善意の第三者への応援コメント
「善意の第三者」。大変感銘を受けた作品です。
ネット作法、重症迷子にて、この場で一言、お礼を申し上げたく。
「スルー」にレビューコメントいただきましたこと、感謝申し上げます。他の作品まで足をお運びいただき、深く読んでいただけましたこと。
書いてよかったと、励まされるばかりです。
中学校生活の一時期に、いろいろな境遇の人物に出会えたことを、書き残しておきたかった。
どこまで彼らの心に、文章を通して近づけるかを、模索したく思いました。
感じ取っていただけたこと、うれしい限りです。
貴重なお時間は、ぜひ執筆にお当ていただきたく。返信のお心遣いは大丈夫です。
これからもどうぞお願いいたします。
善意の第三者への応援コメント
私は割と疑い深い質なので、
相手がどんなに善人だとしても、知識人だとしても、
その発言を鵜呑みにしないようにしています。
まぁ、大変失礼なことなので、
それはそれで、どうなんだという話なのですが(^^;)
村乃様の仰る通り、この世の真実や事実は、
自分に直接関わること以外は、実際のところわからないというのが現実です。
ただ、私はそういう意味では傾奇者なので、
わからないというのも、また乙ではないかと、ぼんやり思っています。
皆あまりにも、白黒はっきりさせたがり過ぎだし、
わかりもしない事実を追及しすぎじゃないかなぁ…とか思いますね。
わからないことは、別に怖いことではないと思うのですが。
作者からの返信
最悪に失礼ながら、今日、2025年11月10日の僕は、蒼碧様からの「わからないことは、別に怖いことではないと思うのですが。」という問いかけに答えることができません。
そこには本編に記していない、僕の半生のもう半分があります。それを記す資格が今日の僕にはありません。故に、理由を明かすことなく口ごもります。
くり返しになりますが、この点は失礼をいたします。
善意の第三者への応援コメント
拝読するに,情報の取捨選択が益々難しい
時代になって来たと熟く思わされます。
よく理解する事なく商品を買ってしまい
「勧められたから買ったんだ!」と怒る客が
いると聞きますが、そのせいで『自己責任の
原則』が出来ました。
米不足に備蓄米を…温暖化を防ぐ為に買物
袋は出さない…ダイレクトによる非対面。
お為ごかしで我々は何をさせられているのか
そして何に加担しているのか…怖いですね。
作者からの返信
人間の本質は変わっておらず、情報が流通する経路と流通する量が増えたため本質が露わになってきたと見ています。
第二次世界大戦前の米国では週刊誌 "LIFE" を読んでいれば社会勉強として事足りました。"LIFE" は信頼持てる取材をしていたことと並んで、他の情報が流通する経路が絶無だったためにカウンターを受けることがありませんでした。
インターネットが広がり始めたとき、一次資料に触れられるなら社会の大半の人が真実を知ると期待されました。現実は逆に進みつつあります。
人間は、どの個人を取っても、世界の生の情報を自ら取捨選択して正しい選択をするほどの能力を持ち合わせてはいないと、僕は見ています。人間の歴史において、ほぼ全ての期間、常識以外の情報が流通しなかったため個人の選択能力が問われませんでした。生の情報が流れると同時に嘘も流せるようになった現在、個人が真実を探し当たられるという常識は悪い意味で神話であったと、僕は見ています。
自らの知性で探し当てるのはリスクが高く、どの経路を頼るかリスクを勘案して賭けるしかない。真か偽ではなく、確率に基づく賭け事として捉える。僕はそのように考えて生活するつもりです。
善意の第三者への応援コメント
動かせない事実があって、それに各人の解釈が加わる結果が、その人にとっての真実になるのだと私は思っています。
それを人に伝える際には、真実として語っているため、当然罪悪感も生じません。
一方受け取る側も、自分の信じたいことだけを選んで、真実として受け取っているのではないかと思います(すべてではありませんが)。
人間の本質はそういうものなのかも知れませんが、最近マスコミを含めて誰かにとっての真実が溢れ返っている気がします。
ですので、あまりニュースを見なくなりましたし、世間の情報に疎くなりつつあります。
それが自分にとって良いことなのかどうかも分かりません。
長文のコメントで失礼しました。
作者からの返信
長文のコメントは失礼ではなく大切な視点を提示いただいたと考えています。
今では40代、50代になった世代だと相対的に世間を見られないようでは芸が無いというプレッシャーがかかりました。しかし最近ではプレッシャーがかからないというか意見を揃える能力を高めるプレッシャーがかかっているような気がします。
どちらに進むべきか、理想がひっくり返った気がします。
するとおじさん世代は相対的と言いつつ相対的に見ることを強制するという自己矛盾に陥ります。意見を揃える主張の方が自己欺瞞が無いのは、僕個人にとっては耳が痛いところです。
ただ、自分の心中は筋が通っても、他人の知性と感情を押し潰されるために存在する発泡スチロールのように扱うのはいかがなものかと疑念を感じたり。
昔から人間社会は椅子取りゲームでしたから圧力はゼロになりません。しかし誰が圧力を吸収するかは議論の余地がある気がします。
善意の第三者への応援コメント
民意に沿った事件もあれば、民意の誘導のためにでっち上げる事件もある昨今。
矢面に立つ者が表だったことの通りなんてことの方が少ないですよね。
これも、世界の方が酷い有様です。
時に真実は残酷な場合や、そして軽薄なこともあります。
現代ですら、人々は「理由」や「合理性」をも説明立てないと納得しな勢もいますよね💧
様々なエンタメにおいてセンセーショナルな出来事しか目利きしない内に、何かの原因や理由を求めてしまいその合理性が妥当だと誤認するケースすらあります‥‥‥
民意、もしくは権力者が納得をする。その為の材料となるのは、大概は著名人が使われます。
そのように事実だけでなく、歴史すら変えるケースすらあり、事実とは何かを煙らせ、疑惑までを成功とします。
当人ですら誤認するようなこの世界の複雑性は、時に事実でなくても納得が一番な時もあります。正誤性、正当化、合理的プロットなど
できることがあるとすれば、それを組み立ててあげることが唯一の救いになるかもしれません
そのような物語を、制作してみてはいかがでしょうか?(●´ω`●)
作者からの返信
「機動戦士ガンダム」でキャラデザを担当した安彦良和さんは客観的には左翼側ですから、白銀比様がどのように見ていらっしゃるのか分かりません。
その安彦良和さんは世界を救うという物語を信じなくなっていて「世界は怪物なんだよ」と発言しました。
世界に比べれば個人はちっちゃい。それを自覚するように言ったのです。
右か左かより、大きさと小ささという点の方が、実は現代で重要かもしれません。
善意の第三者への応援コメント
この作品は読んでなかった。(そもそもこの作品の存在を知らなかったのですが(・・;)と思い。近況ノートのレビューから読みに伺いました。
物事のあらたな側面が見えてくるのは、あとあとになってから。と言うことはよくあることですよね。
この情報には別の側面があったり、そもそも真実ではないかも知れない。
そんな心構えを持って情報に触れなければなりませんね。
作者からの返信
一つの情報と別の情報が繋がると全く違う意味を持ち始めることは、長く生きて悪い経験もたくさんしないと気づきません。
カクヨム利用者の多くは若者と思われます。彼ら彼女らに、こういう話はどのくらい伝わるものか。しかし効率が悪くともいつか参照できるように残します。