深夜配達、23時の宛先不明
ソコニ
第1話
第1章 夜勤の始まり
吉川美咲の夜勤は、いつも午後十時からはじまる。
配送センターの裏手にある更衣室で制服に着替えながら、スマートフォンの画面をちらりと確認する。実家の母からのメッセージが届いていた。
『また夜勤?無理しないでね。普通の会社に戻ることだって…』
続きは読まずに、美咲は端末をロッカーにしまい込んだ。昼の仕事に戻る気はなかった。この深夜配達の仕事を選んで、もう三ヶ月。人との接触が最小限で済む深夜の仕事は、今の自分に合っていた。
更衣室を出ると、蛍光灯に照らされた配送センターの仕分け場が広がっている。日中なら百人以上の作業員で溢れかえるフロアも、夜間は数人のスタッフが黙々と作業をしているだけだ。その静けさが、美咲には心地よかった。
「吉川さん、今日もよろしく」
事務所から顔を出した村井主任が、優しく声をかけてくる。五十代後半のベテラン社員で、夜勤スタッフの中で唯一の正社員だった。
「はい、よろしくお願いします」
深々と頭を下げる美咲に、村井は珍しく真剣な表情を向けた。
「あの、今日から研修生が入るんだ。木村君、こっちにおいで」
声をかけられ、事務所の奥から現れたのは二十代前半らしき青年だった。背筋をピンと伸ばし、几帳面そうな印象を受ける。
「木村大輔です。よろしくお願いします」
深夜配達には珍しいタイプだ、と美咲は思った。若い男性の夜勤スタッフは、大抵がアルバイトのような気軽な様子なのに、この木村という青年からは、どこか切迫した雰囲気が感じられる。
「木村君の指導は吉川さんにお願いしたいんだ。女性スタッフのやり方を見てもらった方がいいと思って」
村井は少し困ったように頭を掻く。深夜配達には、確かに女性ならではの気遣いが必要だった。防犯カメラの位置を確認すること。玄関先では必ず背後に気を配ること。そして何より、不審な様子があればためらわずに引き返すこと。
「分かりました」
美咲が頷くと、村井は安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ、まず今日の配達リストを確認しましょうか」
二人分のリストをスキャナーに読み込む。すると、木村の表情が一瞬曇った。
「これ…住所がおかしくないですか?」
画面を覗き込むと、確かに見慣れない住所表記があった。
『東京都■■区▲▲ 4-██-※※』
「システムの乱れでしょうか?」
木村の問いかけに、村井は慣れた様子で答える。
「ああ、それね。たまにあるんだよ。文字化けってやつ。現場に行けば大体分かるから」
だが美咲は黙ってその住所を見つめていた。三ヶ月間、似たような表記を何度か見かけている。でも、そのたびに不思議なことが起きるのだ。その住所に着くと必ずシステムがフリーズする。再起動すると配達リストから消えている。
まるで誰かが、システムを通じて何かを伝えようとしているような…。
「吉川さん?」
木村の声で我に返る。考えすぎだ。きっと単なるシステムエラーなのだろう。
「すみません。では、配達の基本から説明させていただきますね」
事務所の机に向かい、美咲は新人研修用のマニュアルを開いた。その背後で、配送センターの蛍光灯が一瞬、不自然に明滅する。
誰も気付かない闇の中で、スキャナーの画面だけが青白く光っていた。
「深夜配達の基本は、相手の生活リズムを壊さないこと」
マニュアルの最初のページを開きながら、美咲は木村に説明を始めた。
「インターホンは原則として使いません。事前に指定された置き場所に、確実に、そして静かに。それが私たちの仕事です」
木村は熱心にメモを取っている。几帳面な性格は、見た目の印象通りだった。
「でも、たまに受け取りを希望される方もいます」
「深夜なのに、ですか?」
「ええ。夜型の方もいますから」
そう答えながら、美咲は自分が出会った深夜の依頼人たちを思い出していた。締切に追われる漫画家。夜勤明けのナース。徹夜で論文を書く大学院生。そして…。
記憶の片隅に、どうしても思い出せない依頼人の影がある。
「吉川さん?」
「あ、すみません」
木村の声で我に返る。美咲は慌ててマニュアルのページをめくった。
「次に、配達時の注意点です。これが最も重要な…」
その時、事務所の電話が鳴った。村井が受話器を取る。
「はい、夜間配送センターです。…え?405号室の配達物が届いていない?」
美咲は思わず顔を上げた。405号室。その番号に聞き覚えがある。
「申し訳ありません。確認してすぐにご連絡させていただきます」
電話を切った村井が、困惑した表情で美咲を見る。
「吉川さん、昨日の深夜便で405号室の配達があったはずなんだけど」
「はい。確かに配達しました」
「でも、お客様が受け取っていないと」
美咲は昨夜の配達を思い出そうとした。確かにマンションに着き、エレベーターで4階に上がり、405号室の前に立ち…。
その先の記憶が、妙にぼやけている。
「システムには配達完了となっているんですが」
スキャナーの履歴を確認する美咲。画面には確かに「配達完了」のステータスが表示されている。しかし配達時刻の欄が、異常な文字列で埋め尽くされていた。
『23:■■:※※』
「私が確認してきます」
美咲が立ち上がると、村井が心配そうに声をかける。
「いや、もう夜勤の時間だから、明日の日勤スタッフに…」
「大丈夫です。木村さんの研修も兼ねて」
実は美咲自身、昨夜の配達がどうなったのか、確かめたかった。記憶の空白を埋めたかった。
「そうだな。じゃあ気をつけて」
事務所を出る時、木村が不安そうな表情で美咲を見ていた。まるで、何か言いたげな様子で。
配送車に乗り込んで、美咲はバックミラーを調整する。そこに映った自分の顔が、やけに疲れて見えた。いや、それは自分の顔だろうか。鏡に映るのは…。
美咲は慌ててミラーから目を逸らした。考えすぎだ。単なる疲れのせいに違いない。
「では、行きましょうか」
後部座席に座った木村に声をかけ、美咲はエンジンをかけた。都会の夜が、静かに二人を包み込んでいく。
まだ誰も、これが特別な夜になるとは知らなかった。
真夜中の街を走る配送車の中で、美咲は昨夜の配達を思い出そうとしていた。
確かにマンションに着いて、エレベーターで4階に上がった。405号室のドアの前に立った。そこまでは覚えている。でも、その後の記憶が、まるで古いビデオテープのようにノイズまみれだった。
「吉川さん、この道で合っていますか?」
木村の声に我に返る。信号が赤に変わり、車は緩やかに停止した。
「ええ。このまままっすぐ行くと…」
その時、カーナビの画面が青く明滅した。表示されていた地図が歪み、道路の形が変わっていく。
「あの、画面が…」
木村が指摘する前に、美咲は電源を切った。
「気にしないでください。この時間帯は電波が不安定なことが…」
言葉を途切れさせたのは、バックミラーに映った光だった。後続車のヘッドライトだと思ったが、道路に影は落ちていない。青白い光の正体は、後部座席の木村が持つスキャナーの画面だった。
誰も操作していないはずなのに、スキャナーには文字が次々と表示されていく。
『未配達:1』
『未配達:10』
『未配達:100』
『未配達:1000』
「木村さん、それを…」
振り返った美咲の言葉が止まる。後部座席には誰もいなかった。スキャナーだけが、宙に浮いたように青白く光っている。
信号が青に変わる。美咲は慌てて前を向き、アクセルを踏んだ。どこかで聞いたことのある警告音が、車内に響いている。それは…スキャナーの起動音だ。
ルームミラーに映る光が、徐々に強くなっていく。見てはいけない。そう思いながらも、美咲は後ろを振り返っていた。
後部座席には木村が座っている。まるで最初から、ずっとそこにいたかのように。
「あの、吉川さん」
木村の手には、スキャナーらしき機械が握られていた。だが、それは会社支給の新しい機種ではない。画面が割れ、埃を被った古いモデルだ。
「これ、昨日の配達の記録、見てもらえませんか」
差し出されたスキャナーの画面に、美咲は目を凝らした。
『配達先:■■マンション405号室』
『配達日時:2024年2月15日 23:■■:※※』
『配達員:木村大輔』
『状態:配達未完了』
「私、昨日まで、この配送センターで働いていたんです」
木村の声が、妙に遠く感じる。
「でも、最後の配達が、どうしても終わらなくて」
視界の端が、少しずつ歪んでいく。いつの間にか車は、見覚えのない道を走っていた。ナビの電源は切ったはずなのに、画面には謎の記号が点滅している。
『再配達指示』
『受取人:不在』
『再配達日時:永遠』
美咲の記憶の中で、昨夜の405号室の風景が蘇る。インターホンを押さずにドアの前に立っていた時、確かに誰かが紙を差し出してきた。その紙には…。
「吉川さん、私と一緒に配達を終わらせませんか」
そう言う木村の顔が、蛍光灯に照らされたように青ざめて見えた。まるで、配送センターの明かりの下にいるように。
その時、美咲のスキャナーが起動音を鳴らした。画面には新しい配達指示が表示されている。配達先は…。
『東京都■■区▲▲ 4-██-※※』
深夜の街を、配送車のエンジン音だけが響いていた。
マンションに到着すると、駐車場は深い闇に包まれていた。街灯が一つだけぽつんと光っている。老朽化したのか、その光は不規則に明滅していた。
「では、研修の続きを」
美咲は車を降りながら、なるべく普通の声を出そうとした。助手席から降りてきた木村は、相変わらず几帳面な様子で配達物を抱えている。さっきの異常な出来事が、まるで幻だったかのように。
「まず、玄関のオートロックですが」
暗証番号を押し込むと、扉が重い音を立てて開いた。音が廊下に反響する。夜の建物特有の、妙に生々しい響きだった。
エレベーターに向かう途中、美咲は防犯カメラの位置を確認しながら木村に説明を続けた。
「カメラの位置は必ずチェックします。死角になる場所には…」
言葉が途切れる。エレベーターホールの防犯カメラが、普段と違う方向を向いていた。上向きに固定されている。まるで天井の何かを見つめているかのように。
「吉川さん?」
「いえ、なんでもありません」
エレベーターのボタンを押す。扉が開くまでの数秒間、美咲は天井を見上げないように意識していた。見てはいけない。そう直感が告げている。
かつん、という音とともにエレベーターが到着する。中に入ると、美咲は思わず目を見開いた。
鏡に映る自分の姿が、妙に歪んで見える。いや、自分の姿だけではない。横に立つ木村の姿も、わずかにずれている。鏡に映る木村は、実際の木村より半歩後ろに立っているように見えた。
「4階ですね」
木村が自然にボタンを押す。普段なら必ず唱える階数確認の儀式を、美咲は忘れていた。
上昇するエレベーターの中で、美咲は昨夜の記憶を必死で思い出そうとしていた。405号室でのできごと。差し出された紙。その紙には何が…。
ディスプレイが4階を表示する。扉が開く直前、美咲は鏡に映った木村の姿が、こちらを振り向いているのを見た。
「では、405号室の確認に」
廊下に出た木村の声が、やけに明るい。美咲は静かに頷き、後に続いた。蛍光灯の光の下、二人の影が壁に伸びている。でも、その影の長さが少しずつ変わっていく。まるで、光源が移動しているかのように。
405号室のドアの前で、木村は立ち止まった。インターホンに手をかけようとする彼を、美咲は慌てて止めた。
「待ってください。まず、配達記録を」
スキャナーを取り出す。画面には昨夜の配達記録が残っているはずだ。起動音と共に、青白い光が廊下を照らす。
その光の中で、美咲は画面に表示された文字を読み取った。
『配達先:■■マンション405号室』
『配達日時:2024年2月15日 23:59:59』
『配達員:吉川美咲』
『状態:配達完了(異常)』
「これは…」
次の瞬間、廊下の照明が一斉に消えた。暗闇の中で、スキャナーの画面だけが妙に明るく光っている。新しいメッセージが表示されていた。
『本日の配達員:不在』
『配達場所:不明』
『配達時刻:無限』
『受取人:永遠』
そして、405号室のドアが、ゆっくりと開いていく。
第2章 路地の向こう
暗闇の中、405号室のドアは音もなく開いていった。
美咲は息を殺して立ち尽くしている。隣にいるはずの木村の気配を感じない。廊下の闇の中で、スキャナーの青白い光だけが不気味に明滅していた。
「木村さん…?」
声が、妙に乾いている。返事はない。それどころか、自分の声が廊下に響いた形跡すらない。まるで音を吸い込むような、濃密な闇。
開いたドアの向こうは、さらに深い暗闇だった。405号室のはずなのに、部屋の形が掴めない。玄関から伸びる空間が、まるで無限に続いているように見える。
「失礼します」
自分でも驚くほど冷静な声が出た。美咲は一歩前に踏み出した。恐れているヒマはない。これも仕事の一部。そう自分に言い聞かせる。
玄関に足を踏み入れた瞬間、スキャナーの画面が激しく明滅した。新しいメッセージが表示される。
『配達先変更』
『東京都■■区▲▲ 4-██-※※』
『時刻:23:59:59』
『担当:永遠の配達人』
突然、背後で物音がした。振り返ると、廊下の照明が復旧している。そこには木村が立っていた。いや、木村のはずだった。制服を着た人影が、すっと頭を傾げる。
「吉川さん、こちらではありません」
声は木村のものなのに、話し方が明らかに違う。まるで古い録音を再生しているかのような、機械的な響き。
「今夜の配達先は、別のところです」
人影が差し出したのは、一枚の紙。それは昨夜、405号室で受け取ったものと同じような…。
記憶が突然、鮮明に蘇った。昨夜、この場所で受け取った紙には、こう書かれていた。
『私も、あなたと同じ仕事をしていました』
『でも、私はもう配達できません』
『未配達の荷物が、私を待っています』
目の前の人影が、ゆっくりとスキャナーを掲げる。画面には数字が表示されている。
『未配達件数:15,876』
「手伝ってくれませんか」
その言葉と共に、玄関の闇が美咲に向かって広がってきた。暗闇の中で、何千もの青白い光点が瞬いている。すべて、スキャナーの起動音を発している。
美咲は後ずさった。かかとが何かに引っかかる。振り返ると、そこは405号室の玄関ではなかった。見知らぬ路地裏。街灯もない、細い路地が、迷路のように続いている。
遠くで鈍い音が響く。美咲は思わず空を見上げた。月明かりもない、真っ暗な夜空の下。配達を待つ荷物の山が、黒い影となって聳えていた。
見知らぬ路地に立ち尽くす美咲の背後で、スキャナーが断続的に警告音を鳴らしている。画面を見ると、配達先の住所が次々と切り替わっていく。どれも判読不能な記号の羅列。でも、一つだけ共通しているのは時刻の表示。
すべて「23:59:59」。
時間が止まっているのか、それとも永遠に繰り返されているのか。
「配達を、終わらせましょう」
声の主は見えないのに、その言葉だけが耳元で囁かれる。木村の声なのか、それとも…。
美咲は路地を見渡した。行き止まりのはずの場所に、新しい道が開けている。古びた郵便ポストが一つ、ぽつんと立っていた。傾いたポストの表面には、錆びた文字で住所が刻まれている。
『東京都■■区▲▲ 4-██-※※』
「これは…」
近づいてみると、ポストの投函口から青白い光が漏れていた。スキャナーの光に似ている。
覗き込んだ瞬間、美咲の体が宙に浮いたような感覚に襲われる。足元から闇が湧き上がり、意識が引き込まれていく。
気が付くと、そこは全く別の場所だった。
無数の棚が天井まで伸びる、巨大な倉庫。だが、棚には段ボールや荷物ではなく、古いスキャナーが整然と並んでいる。すべて電源が入っており、青白い光が闇の中で明滅していた。
「これが、未配達の記録」
声の主が姿を現す。それは木村の姿をしていたが、その制服は古く、埃を被っていた。
「このスキャナーの中に、終わらない配達が…」
彼の言葉が途切れる。倉庫の奥で、何かが動いた。
美咲は息を飲んだ。暗がりから現れたのは、配達員の姿をした人影。いや、人影ではない。制服を着た骸骨が、スキャナーを抱えて歩いてくる。その後ろからも、次々と骸骨の配達員が現れる。
皆、同じようにスキャナーを持っている。画面には、未配達の記録が表示されたまま。
「彼らは、配達を終えられなかった人たち」
木村が静かに説明を続ける。
「毎晩、同じ住所を巡り続けて…」
その時、美咲のスキャナーが大きな警告音を鳴らした。画面には新しいメッセージ。
『警告:配達時間超過』
『システム異常検知』
『強制配達モード起動』
倉庫の棚が軋むような音を立てる。無数のスキャナーの画面が一斉に点滅し始めた。そして、骸骨の配達員たちが、一様に美咲の方を向く。
手遅れだった。
闇の中で、数千のスキャナーが起動音を鳴らし始める。その青白い光が、まるで魂の欠片のように、空間を漂っていた。
青白い光の渦が、倉庫内を埋め尽くしていく。骸骨の配達員たちが、カタカタと音を立てながら美咲に近づいてくる。その手にしたスキャナーの画面には、すべて同じ文字列が表示されている。
『未配達:永遠』
「受け取ってください」
木村の声が、どこからともなく響く。骸骨たちの手から、次々と紙が差し出される。受領書のように見えて、どれも配達の終わらない伝票ばかり。
美咲は後ずさった。背中が棚に当たる。振り返ると、そこにも骸骨の配達員が座っていた。ヘッドライトのような青い光を放つスキャナーを持って。
「これが、私たちの現実です」
木村の姿が、徐々に変化していく。制服が色褪せ、肌が透けていく。
「でも、あなたなら、きっと…」
その言葉が、突然途切れた。
美咲のスキャナーが、けたたましい警告音を鳴らし始める。画面には見覚えのないプログラムが起動している。
『緊急配達プロトコル起動』
『対象:全配達記録』
『配達期限:今、この瞬間』
その表示と同時に、倉庫の空間が歪み始めた。床が波打ち、壁が呼吸するように膨らむ。棚に並んだスキャナーが、まるで生き物のように明滅する。
「これは…」
骸骨たちが動きを止めた。すべてのスキャナーの画面が、一斉に美咲の方を向く。そこには新しいメッセージ。
『配達員:吉川美咲』
『特殊能力:確認』
『任務:全記録の解放』
「待って」
美咲の声が、虚空に吸い込まれる。倉庫の闇が、渦を巻きながら収縮していく。その中心にいるのは、もはや人の形を留めていない木村だった。
「あなたには、見えているはず」
朽ちた制服の下から、白い骨が覗いている。
「この配達の、本当の意味が」
その瞬間、美咲の中で何かが覚醒した。今まで見えていなかったものが、鮮明に見えてくる。
骸骨たちの持つスキャナーの中に、人生の断片が映し出されている。終わらない配達の裏に隠された、それぞれの物語。届かなかった想い。果たせなかった約束。
そして、木村の最後の配達。
美咲は、深く息を吸い込んだ。
「私が、終わらせます」
その言葉と共に、スキャナーが眩い光を放った。画面には新しい指示が表示される。
『配達開始』
『目的地:すべての終着点』
『配達員:最後の配達人』
倉庫の空間が、万華鏡のように回転を始める。無数のスキャナーの光が、星屑のように散りばめられていく。
その光の中で、美咲は確かに見た。
木村の姿が、ゆっくりと溶けていくのを。そして、彼の最後の言葉を。
「これで、私の配達は…」
闇が、すべてを飲み込んだ。
気が付くと、美咲は見知らぬ路地に立っていた。街灯が一つ、ぽつんと光っている。スキャナーの画面には、新しい配達リストが表示されていた。
すべて、配達完了を待つ宛先。
第3章 深夜の住人
配送センターの蛍光灯が、いつもより白く感じた。
美咲は事務所の椅子に深く腰掛けながら、昨夜の出来事を整理しようとしていた。木村の消失。骸骨の配達員たち。そして、自分の中で目覚めた何か。
すべてが夢のようで、でも確かに現実だった。
「吉川さん、今日の配達リストです」
村井主任が、いつものように穏やかな声で書類を差し出す。美咲は一瞬、彼の手が骨になっていないか確認してしまう。もちろん、普通の手だった。
「ありがとうございます」
配達リストに目を通す。どの住所も、一見すると普通に見える。でも今なら分かる。微かに歪んだ文字の中に、届かなかった想いが埋め込まれているのを。
「あの、木村君の件なんですが」
村井の声に、美咲は思わず顔を上げた。
「履歴書の控えを探してるんですが、見つからなくて」
「木村さんの…」
「研修初日に出していただいたはずなんですけどね」
村井は首を傾げている。まるで、木村の存在自体が、記録から消えてしまったかのように。
その時、美咲のスキャナーが小さな音を立てた。画面を覗き込むと、新しいメッセージが表示されている。
『特別配達指示』
『配達先:記録の終着点』
『受取人:深夜の住人』
そして、その下に意味深な一文。
『彼らは、あなたを待っています』
美咲は深く息を吸い込んだ。今の自分には見える。配達リストの向こう側に隠された、もう一つの世界が。
「村井さん、配達に行ってきます」
立ち上がる美咲に、村井が心配そうな目を向ける。
「一人で大丈夫ですか?新しい研修生を…」
「はい、大丈夫です」
そう答えながら、美咲は木村のことを考えていた。彼は本当に「新しい」研修生だったのだろうか。それとも、ずっと以前から、この仕事を続けていたのだろうか。
配送車に乗り込んで、美咲はバックミラーを見た。鏡に映る自分の目が、どこか違って見える。まるで、闇の向こう側を覗き込めるかのように。
エンジンをかけると、スキャナーが再び音を立てた。新しい配達先が追加されている。
『東京都■■区▲▲ 4-██-※※』
『時刻:23:59:59』
『配達物:記憶の欠片』
美咲は、静かに頷いた。
届けなければならない物が、そこにはある。
最初の配達先は、古びたアパートだった。
玄関前の表札には「佐藤」とだけ書かれている。しかし美咲のスキャナーには、別の情報が表示されていた。
『配達先:佐藤美樹(享年24歳)』
『配達物:最後の手紙』
『状態:未配達(1825日経過)』
五年前から届かないままの手紙。美咲は、ポストに手を伸ばした。触れた瞬間、周囲の空気が変わる。
夜の街の音が消え、代わりに若い女性の声が聞こえてきた。
「お母さんへ。私、今日で仕事を辞めることにしました」
声は、まるで古いテープを再生したように途切れ途切れ。
「もう、限界です。でも、心配しないでください。新しい道が…」
その先は聞こえない。美咲は手紙を取り出した。封筒は黄ばんでいるが、中身はまるで昨日書かれたかのように鮮明だ。
宛先は、このアパートとは別の住所。美咲は深く息を吸い込み、手紙を自分のバッグに入れた。後で、本当の宛先に届けなければならない。
次の配達先は、高層マンションの一室。
『配達先:渡辺健一(享年31歳)』
『配達物:婚約指輪』
『状態:未配達(749日経過)』
ドアの前に立つと、男性の声が響いてきた。
「プロポーズの言葉、何度も練習したんだ。でも、その日を迎える前に…」
宙に浮かぶような感覚。目の前の景色が歪み、駅のホームが見える。終電を待つ人々。そして、線路に落ちた小さな箱。
視界が戻る。美咲の手には、古びたリングケースが握られていた。
配達は続く。
深夜の街を走りながら、美咲は次々と「配達物」を集めていく。届かなかった謝罪の言葉。伝えられなかった感謝。永遠に宙吊りになった約束。
そのたびに、過去の記憶の断片が美咲の中に流れ込んでくる。
配送車のシートに積まれた品々は、普通の人の目には見えない。けれど確かにそこにあり、重みを持っている。想いの重み。
午前零時を回ったとき、スキャナーが特別な警告音を鳴らした。
画面には、見覚えのある住所が表示されている。
『東京都■■区▲▲ 4-██-※※』
『時刻:23:59:59』
『担当:永遠の配達人』
そして、その下に新しい文字列。
『警告:システム異常検知』
『対象:全配達記録』
『状態:臨界点到達』
警告音が鳴り続ける中、美咲は配送車を路肩に停めた。
助手席には、今夜集めた「配達物」が積み重なっている。手紙、指輪、写真、そして形のない言葉たち。どれもが青白い光を帯び、まるで息づいているかのよう。
『システム過負荷』
『想定外の配達物蓄積』
『緊急処理開始』
スキャナーの警告表示が、さらに切迫感を増す。画面の端から、黒い染みのようなものが広がり始めた。
その時、後部座席から物音がした。
振り返ると、そこには骸骨の配達員が座っていた。しかし、前に見たものとは違う。制服は新しく、骨の表面も青白く光っている。
「やっぱり、あなたには無理でしたか」
声は、木村のものだった。
「あまりにも多くの想いを、一度に抱え込みすぎた」
骸骨が、ゆっくりとスキャナーを掲げる。その画面には、信じられない数字が表示されている。
『未配達総数:247,981』
「これが、私たちが抱える記録の総数です」
美咲は息を呑む。バッグの中の配達物が、急に重たく感じられた。
「でも、あなたは違う」
木村の声が、不思議な響きを帯びる。
「あなたには、それを"届ける"力がある」
その言葉と同時に、スキャナーの画面が激しく明滅した。車内の空気が歪み、視界が霞む。
気付くと、そこは見知らぬ空間だった。
無限に広がる白い部屋。床も天井も壁も、すべてが真っ白。その中に、無数の小さな光が漂っている。
届かなかった想いの数だけ、光が存在していた。
「ここが、記録の保管庫」
木村の声が、空間全体から響いてくる。
「でも、もう限界です」
美咲は理解した。この空間が、崩壊しようとしている。溢れ出す想いの重みに、耐えられなくなっているのだ。
その時、美咲のスキャナーが大きな音を立てた。画面には新しいメッセージ。
『最終警告』
『システム崩壊まで:360秒』
『全記録消失の危機』
美咲は、自分のバッグに手を伸ばした。今夜集めた想いが、温かく脈打っている。
「私にできること、あるはずです」
その言葉と共に、バッグの中の配達物が光を放ち始めた。
届かなかった手紙が、宛先に向かって飛び立つ。
形にならなかった言葉が、相手の元へと流れていく。
永遠の約束が、新しい時を刻み始める。
空間が、美しい光に包まれていく。
「これが、あなたの…」
木村の最後の言葉が、闇の中に消えていった。
気が付くと、美咲は再び配送車の中にいた。スキャナーの画面には、新しい指示が表示されている。
『特別配達任務』
『目的:全記録の解放』
『担当:最後の配達人』
夜が明けるまで、あと五時間。
届けなければならない想いは、まだ無数に残されている。
第4章 闇を駆ける
夜は、まだ深まっていく。
美咲の配送車は、静まり返った住宅街を走っていた。助手席には届けるべき想いが山積みになっている。それぞれが微かな光を放ち、車内を幻想的に照らしていた。
スキャナーの画面には、残り時間が表示されている。
『システム崩壊まで:4時間17分』
『未配達:247,924』
一つ配達が完了するたびに、数字は確かに減っていく。でも、このペースでは間に合わない。
そのとき、助手席の荷物の中から、一通の手紙が浮かび上がった。黄ばんだ封筒の表面に、住所が浮かび上がる。
『東京都新宿区西早稲田...』
美咲は思わずブレーキを踏んだ。その住所は、かつて自分が働いていた会社の近くだった。
手紙に触れると、見知らぬ女性の声が聞こえてきた。
「私、もう限界です。この仕事、私には...」
その声に、美咲は既視感を覚えた。まるで、自分が会社を辞める直前の気持ちのように。
手紙の日付は、美咲が退職する一週間前。差出人の名前を見て、彼女は息を呑んだ。
佐藤美樹。
先ほどの集配所で見た、未配達記録の主の一人。彼女もまた、人の感情を強く感じ取ってしまう特異体質だったのか。
スキャナーが新しい警告を表示する。
『注意:時空異常発生』
『原因:配達記録の共鳴』
『対処:即時配達必須』
その瞬間、車の周囲の景色が歪み始めた。見慣れた住宅街が溶けていき、代わりに無数の道が浮かび上がる。それは、配達されなかった想いが作り出した道標。
美咲のスキャナーが、けたたましい警告音を鳴らし始めた。画面には新しいメッセージ。
『緊急事態』
『同期配達員検知』
『現在位置:重複』
バックミラーに映る景色が、不自然に揺れている。そこには...。
バックミラーに映っていたのは、もう一台の配送車だった。
車体の色は褪せ、ヘッドライトは青白い光を放っている。運転席には、制服姿の女性が座っていた。佐藤美樹。しかし、その姿は半透明で、まるで古いフィルムに映った映像のよう。
「追いかけないで」
美咲がつぶやいた瞬間、佐藤の配送車が加速する。歪んだ街並みの中を、幽霊のような車が疾走していく。
スキャナーが新たな警告を発する。
『警告:時空干渉』
『配達経路:重複』
『対応:同期追跡』
美咲はハンドルを握り直した。アクセルを踏み込む。配送車が未知の夜の街へと飛び込んでいく。
景色が変わっていた。現代的なビルの間に、取り壊されたはずの古い建物が混在している。空には複数の月が浮かび、それぞれが異なる時間を指している。
後部座席に積まれた「想い」たちが、不安定に明滅し始める。
「この先に、何があるの?」
問いかけるように呟いた時、助手席の手紙が一枚、宙に浮かび上がった。封筒が開き、中の便箋が広がる。
そこには、美咲自身の筆跡で書かれた文字があった。
『親愛なる未来の私へ』
書いた覚えのない手紙。しかし間違いなく、自分の文字。
佐藤の配送車が曲がり角を曲がる。その先には、美咲の元職場のビルが立っていた。しかし建物は歪み、まるで別の時空に繋がっているかのよう。
スキャナーの画面が激しく点滅する。
『配達員同期率:67%』
『想起レベル:臨界』
『警告:記憶の重複』
そのとき、助手席の手紙が眩い光を放った。美咲の視界が、真っ白に染まる。
意識が遠のく中で、彼女は気付いた。
自分は、ずっと自分を追いかけていたのかもしれない。
意識が戻った時、美咲は見慣れた会議室にいた。
かつて働いていた会社の、あの場所。窓の外は夜で、机の上には退職届が置かれている。三ヶ月前の、あの日。
しかし、この光景は記憶とは少し違っていた。会議室のドアの向こうに、無数の青白い光が漂っているのが見える。
「やっぱり、来てしまったのね」
声の主は佐藤美樹だった。しかし、先ほどの半透明の姿ではない。骸骨の配達員でもない。生身の、確かな存在として。
「あなたも、感じていたでしょう?」
佐藤が指差した先には、会議室の隅に人影が数人。営業部の同僚たち。彼らの周りに、モヤのような感情が渦巻いている。
不安、焦り、諦め、怒り、悲しみ。
「私たちには、他人の感情が見えすぎる」
佐藤の言葉に、美咲は息を呑む。
「でも、それは呪いじゃない。私たちにしか見えない"配達物"があるの」
その瞬間、スキャナーが大きな音を立てた。画面には衝撃的な数字が表示される。
『未配達総数:247,981』
『内訳:感情の破片 - 241,967』
『 届かなかった言葉 - 5,893』
『 永遠の約束 - 121』
「これが、私の配達リスト」
佐藤が自分のスキャナーを見せる。画面には同じ数字が表示されている。
「そして、あなたのもの」
美咲は理解した。
佐藤美樹は、過去の自分だった。いや、未来の自分かもしれない。あるいは、別の可能性の自分。
スキャナーが新たな警告を発する。
『システム崩壊まで:1時間』
『記録統合要請』
『最終判断:必要』
窓の外で、世界が歪み始めていた。無数の時間軸が交差し、様々な可能性が混ざり合う。
その時、美咲の手元で一通の手紙が光を放った。
差出人は「吉川美咲」。宛先は「すべての配達人へ」。
封を開くと、中には一行の言葉。
『これが、最後の配達になる』
美咲は深く息を吸い込んだ。彼女にしかできない配達が、ここにある。
「行きましょう」
佐藤、いや、もう一人の自分が手を差し伸べる。
「私たちの配達を、終わらせに」
第5章 夜明けの配達
夜空に、複数の月が浮かんでいた。
それぞれが異なる時間を指し示し、異なる光を放っている。まるで、いくつもの可能性が空に浮かんでいるかのよう。
美咲は、佐藤美樹と共に配送車に乗り込んだ。いや、もう一人の自分と言うべきか。運転席に座る彼女の姿は、時折透明になり、時折骸骨の配達人の姿に変わる。
スキャナーが新たな指示を表示する。
『最終配達指示』
『目的地:すべての終着点』
『配達期限:夜明けまで』
画面の隅では、刻一刻とカウントダウンが進んでいく。
『システム崩壊まで:45分』
「準備はいい?」
佐藤の問いかけに、美咲は黙って頷いた。後部座席には、集めた「想い」が山積みになっている。それぞれが微かな光を放ち、まるで星座のような模様を描いていた。
エンジンをかけると、世界が変容し始めた。
道路が持ち上がり、建物が溶け、街全体が光の渦となって再構築される。そこは、もはや現実の東京ではなかった。
無数の時間が重なり合った街。届かなかった想いが作り出した、迷宮のような空間。
配送車は、重力を無視するように空へと上昇していく。
「見えるでしょう?」
佐藤が指差す先に、美咲は息を呑むような光景を目にした。
街中に無数の光の糸が張り巡らされている。それは、人々の想いが作り出した道筋。その一本一本が、未完の物語を示していた。
空中に浮かぶ配送車の周りで、想いの光の糸が交差していく。
「これが、未配達の記録」
佐藤の言葉に、美咲は頷く。光の糸を辿ると、それぞれの端に人々の姿が見えた。届けたい相手に向かって手を伸ばしているのに、どうしても届かない。その瞬間が、永遠に繰り返されている。
スキャナーが新たな警告を発する。
『注意:記録収容限界』
『想いの密度:臨界点超過』
『推奨:即時解放』
「このままでは、想いが暴走する」
佐藤が説明を続ける。
「一つの場所に、あまりにも多くの未完の物語が集まりすぎた。このままでは…」
その言葉の途中で、空間が大きく歪んだ。遠くで、ビルが溶けるように崩れ始める。その破片が、新しい形を作りながら宙を舞う。
後部座席の「想い」たちが、不安定に明滅し始めた。
「私たちには見えていた」
美咲は、自分の言葉で状況を理解しようとしていた。
「人々の感情が見えすぎて、会社を辞めた。でも、それは逃げ出すためじゃなくて…」
「そう、これが私たちの仕事だから」
佐藤が頷く。彼女の姿が、徐々に光を帯びていく。
「でも、一人では配達できない。だから、私は何度も、何度も…」
その時、すべてのスキャナーが一斉に起動音を鳴らした。画面には衝撃的なメッセージ。
『警告:時空崩壊確認』
『原因:想念の共鳴暴走』
『残存時間:20分』
空が、まるでガラスが割れるように亀裂を始めた。その隙間から、さらに多くの「想い」が漏れ出してくる。
届かなかった謝罪。
言えなかった感謝。
永遠の約束。
最後の手紙。
それらが渦を巻きながら、一つの巨大な塊となっていく。
その中心で、一通の手紙が光を放っていた。
光る手紙は、美咲自身が書いたものだった。
宛先は「すべての配達人へ」。そして差出人は「永遠の配達人」。
封を開くと、中には一行の言葉。
『これが、最後の配達になる』
その瞬間、美咲は理解した。
なぜ佐藤が何度も時を繰り返したのか。なぜ木村が未完の配達にこだわったのか。そして、なぜ自分がこの仕事を選んだのか。
「みんな、届けたかったんですね」
美咲の言葉に、佐藤が微笑む。彼女の姿が、さらに光を増していく。
「でも、一人では重すぎた」
骸骨の配達員たちが、次々と姿を現す。彼らの持つスキャナーが、美しい光の輪を作り出していく。
『最終配達開始』
『配達員統合:完了』
『解放プロトコル:起動』
スキャナーからの警告音が、まるで祝福の鐘のように響く。
美咲は、後部座席の想いに手を伸ばした。途端、無数の記憶が流れ込んでくる。
営業部の先輩が、退職する後輩に伝えられなかった言葉。
終電を逃した夜、待ち合わせに来られなかった恋人への謝罪。
病室で眠る母に、言い損ねた「ありがとう」。
これらは、決して重すぎる想いではなかった。
ただ、一人では届けられなかっただけ。
「みんなで、届けましょう」
美咲の言葉と共に、想いの束が光を放ち始める。
骸骨の配達員たちのスキャナーが一斉に起動音を鳴らし、空間に無数の光の道が作られていく。それは、すべての想いの終着点を示していた。
『配達開始』
一つ、また一つと、想いが宛先へと飛び立っていく。
手紙は受取人の元へ。
言葉は相手の心へ。
約束は新しい時間の中へ。
空の亀裂が、光で満たされていく。
「ありがとう」
佐藤の姿が、光の中に溶けていった。他の配達員たちも、静かに消えていく。彼らの任務は、ついに終わったのだ。
夜明けが近づいていた。
美咲は、最後の一通の手紙を手に取る。それは、自分自身に宛てたもの。
『親愛なる私へ』
開封すると、中には温かな言葉が。
『あなたは、一人じゃない』
東の空が、薄明るくなり始めた。新しい朝が、静かに訪れようとしている。
美咲のスキャナーが、最後のメッセージを表示する。
『配達完了』
『記録更新:永遠の配達人』
『次の配達まで:また会いましょう』
配送車は、ゆっくりと地上に降りていく。
街は、いつもの姿を取り戻していた。ただし、どこか温かみを増したように見える。
美咲は、新しい配達リストを確認する。今夜も、誰かの想いが、彼女を待っているはずだ。
でも今は、彼女は一人じゃない。
[完]
深夜配達、23時の宛先不明 ソコニ @mi33x
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