8-4

陽人の身体を、両掌にわだかまっていた黒い影が取り込んだ。

 本堂の提灯が放つ赤い輝きすら塗りつぶさんばかりの、漆黒の影。それは陽人の身体に纏わりつくと、すぐさま形を取っていく。


「陽人、さん……⁉」


 その様子に気づいたのか、遠巻きに玲美の戸惑う声が聞こえる。

 さらにはシャトが映し出すホログラムが、異常なほど加速し始めた。


〈シャドマがなんか始めた〉

〈さらに奥の手があるのか〉

〈これもうわかんねえな〉

〈なんでもいいからさくっとやっちゃえ〉

〈てか見た目が魔物モンスターに似てきてる〉


(無理もないな。十五年間、誰にも見せたことねえ姿だ)


 頭には、太極図の前立と龍の角を模した脇立わきたてのついた勇壮な兜。ついで顔全体を覆う面頬が現れた。

 肩を包み込む影は大袖のような肩当になり、二の腕から先を覆う影は黒い衣と籠手へと変わる。


 胸から腹を覆う影は、異様な質感と重厚さを見て取れる胴鎧へと変化。

 脚に纏うは幾度となく使ってきた、棘がついた脚甲だ。


 その時。

 石畳から金剛杵を引き抜いた、“優吾”が動いた。


「……守りを固めたところでっ!」


 雷と白風の弧が、禍々しい姿になった陽人を襲う。

 並の魔素持ちホルダーならあっさり消し飛ぶのだろう。だが雷と風を同時に受けても、陽人が纏う影は一切揺らめかない。


 無言で目を剥く“優吾”。陽人は突き立ててあった長巻を、ゆらりと引き抜いた。


「待たせたな。……<影瞬脚甲ドライヴ>、<影・其疾如風アズ・ザ・ウィンド>」


 ぽつりと言って、瞬時に“優吾”の目前に迫る。

 振るわれた金剛杵を、陽人は左手で受け止める。


「<魔影手甲ヴァンブレイス>、<影・侵掠如火アズ・ザ・ファイア>」


 告げるとともに、左手に炎が灯る。先ほどを超える膂力を以て、金剛杵の柄を握り砕いた。

 露骨に顔を引きつらせる“優吾”の胴を、諸手に持った長巻で一閃。


「っ、ごおあああっ……!」


 先ほどよりも深々と斬り裂かれたからか、“優吾”の苦悶がより深い。

 しかし倒れないばかりか、至近距離で雷を伴った白い竜巻を放ってくる。


「<影・不動如山アズ・ザ・マウンテン>」


 山を模した気が陽人を包む。雷も竜巻も意に介さず、そのまま押し進んで突き破った。

 さすがに分が悪いと踏んだのか、“優吾”は間合いを外してふたたび上空へと逃れる。


(いい的だ)


 陽人は薄笑いを浮かべると、“優吾”に向けて両の掌をかざした。


「<影廻銃ガトリング>、<影銃撃ショット>」


 無数に表れた影のつぶてが、灰色の空を斬り裂いた。

 飛び回って逃れる“優吾”の胸を、陽人が指先から放った影の貫光が直撃する。


 たまらず落ちてきたところに加速で滑り込み、長巻で斬撃。

 “優吾”はこれを金剛杵で受け弾くと、一足飛びに距離を取った。が、すぐに片膝をつく。


「ご、っ……ほっ……! な、なんだ……その姿……その強さ……はっ……!」


「教えてやる義理もねえけど……。ま、お前も教えてくれたしな」


 面頬の中で、ニヤリと笑う。


「俺の能力ちから、【魔魂力脈ソウル・ヴェイン】って言ってな。つっても俺が勝手につけたんだが……。リバース迷宮ダンジョンにいる魔物モンスターの力を吸収できるんだわ」


〈え、じゃあ今まで使ってた技って全部、影ついた奴らから?〉

〈言われてみれば回を増すごとに使う技も増えてるような〉

〈やっぱそうなんだ、思いっきり信玄公の技とか使ってるし〉

〈みんなよく見てるな……。俺、全然分からんかった〉


「この<夜纏業鎧ナイトフォール>は、俺にとっちゃ勝負服みてえなもんだ。今まで手に入れてきた魔物やつらの力、全部を鎧にして纏う。力も上がるし、半端な攻撃なんぞ効かねえ」


 言いながら、ゆっくりと“優吾”に向けて歩き出す。


〈あ~、だから魔物モンスターに似てるんだ〉

〈てか勝負服ってw〉

〈言ってることは間違ってないけどな笑〉

〈相変わらずセンスが厨二だ〉

〈ま、多少はね?〉

〈強いしなんだっていいだろ〉


「まあそんなわけで、だ……。降参するなら今しとけ。お前には聞きたいことがたくさんあるからな」


 陽人が一歩近づく度に、“優吾”は表情を歪ませていく。

 しかしなにを思ったか、いきなりふわりと宙を舞う。


「お前に……お前ごときにっ!」


 視線が向く先は、赤い陽炎の壁の先にいる玲美たちだった。

 未だ続く魔物モンスターたちとの戦いに気を取られるその背に、雷と竜巻が放たれる。


(そうすると思ったよ)


「<影・其徐如林アズ・ザ・ウッズ>、<影・動如雷霆アズ・ザ・サンダー>」


 玲美たちに向けて左手をかざすと、三人の姿が緑色の気に包まれた。

 降り注ぐ稲光と竜巻が、静かな木々を思わせる光に弾き散らされる。次の瞬間、玲美たちは陽人のすぐ隣にいた。


「すっごい、傷がどんどん回復してく……!」


「これは、長篠で戦った“信玄”の……?」


迷宮核ダンジョン・コアを吸収した時に、そいつが使っていた技を吸収できるというわけか」


〈ってことは十五年の集大成?〉

〈日本中巡ったって言ってたよなあ〉

〈他にどんだけ技持っとるんや……〉

〈しかもさっきから並行して使ってない?〉


 口々に言う玲美たちとホログラムを映し出すシャトに、ふっと笑いかける。


「そういうこった。普段はひとつずつしか技を使えねえけど、並列して使えるようにもなる。……<影・難知如陰アズ・ザ・シャドウ>」


 言葉とともに、玲美たちの姿が影に包まれ掻き消えた。

 目標を見失った周囲の魔物モンスターたちが、陽人を目がけて殺到する。


「ええい……っ! 行けっ、磨り潰せっ!」


 激昂した“優吾”が、性懲りもなく雷と竜巻を辺りにばらまいた。

 だが“信玄”から得た力がもたらす緑色の気には回復するとともに、魔法を弾く効果がある。視認不可の加護を得ている玲美たちに当たろうが、どうということはない。


「……<影銃撃ショット>」


 “忠長”から得た影の貫光が、魔物モンスターたちの一角を薙ぎ払った。


「<影廻銃ガトリング>」


 間髪入れずに、武家屋敷の“髭軍人”の得物を模した力を放つ。

 前方の魔物モンスターたちが一瞬で蜂の巣のようになって、魔素ヴリルの欠片と化していく。

 一瞬で蹴散らされた魔物モンスターたちを目にして、“優吾”の表情が引きつった。


「<影瞬脚甲ドライヴ>」


 声には応じず、影の脚甲の力で一気に“優吾”へ肉薄する。

 振るわれる金剛杵を右手の長巻で受け止めると、空いた左手を“優吾”の腹へと当てる。


「試したことねえけど、できるかな……【魔魂力脈ソウル・ヴェイン】!」


 陽人の左手に、影が蠢いた。

 途端、“優吾”の身体から煤のような気が、幾筋も吸い出される。


「なんでだ……同じ力を、手に入れたのに……なんで、お前だけ……!」


「お、<夜纏業鎧ナイトフォール>ならいけるな。さあ……浅草寺ここの力を返せっ!」


 煤の気が、いくつもの形を取る。

 最初は雷神の“雷鼓”と、“風神”の風袋。

 “優吾”の身体から、纏っていた雷と風の気が消える。


「お前を、殺さなきゃ……遥が、遥が報われねえんだよ……っ!」


「……だったら、なんでもっと早く俺を告発しなかった。テロリストなんてやらなくたって、あの頃から手段はいくらでもあった」


 ついで“阿形”と“吽形”を象った煤が、陽人の中へと吸い込まれた。

 “優吾”の手に残っていた金剛杵が、塵と消える。


「誰かを頼れたはずだ。大人を、学校を、社会を……中坊なりに、出来たことがあったはずだ。それをお前は全部、やらなかった」


 神々しい菩薩を象った煤が、陽人の中へと吸い込まれる。

 “優吾”の背にあった後光を象った後輪が、消えていく。


「悲劇の主人公を気取って自分に酔い、同じ境遇の人間を煽って……。全部を遥さんのせいにして、好き勝手に暴れた」


 優吾は怒りの形相を浮かべながら、空中で陽人を突き飛ばす。

 空を飛ぶ力は失われていないようだが、先ほどの力強さはすでにない。

 リバース迷宮ダンジョンが消滅しないところを見ると、迷宮主ダンジョン・マスターとしての権限は優吾が持ち続けているのだろう。


「全部消してなかったことにすればいいと思ったなら、てめえはただのガキだ。恨むなら俺だけを見ろ。もっと必死に、真っすぐに、俺だけを恨めっ……!」


 魔素ヴリルの足場を維持しながら、長巻を構える。

 かつて家族と最愛の女性を手にかけた、“仇”から得た力――。


「……<黒影虚刃ブレイド>ッ!」


 影をも貫く、一度しか振るえぬ刃。だが威力は、手持ちの技の中でも最強を誇る。

 長篠の動画を見ていたのか、優吾の顔に焦燥が浮かんだ。


「クッ、クソがっ……!」


 毒づきながらかざした掌の先が歪んだ。向こうに見えるのは、見知った浅草の風景だ。


「この世界は……空っぽなんかじゃねえっ! お前なんかにゃ、消させねえよっ!」


 中空で身をかがめた。

 優吾は今まさに、歪みの向こうへと逃れようとしている。


「<影・其疾如風アズ・ザ・ウィンド>、<影瞬脚甲ドライヴ>!」


 唱えて、大きく空を蹴る。

 次の瞬間には、優吾の背に黒き影の刃を突き立てていた。


「……っがあああああああっ! お前っ、お前ぇ……っ……!」


 優吾の苦悶の声が響く。

 そのまま諸手で、影の刃が消えた長巻をこじり上げる。脳裏にイメージした太極図が、紫の刃を白に染めていく。


陽纏ようてん――――夜薙やなぎっ!」


 跳ね上げた刃が、優吾の身体を斬り裂いた。

 解き放たれた光が、昇る朝日のように灰色のそらを衝き――爆ぜ割れた。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

お気に召しましたらフォロー、☆評価、応援いただけると励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る