灰色大隊は平和を探す!
古魚
第一章 不死身師団
第1話 叙勲式
創成歴940年3月20日 ドライヒ帝国 帝都ハベルシュタ
戦場に居るべき軍人の俺が帝都まで帰って来たのは、フランブルン城で開かれる叙勲式に招待されたからだ。
目的の城にたどり着くと、帝国の国章が描かれた城壁が出迎える。
この国を統べるハインケルン一族が住み、政治中枢機関が内蔵されている。その権威を示す様に、国章の三頭のヒュドラの迫力はすさまじい。
門の前までたどり着くと、憲兵らしき人物二人が小銃を持って立っていた。俺が近づくと、その二人は小銃を立てて「止まれ」と声をかける。
「ここからは、フランブルン城内だ、許可なきものは通すことができない」
俺は、胸ポケットから招待状の紙をその憲兵に渡す。
「自分は、第21師団、師団長代理、オイゲン・フォンシュテイル中尉です」
そう言って敬礼すると、憲兵は招待状を確認し、頷いた後、道を開けてくれた。
「確認しました、中尉殿、どうぞお通りください」
招待状を胸ポケットに仕舞い直し「ありがとう」と言った後、城内へと足を進めた。
門を潜って最初に目についたのは、穏やかに吹き出る噴水を中心とした、大きな庭だった。
城内を歩き、指定された大部屋にたどり着くと、そこには多くの将官クラスの軍人や政治家、帝族と関わりのある家の者たちが談笑していた。知り合いなんて一人もいない、いる訳がない。
「こんにちは、フォンシュテイル様。ようこそいらっしゃいました」
給仕らしき人に一礼され、慌てて自分も頭を下げる。
「現在は皆さま互いに挨拶を交わしておられ、11時までは自由な時間となっておりますが、フォンシュテイル様はいかがいたしましょうか? 必要であれば、お飲み物やお召し物をご用意いたしますが」
8時には城に来いと招待状に書いてあったからその時間通りに来たが、どうやらそれは、貴族たちが挨拶をするために早く設定していたらしく、俺は11時までこの居心地の悪い空間に居なくちゃならないらしい。
「いえ、大丈夫です」
「左様で御座いますか、でしたら資料室か図書室にご案内いたしましょうか? フォンシュテイル様はそのようなものを見るのがお好きと伺っております」
誰がそんなこと言ったんだよ……。
まあでも、そうしてくれるならありがたい、ここにいるよりはずっと気が休まりそうだ。
「なら、お願いしようかな、資料室に案内してもらえますか?」
「かしこまりました、どうぞこちらに」
それからしばらく、給仕に案内された資料室を見て時間を潰した。
ここで一日過ごしたいと思えるほどの物だったが、そうはいかず、再び給仕の導きのまま、あの居心地の悪い会場へと戻っていった。
「帽子は私がお持ちしておきます。お帰りの際にお返しいたしますので、ご安心ください」
俺は言われるがまま帽子を渡し、給仕が開けてくれた扉から会場に入っていった。
腕時計の針が11時を刺した瞬間、会場全体にアナウンスが入った。
「これより、ユーデリカ戦争が順調なことを祝っての祝賀会と、叙勲式を始める」
会場にいる全員の視線が、会場の奥にあるステージへと注がれる。
「皇帝陛下、御入場されます」
ステージの奥にある扉から皇帝陛下と陛下の娘、帝女様が現れる。その周りには、政府直属の秘密警察であり、護衛部隊であり、歩兵でもある黒服が厳重な体制で待機している。
しかしそんな黒服が仕事をする必要がないと思えるほど、皆静かな動作で一斉に跪き、二人に敬意を示す。無論俺もそうする。
「皆の者、面を上げよ」
皇帝がそう一声かけると、一同立ち上がり再び視線をステージへと注ぐ。
「これより叙勲を行います。名を呼ばれた御方はステージへと御登壇ください」
司会がそう言って、名前を呼び始める。
「ティルピッツ・オーレン海軍中将、スツーカ・ゲート空軍大佐」
最初の二人からすごいビックネームだ。この二人は、開戦してすぐに起こった海戦で大戦果を挙げた人物で、オーレン中将は艦隊指揮を、ゲート大佐は爆撃隊を率いた人だ。
二人が登壇すると、司会がざっとこの二人の戦績を読み上げ、武勲章である『テュールの剣』と、階級、謝礼金などが授与され、会場全体から大きな拍手が送られる。
そんな調子で何人か呼ばれた後、遂に俺の番が回ってきた。
「最後に、シフ・フォン・ハインケル帝女様が叙勲に値するとして、御指名なさいました。オイゲン・フォンシュテイル陸軍中尉」
緊張しながら会場を歩き、ステージへと上がって行く。
俺の姿を見てほんの少し会場がざわめく。それもそうか、こんなに若くて階級も低いような奴が、なんでここにいるんだって思うよな……。
「フォンシュテイル中尉は、第7ライン内の中規模攻勢軍団に所属する第21師団にて、開戦初期から従軍されました。また、初陣はポフドージ戦争であり、同じく第21師団内で活躍、指揮官としての才能と技量を認められ、18歳にて中尉に昇進、師団内の第1大隊指揮官を命じられていました」
経歴が司会によって読み上げられていく。
所属していた第21師団は、ユーデリカとの国境線のうち、北部戦線と言われる第1~10ラインのうち、第7ラインと呼ばれるエリアで展開していた。
他にも、西部戦線が第25ラインまで、南部戦線は第33ラインまでのことを指す。
そしてそのラインの中にも、軍団と呼ばれる大きな目標を持った大中小の戦闘集団があり、その中で第21師団は、主に攻勢を目的とした中規模な軍団の中に属していた。
「――そして、つい最近の戦闘、フラントウ攻略の際、フォンシュテイル中尉は死亡した師団長の指揮権を継ぎ、師団の指揮を行いました」
鮮明に思い出せる。俺に戦場での生き方、指揮官としての振舞い、心得、全てを教えてくれた師団長は、仲間の撤退を手伝って、俺の知らないところで勝手に死んでしまった。
フラントウは、ユーデリカでも五本の指に入る難攻不落の要塞で、北部戦線の当分の戦略目標だった場所だ。そんな要塞を一人の命も失わずに攻略しようと師団長は奮起していた。
「その際、重軽症者は出るも、死者を一人も出すことなく、頑強な抵抗をしていたフラントウを陥落させました。先鋒として重装歩兵を進出、そこを撃退するために顔を出した敵兵を狙撃。敵が迎撃の手を緩めると、伏せていた歩兵が素早く突貫、敵が再び機関銃を握る前に敵要塞内に爆薬を放り込ませ、敵の迎撃能力を破壊した後に全軍攻勢をかけると言う、石橋を叩いて渡る作戦を展開しました」
おかげで要塞は損耗し、俺は師団長の作戦指揮を継いで攻撃を仕掛けた。仲間を死なせない戦い方を、教わった通り展開したに過ぎない。本来叙勲されるべきは、師団長なのだ。
部隊メンバーを決して死なせてはいけない、そう毎日のように教えたくせに、その本人は部隊のために死んでしまった。
「残される側の気持ちを知っているお前はいい指揮官になれる」俺が両親を失ったことを言うと、そう言って勇気をくれた人は、両親と同じように、俺を置いて先に逝ってしまった。
「我らが皇帝陛下の大切な臣民である兵士たちを損耗することなく作戦を完遂させたのは、名誉ある事と、陛下もそれをお認めになりました。よって、それを称え、勲章が授与されます」
そう司会が言うと、今まで通り皇帝ではなく、その隣に立っていたシフ帝女が、襟章を持ってこちらに近寄ってきた。
「誠に見事な戦績です。貴方は、この勲章を受け取るに相応しいお方です」
まるでエルフの囁きのような美声でそう告げ、襟に『テュールの剣』を付ける。
「フォンシュテイル中尉は、爵位贈呈や謝礼金はありませんが、二階級特進とし、これより陸軍少佐となります」
再び会場は騒めきこれまでのように、拍手は起きなかった。
しかし、その騒めきを抑える様に、シフ帝女が小さな手でお上品に拍手をする。すると、それに釣られる様に、会場にいた軍人たちが拍手をし、次いでほかの皆も拍手をしてくれた。
だが貴族や政治家たちの目は、決して優しくはなかった。いつかこの人たちをも認めさせるような戦績を上げ、国の勝利に貢献してみせると固く誓い、ステージを降りて行った。
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