9-2

 迎えの車はすぐ来たものの、思わぬ渋滞に巻き込まれ――。

 北千住にある玲美の雑居ビルに帰りついたのは、夕暮れ時に近い時刻だった。


 交通の便が良いことに加えて、部屋の数も十分。

 結界で住所バレ対策も万全なので、昨今はここに寝泊まりさせてもらっている。


「……あっ、おっそい! 余裕持って帰ってきて、って言ったじゃないですかっ!」


 屋上の扉を開けると、忙しそうに立ち働いていた玲美が憤怒の形相を浮かべた。

 今日はこの後に生配信が予定されているので、いつもの青いシャツとカーキ色のトラウザだ。食卓の準備もあるからか、デニム地のエプロンをかけている。


「渋滞だったんだよ。始まるまでは、まだ時間あるだろ?」


「あと十分しかないですよっ! あ~もうっ! 早く髪整えて、準備してくださいっ!」


 言いながら、食材が乗ったお盆をいそいそと奥のテーブルへと運んでいく。

 そこではすでに、ロズとカーチャが食卓を囲んでいた。卓上の鍋では、おでんがいい塩梅に煮えている。


「ふふっ、レミはアキト様の母親のようですね。それにしても、おでんがこんなに美味しいなんて……! わたくし、初めて食べました!」


 はふはふとおでんを頬張るロズのどんぶりには、大根やら練り物やらが山と入っていた。グラスで飲んでいるのは、昨今できたばかりの魔素ヴリル入り白ワインだ。


「おい貴様、しれっとアタシのはんぺんを持っていくんじゃない。どれだけ食べるつもりだ? アタシまだ練り物ひとつしか食べてな……あっ、ふっ!」


 大根の熱さで口の中をやられたらしいカーチャも、おでんを気に入ったらしい。ちなみに手元にある飲み物は、これまた最近できたらしい魔素ヴリル入りのスコッチである。


「あんまり焦らないの~! まだありますから安心してくださ~い! っていうかこの後、本命のすき焼きがあること忘れてませんか~⁉」


 玲美のすき焼き準備を尻目に見ながら、自分用のビールを用意して席に着く。

 すでに酒に料理、配信用の器材までセットアップされているので、出番はない。


 スマホから見てみると、生配信枠にはすでに五十万人もの待機数が表示されていた。


「すっごいな。待機だけでこの人数かよ」


「そりゃあもう。視聴者の人たちが集まりやすいように、土曜のこの時間にしたんですからね。それに陽人さんが配信に出るの、浅草寺の時以来ですし」


 準備を終えた玲美もエプロンを外して、陽人の隣に座る。

 そうこうしているうちに、配信開始の一分前になっていた。


「……そうだ! 大事なもの忘れてたっ!」


 玲美が立ち上がって、部屋の奥から大きな箱を持ってくる。

 やたら格式高そうな装飾がついた、綺麗な紙の箱だ。


「なんだ、それ?」


「へっへ~ん、見てのお楽しみです」


「さ、始まりますよ。準備はいいですか?」


「アタシらは、大して喋ることもないだろう」


「じゃっ、いっきますよ~……。Thank you for Watching! 『Remiちゃんねる☆彡』の、Remiですっ♪」


〈わこおおおおつ〉

〈キタ――(゚∀゚)――!!〉

〈シャドマさん久しぶりいいいいい〉

〈おお、みんないる〉

〈すげえ、オールスターズじゃん〉

〈上木さんとかもいてほしかった〉

〈シャドマアアアアア〉

〈やあ、お祭りですねlol(#イタリア語)〉

〈やっとか、ジョッキが空いちまったよHAHA(#英語)〉

〈イギリスからこんにちわ(#英語)〉

〈北の国から愛を込めて!(#ロシア語)〉

〈相変わらず騒がしいわねえ、このチャンネル(#ドイツ語)〉


 かたわらに浮かぶシャトが映し出すホログラムに、目で追いきれないほどのコメントが流れる。

 ちらと画面端を見てみれば、接続者数もうなぎ上りに増えていた。


「土曜日のお忙しい中、ご覧いただきありがとうございますっ! 今日はシャドウマスターこと宵原陽人さんから、うれしいお知らせ! それと今後の当チャンネルの運営について、みんなでご飯を食べながらお届けしま~す!」


〈うおおおおおああああああ〉

〈そういや宙ぶらりんになってたんだっけ〉

〈故意じゃないにせよ観察対象ではあるからな〉

〈なんてことないんだろうけど気にはなる〉

〈今後ってなんだ今後って〉

〈現役Aランより、長崎支局の食堂はすでに臨戦態勢ですw〉

〈↑同じく水戸Bラン、こっちも全力で酒盛り準備してるわ〉


「ゲストには大英探索者協会デルヴァーズ・ブリテンより、ロズことロザリン・バクスターさん! そして帝露探索者協会デルヴァーズ・ロシアより、カーチャことカテリーナ・スヴェトロワさんをお迎えしていま~す!」


 紹介に合わせて、ロズは笑顔でひらひらと手を振り、カーチャは無造作にハンドサインで挨拶する。


〈ああ姫よ、今日もお美しい!(#英語)〉

〈私のロズ、早く帰ってきておくれっ!(#英語)〉

〈ロズガチ勢は今日も元気だな〉

〈ちなみに本国では近衛隊ロイヤル・ガードと呼ばれていますlol(#英語)〉

〈我らが女王も、少し愛想がよくなったなlol(#ロシア語)〉

〈好きな男の前だからじゃねえの?(#ロシア語)〉

〈↑ロシアニキたち、あとでボコられるぞw〉

〈氷像にされてそう〉


「では乾杯の前に、お知らせからですっ! ……これ、なんだか分かりますかぁ~?」


 玲美はそう言いながら、持ってきた紙箱をカメラに見える位置に出した。


〈お、まさかっ!〉

〈盾じゃあああああ〉

〈やっときたのね〉

〈達成はちょっと前にしてたもんなあ〉

〈むしろ遅いくらい〉


「はい、ありがとうございますっ! この度、『Remiちゃんねる☆彡』のチャンネル登録者数が……1000万人を突破しましたっ! D-LOOKから、記念の盾が届いてます!」


(えっ、マジ?)


 玲美ががさごそと箱を開けると、中から木の土台と金属製の盾から成る立派な記念盾が現れた。

 色からして、盾部分はおそらくプラチナ製。土台のほうも、相当いい素材に見える。


〈おめでとおおおおおお〉

〈すげえええええ〉

〈シャドマ、全然知らなかった風な顔してるw〉

〈出演者も知らないのは草〉


 手元でスマホを確認してみると、たしかに1000万人を突破している。

 コメントを意識してか、玲美の視線が陽人に向いた。


「驚かせちゃってごめんなさい。実は浅草寺のすぐ後に到達してて、盾ももらってたんです。でも宵原さんのことが色々決まってからのほうがいいかな~、って思って」


「……さすがにびっくりした。ま、みんなが見てくれたおかげだ。ありがとう」


〈おめええええええ〉

〈シャドマ最強あああああああ〉

〈これからも通知は切れないな〉

〈シャドマの動き高画質で見るためにサブスク課金したわ〉

〈↑同じく。現役探索者デルヴァーにもたくさんいそう〉

〈参考になるかは別としてなw〉


「では次に、そんな宵原さんからお話があります! どうぞっ!」


「改めて、ご視聴ありがとう。宵原だ」


 話を振られたので、さらりと口を開く。

 以前と比べたら、口が滑らかに動くようになった気がしなくもない。


「まず探索者協会デルヴァーズにおける、俺の扱いについてだ。何のかんのとあったが、ひとまず今の生活を続けられることになった」


〈おめでとおおおおお〉

〈シャドマさんまた見れるうううううう〉

本部コアに行くのかと思ってた〉

〈まあ日本は迷宮ダンジョン多いしね〉

〈浅草寺の声のこともまだ謎だし、妥当っちゃ妥当〉

〈シャドマいりゃ、浅草の魔素ヴリル目当てのヤツらもやんちゃできねえな〉


 処遇の情報を配信で出すことは、雄鷹や上木に伝えてあるので問題ない。

 お祝いのコメントが立て続けに流れる中、言葉を続ける。


「で、リバース迷宮ダンジョンが出てきた時のために、今後も配信者というやつを続けないといけないんだが……。俺は機械の類に弱いんだ。なので引き続き、このチャンネルで世話になることにした」


〈うおおおおおおおおお〉

〈よし、コラボ続行!〉

〈コラボじゃなくて正式に所属するって話じゃ?〉

〈良かった配信止めるんじゃないかと思ってたよ〉


入れ替わりで、玲美が口を開く。


「そんなわけで、宵原さんは当チャンネルに正式所属となりますっ! そしてなんとっ……リバース迷宮ダンジョンで共に戦ったロズさんとカーチャさんも、顧問として所属していただけることになりましたっ!」


 玲美が視線で二人を促すと、最初にロズが会釈して口を開いた。


「本国と行ったり来たりなので、常に協力できるわけではありませんが……。リバース迷宮ダンジョンが発生した際は、率先して駆けつけるつもりです」


「そういうことになった。色々な事情も絡むが、今後ともよろしく頼む」


 カーチャが言葉を継ぐと、早くもホログラムの表示がカクつき始めた。


〈こっちもコラボオオオオオオ〉

〈これもうここだけ見ておけばよくない?〉

リバース迷宮ダンジョンに関してはそうだろうな〉

〈普通の迷宮ダンジョン配信で物足りなくなったあなたに!〉

〈この二人、個人配信やってないからチャンネルの価値ブチ上がったな〉


「あわわ、もうホログラムがバグってる! まだ乾杯してないのにっ! で、では最後のお知らせ……当チャンネルの今後についてですっ!」


〈まだあるの⁉〉

〈これ以上ってなくない?〉

〈もうやめて! 私の情報処理能力はもうゼロよ!〉


「今までは『Remiちゃんねる☆彡』の中で、コラボとして運営してきました。ですが、このチャンネルがここまで盛り上がったのは宵原さんのおかげです。その宵原さんの正式所属を記念して……本日より、チャンネル名を変更しますっ!」


〈おおう、たしかに〉

〈全然意識してなかったけど、そうだったね〉

〈シャドマちゃんねるに脳内変換してたわ〉


「では新しいチャンネル名を、宵原さんに発表頂きます! どうぞっ!」


 玲美の振りに合わせてカメラをひたと見ると、ゆっくり口を開く。


「みんなで色々考えた。別に俺がこのチャンネルの主役ってわけでもないしな。結果、今後もリバース迷宮ダンジョンの調査を続けるってことで……『リバース・デルヴァー』に決めた」


〈いいじゃん!〉

〈かっけええええええええ〉

〈裏側の探索者、か〉

〈姫に付き従う我らもこの名を名乗れますかねlol(#英語)〉

〈↑いいんじゃねえの? 浅草寺で一緒したしなlol(#ロシア語)〉

〈ほんの気持ちだけど【¥5,000】〉

〈新スタートおめでとおおおおおお【¥10,000】〉

〈ご祝儀じゃ!【¥50,000】〉

〈戦士たちに祝福あれ!【¥100,000】(#英語)〉

〈新たな門出に、せめてもの餞別です【¥3,000,000】(#アラビア語)〉

〈↑石油王パねえw〉

〈桁が違う方がおられますね……〉


「たくさんのギフチャ、ありがとうございますっ! それでは皆さまの変わらぬご愛顧と、チャンネルの新たな門出に乾杯したいと思いますっ! 宵原さん、ご発声をお願いしま~すっ!」


「えっ、俺……?」


〈よっしゃきたぞおおおおおお〉

〈早く、早くしてくれ!〉

〈ちょうどおかわりが来たからいつでもいいぜHAHA(#英語)〉

〈行きつけの居酒屋のテレビ、ジャックしたったwwww〉

〈↑同じく。でも関係ない客もみんな見てるわw〉

〈全国で似たようなこと起こってそうで草〉


 もはや処理落ちのおかげで、コメント欄が逆に読みやすくなっている。

 陽人は観念したように、ビールが注がれたグラスを掲げた。


「それじゃあ皆の応援と、チャンネルの新たな門出に……乾杯」


〈かんぱあああああああい〉

〈KP~~~~~~〉

〈乾杯HAHA(#英語)〉

〈乾杯!(#英語)〉

〈かんぱい(#ドイツ語)〉

〈乾杯lol(#ロシア語)〉

〈うおおおおおああああああ〉


 コメント欄を見ながら、玲美とロズ、カーチャとグラスを打ち鳴らす。

 凛とした音が、穏やかな春の夕焼け空に鳴り響いた。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

構成変えた都合でちょっと短くなりましたが、これにて第一部完結です。


……で。

近況ノートで告知しましたが、ご好評頂けているので第二部を書きます!

先々のプロットを作りつつ書くので、隔日で更新していきます。


第二部は『4/19(土) 18:20~』開始です。

また短くなった分の補填として、4/15と4/17に第一部の幕間を投稿します。

コメントで質問が多かった部分や、世界観を補足する内容にしています。

お楽しみに。


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今後とも、よろしくどうぞ!

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