5-3

 昏き空の下、無数の銃弾が陽人たちへと迫った。

 放たれたのは人が創りし銃弾。そして、魔性が放つ黒き銃弾。


〈は? なんで魔物モンスターと仲良しこよし?〉

〈人と魔物モンスターの貴重な共闘シーン〉

〈あのテロリストのボス、実は魔物モンスター?〉

〈まあシャドマだし定期〉

〈ぶっちゃけ問題ないな〉


 刹那の間にコメントを確認し、陽人は口の端を歪める。

 銃弾を避けるどころか、一歩も動かずに左手をかざした。


「……<影揺壁ウォール>」


 現れた影の壁が、すべての銃弾を弾き散らす。

 崖上のテロリストたちに動揺の気配が走る。


「なんだよそれはっ! 魔素合金ヴリニウムの弾だぞっ⁉」


「ええい、構わず撃てっ! とにかく進ませるなっ!」


 激しさを増す斉射の中、陽人の背後から玲美が飛び出る。


黒鱗盾こくりんじゅん、鱗甲展開っ!」


 菱形の盾の四隅にある鱗甲が飛び、玲美を囲むように三角錐を形成。

 黒足軽たちが彼女に照準を向けるが、展開した光のバリアが黒い銃弾を遮る。


「クソッ!  女を狙えっ!」


 屋根上のテロリストたちが叫ぶ中、玲美は水色の剣を構えた。


「飛び道具なら、こっちにだってあるんだから……!  黒竜剣、水弧すいこっ!」


 振るった刃から蒼い三日月の波動が飛び、数体の黒足軽を薙ぎ倒す。

 その間にも玲美へ向けて斉射が行われるが、バリアは揺らぎもしない。


〈剣にも特殊効果あるのか!〉

〈盾にあって剣にないわけないんだよなあ〉

〈固有技とか銘入り武器ネームド・ウェポンみたいだな〉

〈黒竜のヒゲ、使ったんだっけ?〉

〈山どころか島が買えるお値段しそう〉


(派手にやるのは簡単だが……こいつらは生かしておきたい)


 雄鷹や上木からは、『もしEFの構成員と出くわしたら、可能な限り生け捕りにしてほしい』と依頼を受けている。EFは謎が多く、実態解明のために捕虜が必要なのだ。


 玲美が側面を突いたことで、正面の陽人を狙う敵が減る。

 頃合いを見て、一気に動いた。銃撃を掻い潜りながら、黒足軽たちを斬り伏せる。


「ま、まずいっ! あいつを止め……」


「<影縛呪バインド>」


 屋根の上のテロリストたちを、影の縄で片っ端から拘束していく。


(まさか影縛呪これを人間に使う日が来るとはな)


 すべてのテロリストを拘束し終えた時、玲美も黒足軽たちを蹴散らしていた。


〈あっさり制圧されてやんのw〉

〈ねえねえテロリストさん達、今どんな気持ち?〉

〈相変わらず強すぎで草も生えない〉

神格概念アポテオシス素面しらふでぶっ倒す人だもんなあ〉

〈むしろなんであの程度でどうにかなると思ったんだろう〉

〈Remiちゃんも強くなったな~〉

魔素内包値スコアいくつくらいなんだろうね〉

〈こないだの長篠で30000突破したらしい?〉


「人と魔物モンスターが連携するなんて……!」


 普段なら配信のコメントにも気を遣う玲美だが、今日は表情に余裕がない。


「こりゃボスのお兄ちゃんと色々お話しないといけねえな」


 シャトの画角を逸らすように手で合図すると、屋根へと飛び上がる。

 その時、灰色の空を裂いて紫色の何かが飛んできた。


「……っ!」


 最小限の動きで躱す。足元にいたテロリストの男に、紫色の何かが突き立った。

 紫色の小さなナイフだった。だが、すぐにどろりと溶け落ち、男の中へと入り込んでいく。


「あっ……ぎゃあっ……み、ミツハさんっ……なんで……っ!」


 男は一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた後、動かなくなった。

 周りを見ると、拘束していた他のテロリストたちも同じく事切れている。


「毒、か……⁉」


 ナイフが飛んできた方向を見ると、はす向かいの陣屋の藁葺わらぶき屋根の上に少女が立っていた。

 年頃は玲美と同じくらいだろう。肩にかかる黒髪に、タイトな黒い戦闘服。無機質な表情で、陽人を見据えている。


『呆れた。時間稼ぎもできないなんて』


 ミツハと呼ばれた少女から、電子音声が響く。

 どうやら彼女が話しているらしいが、口が動いている気配はまるでない。

 陽人は鼻を鳴らし、ミツハに向けて口を開く。


「あんた、ミツハさんっていうのか? ちょっと、お宅のボスと話がしたいんだが……」


 その瞬間、ミツハの表情が変わった。

 憎悪、殺意、虚無――。思いつく限りの負の感情が入り混じった視線が、陽人に突き刺さる。


『……さない』


 微かな電子音。


「なに……?」


『許……さないっ!』


 ミツハが動いた。一足飛びに陽人の目の前まで迫る。

 手にはいつの間にか、紫色のナイフが握られている。


(ほう、速い……!)


 突き込まれる刃を体捌きだけで避け、手首を掴もうとする。

 刹那。ミツハの周囲に紫色の水泡が生まれ、瞬く間にナイフの形を取り陽人へと飛ぶ。


「おおぅ……!」


 飛び退いたと同時に、今まで陽人が立っていた空間を幾筋もの紫色の軌跡が薙ぐ。

 ミツハの周囲には、すでに次のナイフたちが生まれていた。さらに右手には、長い柄を持った大鎌を生む。


『ここで、る』


「女の子を殴りたくはねえんだ。お宅のボスと会わせてくれないか」


 ミツハが応じずに動こうとした時、その周囲を四つの鱗甲が囲んだ。


「鱗甲展開……! アレスト・カース!」


 黒い鱗甲が輝き、光の鎖がミツハの身体を縛る。

 下を見ると、玲美が盾をミツハに向けていた。その光景を、シャトの目が捉える。


〈なにあれ、女の子?〉

〈あんなのまでいるのかよヤベエなEF〉

〈てかなんでシャドマ以外がいるんだ?〉

リバース迷宮ダンジョン、作れるからだろ〉

〈遠目でも結構かわいいぺろぺろ〉

〈表情暗いけど顔立ちはめっちゃいいね〉

〈ほんと緊張感ねえなお前らw〉


「……玲美、油断すんなよ。そのくらいなら脱して来るぞ」


「えっ……⁉」


 言うが早いか、ミツハがあっさりと光の鎖を引きちぎった。

 手で掴むでも、毒のナイフで斬るでもない。ただ力任せに弾き飛ばしただけだ。


『邪魔するなら、死んで』


 毒のナイフが玲美へと降り注ぐ。ミツハ本人は大鎌を振りかぶり、陽人を目がけて突進してくる。

 眼下には、数体の魔物モンスターが湧いているのも見て取れた。


「玲美、自分を守ることに専念しろっ! シャト、この子は映すなっ!」


 振り回される大鎌を躱し、地上へ飛び降りた。追ってくるミツハの追撃をふたたび躱し、懐に入り込む。


(当て身くらいは仕方ないか……!)


 そう思った瞬間。ミツハの左手が、陽人の胴に触れた。


『死んで』


 ミツハの掌から、どろりとした紫色の液体が生まれる。

 戦闘服の触れられた箇所が、腐り落ちるようにぼろりと崩れる。先ほどのテロリストの時と同じく、露出した皮膚に浸透する――だが、それだけだった。


「……なかなかキツイ毒だな。小さい頃、ウルシにかぶれたのを思い出したぜ」


 ミツハの表情が驚愕に変わる。

 隙をついて手首を掴もうとすると、ミツハは素早く身を引いた。

 そこを見計らって、毒のナイフと魔物モンスターをいなした玲美が横合いから突っ込んでくる。盾を前に突きだして、体当たりの構えだ。


「女の私が殴るなら、いいですよねっ!」


 回避した直後の不意を突けたか、ミツハが吹き飛ぶ。

 さらに追いすがる玲美。対するミツハは、手にした大鎌を振りかぶった。


『邪魔』


 紫の大鎌が振り下ろされる。しかしその刃を、四つの鱗甲が放つ光の壁が受け止めた。


「……ナメるっ、なあっ!」


 右側面をついた玲美の盾が、ふたたびミツハの身体を打つ。さすがにたまらなかったか、手が大鎌から離れた。

 玲美が剣の柄尻で、空いたミツハの腹を打った。小さな黒い姿が、ぐらりと傾ぐ。


「とどめっ!」


 玲美が裂帛の気合とともに、盾の縁をミツハへと打ちつけようとした――瞬間。

 あさっての方向から影が生まれた。蠢く大波の形を取って、玲美へと迫る。

 途轍もない、嫌な予感。


「……玲美っ!」


 叫んだ時には玲美の身体を左腕だけで抱え込んで、横っ飛びに跳んでいた。

 数瞬前まで玲美がいた位置を、影の大波が通り過ぎていく。


「なにあれ、陽人さんと……同じ?」


 遮る影がなくなった時、そこにはミツハを支える男の姿があった。

 歳は三十前後、無造作な黒髪と鋭い目。黒いタイトなシャツとレザーパンツの上から、黒いコート。

 先ほど映像の中で見た男――天久あまひさ優吾ゆうごだ。


〈おっおっ、いつの間にかボス出てきちゃったじゃん〉

〈肝心なところの映像見えなくてちょっとストレス〉

黒鷺ブラックヘロンさんだっけ〉

〈EFのリーダーキタ――(゚∀゚)――!!〉


「……姿の見えぬ取り巻き立ちに囲まれて、いい気なものだ」


 男はそう言ってコメントが流れるホログラムを一瞥した。

 演説の時と同じく、よく通る声。


「恨むなら、俺だけを恨め……と、言っていたな」


 ゆらりと構えた右手に、影が迸る。


「ああ、恨んでいるともさ」


 優吾はそう言うと、陽人を鋭く睨みつけた。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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