おいおいおい!ノーコンかぁ?あぁ?!」

 

腕を掻い潜り、一本の前足に渾身の右ストレートを打ち込むが毛の向こうの硬い皮膚に拳を弾かれる。弾かれた勢いに任せバックステップで距離を取り、イーシュが置いてった剣を手に取ると再びゴリラに向かって駆け出す。

今度は飛んでくる拳を横に飛び回避する。そして壁を蹴ってゴリラの足元へ転がり込むと、毛を掴み一気に駆け登る。そのままゴリラの肩を踏み台にして頭上へ飛び上がり、真下に剣先を向け――

「死ぃ……ねぇぇ!!!」


パキン………


ゴリラの眉間に数センチ刺さったところで剣が甲高い音とともに砕け散った。俺は不恰好な着地をすると、すぐ後ろに跳び距離を取るが洞窟の壁にぶつかり尻餅をつく。


急いで手を着き、立ちあがろうとするがなかなか立ち上がれない。

「くそッ!」

右手に視線を向けると指が全てひしゃげていた。

アドレナリンが出ているのか痛みは無いが次第に体に力が入らなくなる。

それを見たゴリラは再びニィッと顔を歪める。


動け動け動け!

死にたくない!まだやり残したことがある!俺は死ねない!やめろ、やめろ、やめろ!

「あ゙あ゙あ゙!クッソ!!死にたくねぇぁぁ!!」

 

 

俺の願いに呼応するように触れていた洞窟の壁がカッと光り出す。予想外の光にゴリラが攻撃を中断し顔を覆う。壁の光に俺も驚いていると闇雲に放たれたであろうゴリラの拳が飛んでくる。

「あ、――


 

……?攻撃がこない。

無意識に閉じていた目を開くとゴリラの上半身は無くなっていた。竹のように右肩から袈裟斬りされ、上半身は足元に落ちている。

そして俺の横には血に濡れた長い刀を携え、長髪を後ろで一本に束ねた女性が佇んでいた。閃光の中から現れたその横顔は陶器のように美しくて――


「あの、怪我は…ないですか?」

鈴の音のような声が響いた。


「あの…?大丈夫ですか…?」


「は、はい!大丈夫です!あの、本当に!本当にありがとうございます!!」


「いや!頭を上げてください!それより聞きたいことがあるんです!」

彼女はおもむろに刀を俺の方へ向けて続ける。

 

「そ、その靴!どこで奪ったんですか?」


「え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天上天下俺が敗者?! 微甘味覚 @asano596

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ