極小の檻 ― 偽りの自動魔法

風見 悠馬

衰退する伝統

魔法使いたちの間で「MEU」(Magic Energy Unit)という言葉が使われ始めたのは、約30年前のことだった。それまで感覚的にしか捉えられなかった魔力を、波動の周波数と強度として定量的に測定する技術の確立により、魔法は次第に「科学」としての体系を整えていった。


魔力は、空間に存在するエネルギーの一形態として理解される。熟練の魔法使いは、この魔力を精密に制御することで、物理法則に影響を与え、様々な現象を引き起こすことができる。その制御には、詠唱による波動の共鳴、術者の意識による魔力場の形成、そして長年の訓練による感覚の研ぎ澄ましが必要とされてきた。


魔法アカデミーは、この科学的魔法の研究と教育の最高機関として、一世紀以上にわたり魔法使いの育成を担ってきた。しかし今、その歴史ある機関が、時代の波に呑まれようとしていた。


閉鎖式典で、リーナ・グレイストーンは最後列に立っていた。かつての母校の講堂に集まった人々の後ろ姿には、諦めと疲労が滲んでいた。壇上では学院長が震える声で閉校の辞を述べている。その言葉の一つ一つが、幾世紀にも及ぶ伝統の終わりを告げていた。


壁に掛けられた巨大なスクリーンには、式典の合間を縫って最新の全自動魔法杖の宣伝が流れていた。「もう詠唱は必要ありません。複雑な訓練も、長年の経験も必要ありません。誰もが、簡単に、安全に魔法を使えます」


リーナは眉をひそめた。スクリーンに映し出される華やかな映像と、閉校を迎えた講堂の重苦しい空気があまりに対照的だった。宣伝映像では、笑顔の若者たちが次々と魔法杖を手に取り、まるで長年の修練を積んだ魔法使いのように複雑な魔法を操っている。


しかし、その完璧な魔法の軌跡に、リーナは違和感を覚えた。魔力の波動に、通常では避けられない微細な乱れが一切ない。まるで、誰かが極めて緻密に制御しているかのようだった。


壇上には、マジテック社のマーカス・ブライトの姿もあった。彼は来賓として短い挨拶を述べたが、その姿が一瞬、空気の揺らぎのように歪んで見えた気がした。講壇の上には、不自然なほど多くの拡大鏡が設置されていることにも、リーナは気付いていた。


「時代の流れというものです」


背後から聞こえた声に、リーナは振り返った。彼女の恩師であるエレノア・セイジが、杖に寄りかかりながら立っていた。その表情には、単なる諦めとは異なる、何か深い懸念が潜んでいるように見えた。


「でも、先生。あの全自動魔法杖、どこか変じゃありませんか?」リーナは声を潜めて言った。「魔力の制御があまりにも精密すぎる。MEU計測値の変動が、理論的な限界を超えているように見えます」


エレノアは一瞬、鋭い光を瞳に宿らせた。彼女は周囲を警戒するように視線を巡らせ、リーナの耳元で囁いた。「鋭いわね。魔力エネルギー保存則から考えても、あの制御精度は異常よ。でも、その直感は...ここではやめておきましょう」


式典の終わり際、リーナは自分の携帯端末を確認した。また仕事のキャンセルの通知だ。今月に入って3件目。「より効率的な全自動魔法杖での代替を決定いたしました」—— どの通知も、ほぼ同じ文面だった。


帰り際、リーナは講堂の外に設置された製品展示コーナーを通り過ぎた。新型の全自動魔法杖が、柔らかな光を放ちながら展示ケースに並んでいる。その側では、企業の技術者たちが定期メンテナンスの作業を行っていた。


一人の技術者が慎重に杖のパネルを開け、中を点検している。その手際の良さとは裏腹に、その表情には異常なまでの緊張が浮かんでいた。技術者の手元を注視すると、パネルの内側に、まるで微細な生活空間のような構造が見えた気がした。しかし、別の技術者が素早く彼女の視界を遮るように立ち位置を変えた。


その夜、アパートに戻ったリーナは、窓辺に座って夜空を見上げながら考えていた。魔法アカデミーの閉鎖。急増する全自動魔法杖。そして、ここ数ヶ月で噂される若手魔法使いたちの失踪。これらの出来事の間には、何か見えない糸が通っているような気がしてならない。


端末が通知音を鳴らし、新着メッセージを知らせた。差出人は恩師のエレノアだった。


「明日、古い書庫で会いましょう。あなたの直感は正しいわ。でも、これは魔法よりもっと危険な何かに繋がっている。MEU測定器を持参して」


リーナは、胸の中で高まる不安と好奇心を感じながら、返信を送った。「明日の午後2時でお願いします」


送信ボタンを押した直後、窓の外で小さな影が素早く動くのが見えた気がした。リーナが確認しようと窓に近づいた時には、そこには何もなかった。ただ、魔力測定器が微かな反応を示し、通常ではありえない極小スケールでの魔力の変動を記録していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る