8-2

 一方その頃。

 雷門の攻防は、激しさを増していた。


 日本の探索者デルヴァーたちは雷門側から魔物モンスターが出てこないことを利用して、門を背にして陣形を組み戦っていた。

 何とか均衡を保っていた時、一度は消えた雷門の提灯が光りはじめたのだ。


(いきなり、魔物モンスターが強くなった……⁉)


 錫杖で近づいてくる火のトカゲを打ち倒しながら、上木は内心で毒づいた。耐久力が、先ほどより明らかに高い。


 現在進行形で得ている多量の魔素ヴリルと、前衛を交代しながら戦っていることが奏功したか、今のところ死者は出ていない。しかし息つく暇もない大群との戦いに疲弊しているのは、上木の目から見ても明らかだった。


土生金どしょうきん地裂刃ちれつじん!」


 上木の声とともに、石畳を割って鉄刃が噴き上げた。

 身を刻まれた樹の魔物モンスターが数体、魔素ヴリルの結晶に変わる。しかし倒したそばから、次々と新手が湧いてくる。


「くそったれ、何匹いるんだよおおっ!」


「影付きがどうとか、言ってる場合じゃないね……!」


「宵原のヤツ、こんなのずっとひとりで倒して回ってたのか⁉」


 前線を支えている探索者デルヴァーたちの声が響く。

 軽口が出るだけまだマシだが、このままいけば確実に倒れる者が出てくるだろう。


 その時。

 大柄なカラスの魔物モンスターが飛んできた。その視線が向く先から、狙われていることを感じ取る。


「……火行かぎょう! 火牙裂ひがさき!」


 即座に放った火の気が、複数の炎刃と化してカラスを撃ち落とした。

 しかしその陰からもう二羽、翼を畳んで滑空してくる。


「くっ……!」


 残りの呪符強化を使うか、逡巡した時。


「……駆動限界解除オーバードライブ!」


 かたわらで戦っていた瀬尾が、声とともに空を舞った。

 右手の打刀で先頭の一羽を弾いた後、二羽目のくちばしを左手で掴み取る。


「瀬尾、無茶するな! 金行ごんぎょう鋼穿こうせん!」


 空中で体勢を立て直していた一羽目を、錫杖の先から放った鋼の杭で貫く。

 しかしその間に、瀬尾の手を振りほどいた二羽目は、鋭いかぎづめで瀬尾の左手を斬り裂いていた。


「っ、ぐうっ!」


「やって……くれたなっ!」


 残り少ない呪符を取り出し、カラスに向けて放る。

 すぐさま光ののっぺらぼうと化した形代たちが、黒い姿を取り巻いた。


火行かぎょう浄炎じょうえんっ!」


 五芒の位置から放たれた炎が、凶鳥の身体を焼き尽くす。

 後続がいないことを確認すると、上木は瀬尾の元に駆け寄った。


 瀬尾はうずくまってこそいるが、右手は打刀を握りしめたままだ。

 黒い手袋をした左腕は半ばから吹き飛び、血の代わりに火花のような透明な光が漏れ出ていた。


「今のは私が対処できた! 脚まで使う必要はなかったはずだ!」


「あなたを死なせるわけに、いきませんから」


 笑う瀬尾の左脚は形を保ってこそいるが、腕と同じく透明な光が見えている。

 かつて迷宮ダンジョンで負った、傷の代償。魔素合金ヴリニウムで作られた義肢は、既存のものよりも人体への適合率がはるかに高い。その被験者の第一号が、他でもない瀬尾なのだ。


 魔素ヴリルの力を開放することで、一時的に高い身体能力を得られる。

 だが反動も大きく、内包した魔素ヴリルを使い切った義肢は性能が大きく下がるのだった。


「もう後ろに退いていろっ! その脚ではどのみち……」


「……まだ、れます」


 言いながら、ゆっくりと立ち上がる。

 脚からさらに光が漏れ出るが、気にしている風もない。


「あなたに拾ってもらった命ですから……せめて、あなたのために」


 その表情に――。かつて、瀬尾を救った時の記憶が蘇る。

 とある迷宮ダンジョン鍵の魔物ギミック・モンスターによって、瀬尾は左側の手足を失った。

 動けずに追い詰められていたところを、すんでのところで助けたのだ。


「拾った命を……!」


 左手を胸に当て、スーツに仕込んだ呪符を起動させた。

 透明な光が、上木の全身を覆っていく。


「粗末に、するな……っ!」


 投擲用の呪符のすべてを天に撒いた。

 人の姿になることなく、迫り来る魔物モンスターの群れの中に突き立つと、光の独鈷の形を取る。

 石畳の上に描き出された巨大な円の中を、五色の光が廻り巡る。


五行相廻ごぎょうそうかい――――闢陣びゃくじんっ!!!!」


 爆ぜた光が、雷門にひしめく魔性たちを呑み込んだ。


 ◆  ◆  ◆  ◆


 浅草寺の本堂に、赤の気が燃え立つように揺らめく。

 ともすれば幻想的な光景の中を、優吾とミツハが疾駆する。


「喰らえっ!」


 優吾の声とともに、その身体を取り巻く影の刃が、陽人に向けて射出された。

 同時。ミツハが毒で作った無数のナイフも、玲美を目がけて飛んでいく。


(彼女のスタイル、優吾あいつを真似たんだろうな)


 ひらりと身を躱すと、影の刃が石畳に突き立った。かと思うと、その場に優吾の姿が現れる。


(ほう、面白い技だ)


〈なにあれ、あいつも影の技使うの⁉〉

〈武家屋敷でも使ってたやんけ〉

〈てかワープした?〉

〈引きで撮ってなかったら分からんな〉

〈シャドマあああ、とっととブッ倒せええええ〉

〈こいつ倒せば各地の魔物モンスター止まるのかな〉

〈↑分からんけど本堂の提灯ついてから各地が押され始めた〉


 一瞬見えたのっぴきならないコメントに、顔をしかめていると。

 至近距離から、優吾が影の剣を繰り出してくる。

 だが陽人は躱す素振りも見せず、左手をかざした。


「<黒影鞭ウィップ>!」


 掌から生まれた鞭が、影の剣に巻きつく。

 刹那。影の剣があっさり消えた。優吾は周りにある刃を適当に引っ掴むと、雑な斬撃を仕掛けてくる。


「そらよっ!」


 長巻で打ち払うと、一合で刃が消えた。頃を見計らって撃ち出される別の刃から、すんでのところで逃れる。

 先ほどの斬撃を見る限り、剣技だけなら悠々勝てるだろう。しかし得物の射出に交換、さらには命中地点へのワープと搦め手が多い。


(んでもって、こいつらの狙いは……!)


 優吾に注意を向けつつも、その向こう側にいる玲美とミツハを見た。

 玲美は毒のナイフを盾の鱗甲のバリアでなんとか凌ぎつつ、大鎌を剣で受け止めている。

 だがそれだけだ。まったく攻め手を打てていない。


 加えてミツハの毒生成は、おそらく優吾の影と同じ能力ちから

 つまり相応の魔素内包値スコアであると考えて間違いない。


身体能力フィジカルの差を生かして玲美を狙う……まあ妥当だよ!)


「<影噴出ガッシュ>ッ!」


 左手を繰ると、優吾の影が湧き立つ。

 しかし噴きあがる寸前、優吾は握り拳で床を殴るような仕草をした。

 途端、影と影が衝突。打ち消し合った影が、塵になって消えていく。


(分かってたさ、そう来るのはな)


 視界の片隅で、玲美が押され始めた。

 毒のナイフをバリアで弾き、攻めを打つべく鱗甲を飛ばす。

 そこで、ミツハが加速をかけた。すれ違うようにして鱗甲をすり抜けると、大鎌を二振りの小さな鎌に分割する。


 交互に振るわれた二振りの鎌の片割れを、玲美は盾で防ぐ。

 だがもう片方の刃の軌道が変化し、玲美の剣の防御を潜り抜けた。

 剣の扱いなら、ミツハのほうが優吾より断然上手に見える。


(だがお前らは……前の動画の俺らしか知らねえ)


 斬撃を躱して、あさっての方に飛んだ。

 優吾が次の攻め手を繰り出す前に、玲美に向けて左手をかざす。


「<影・動如雷霆アズ・ザ・サンダー>ッ!!」


 玲美に毒の刃が突き立つ瞬間。

 稲光が見えたかと思うと、玲美の姿が消える。


「なに……っ⁉」


 優吾が驚きの声を上げた。

 ミツハも声こそ出さないが、目を見開いている。


 一拍おいて、玲美の姿が現れた。――ミツハの、背後に。


「黒鱗盾、鱗甲展開っ!」


「ミツハ、後ろだ……くっ!」


 間合いを外して援護に入ろうとする優吾に、長巻を振り下ろす。


「よそ見してる暇、ねえだろう?」


 すんでのところで、影の剣によって防がれる。

 だが、これでいい。


 ミツハが振り向いた時には、鱗甲が彼女の周囲を取り巻いていた。


「鱗甲増幅、アレスト・カースッ!」


 輝きを増した光の鎖が、ミツハの身体を縛める。

 わずかな間を置いて、鎖が引きちぎられる。だがその時、玲美はミツハの目前に迫っていた。


『っ……!!』


 わずかな電子音声とともに、至近距離で毒のナイフを飛ばす。

 だが玲美はそのすべてを戻した鱗甲のバリアで弾くと、盾でミツハをしたたかに殴りつけた。


「ごめん、ねっ!」


 硬いものがぶつかる鈍い音が、続けざまに響く。

 ミツハの身体が、ぐらりと傾いだ。ぴたりとフィットした戦闘服を着こんだ身体を、鱗甲から放たれた光がふたたび縛める。


 優吾の影の剣を、大きく斬り弾いた。

 その隙を突いて、視界の片隅に見えるミツハに左手をかざす。


「<影縛呪バインド>」


 わき出した細長い黒縄が、ミツハの身体を何重にも絡みつく。

 玲美も頃は良しと見たか、鱗甲をバリアに切り替えてミツハを覆った。


「ミツハッ!」


 駆け寄ろうとする優吾。

 その背を目がけて、火を灯した長巻を振りかぶる。


「お前の相手は俺だろうっ! 火纏かてん飛焔ひえんっ!!」


 五つの炎刃に気づいた優吾は、口惜しげに影の剣を投げ捨てた。

 そのまま、剣が突き立った位置にワープする。


 その隙に陽人は、玲美とミツハの横まで飛んでいた。

 見計らったように、シャトがふわりと跳んでくる。


〈うおおおおおおシャドマ最強おあああああ〉

〈新技やああああああああああああ〉

〈この土壇場で新技とかメンタル純魔素物質ヴリル・マターかよ〉

〈雷のように、かな?〉

〈信玄さんの技じゃねえのあれ〉

〈シャドマ、いい感じの時に出したな〉

〈これ狙ってずっと使ってなかったでしょw〉


 ちらっと見えたコメントに苦笑しつつ、憎悪に満ちた優吾を見る。


「形勢、逆転だな」


「ぐっ……!」


 その時。

 宝蔵門のほうから、走り寄ってくる人影ふたつ。

 見ればロズとカーチャだ。二人とも防具はボロボロだが、ケガをしている様子はない。


「加勢します……と、言いたいところですが。勝敗は決したようですね」


 ロズはそう言うと、突き立てた斧槍ハルバードに光の旗を生んだ。


「レミを抜いても三対一か。いいことじゃないか。数の暴力も嫌いじゃない」


 その脇では、カーチャが意地悪げに笑いながら氷弾を込めている。


〈おいおいおいおい死んだわあいつ〉

〈世界で一番おっかねえ女性陣〉

〈女死会へご招待〉

〈てか意外と弱いねリーダー〉

〈弱い者いじめばっかりしてたからじゃね?〉

〈シャドマとRemiの作戦勝ちやろ〉


「投降しろ。悪いようにはしない、なんて言えねえがな」


 優吾はかけた言葉に応じることなく、しばし肩を震わせていた。

 が、やおらゆらりと顔を上げる。


「……るものか」


「なに?」


 その言葉で、異変に気づく。

 周囲の赤い気が這い寄るように、優吾の影に集まりつつあった。


「終われる、ものかああああっ!!」


 激昂した優吾の声とともに、本堂の提灯がいっそう輝いた。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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