第五章 最強おじさんと国際テロ組織

5-1

 その夜。ヘリで戻った東京支局では、盛大な宴が催された。

 雄鷹曰く、結構な人数になるので配信の都合も鑑みて、ということらしい。


「それでは、長篠リバース迷宮ダンジョン、攻略を祝して……乾杯!」


『乾杯!』


 雄鷹の声に皆が唱和した後、思い思いにグラスを傾ける。

 入っているのは、例によって魔素ヴリル入りのビールだ。


「……ほう。噂には聞いてたが美味いな。ウォッカはないのか?」


「残念ながら今はビールだけじゃよ。蒸留酒は色々試しておるようだから、近いうちに出るじゃろう」


 雄鷹と話すのは、中ジョッキをひと息で飲み干したカーチャだ。

 立て続けにジョッキを傾ける姿を、ネコ型ドローンのシャトが捉える。


〈やっと酒が飲めてよかったな、我らが女王(#ロシア語)〉

魔素ヴリルもいいけど、本人的にはこれが一番の報酬じゃないか?(#ロシア語)〉

〈強いのはいいが酒が飲めないのが不満だ、って言ってたものね(#ロシア語)〉

〈いい感じにジャンキーで草〉

〈ロシアニキたち、推しへの態度が揺るがねえな〉

〈これからは飲み配信が捗りそう〉


 シャトのお尻から出るホログラムには、コメントが凄まじい勢いで流れている。

 その時。シャトの胴をわしっと掴む者があった。

 酒で顔を赤らめたロズだ。


「それにしてもレミちゃんのこのネコ、かわいいですね。頑張って撮ってくれてありがとう」


 そう言って、ピンク色のネコの額に軽くキスをして見せた。

 途端、ホログラムの表示がカクつき始める。


〈あああああああ私のロズがああああ(#英語)〉

〈ひゃめてください尊死してしまいます〉

〈ドアップキスは反則なのおおおおお〉

〈やっべファンじゃなかったのに今のでファンになりそう〉

永久とわの忠誠を誓います、我が姫(#英語)〉

〈火力高すぎるw〉

〈ロズ担には最高のご褒美だな〉


 激しく流れるコメントの量を見た玲美が、慌てて調整に走った。

 だがロズはシャトが気に入ったらしく、なおも撫でたりしている。


「ロズさん、ドローンが気に入ったなら配信やってみましょうよ~! で、うちとコラボしてくださいっ!」


「面白そうですね。でもせっかくやるなら……」


 ロズの視線が、片隅で飲んでいた陽人へと向く。


「わたくし、アキト様とやってみたいですわ」


「えっ、俺……?」


〈おおおおシャドマへの公開ラブコール!〉

〈しれっと名前で呼んでるwww〉

〈恋も戦も正攻法ってか〉

〈姫の選択ならば、臣下から申し上げることはありません(#英語)〉

〈あああああ、ロズ……私の元を、去らないでおくれ(#英語)〉


 妙に艶っぽいその視線を、玲美が笑顔で遮った。


「ダメですよロズさん~? 宵原さんに声かけるならぁ、まずマネージャーの私を通してもらわないと~」


「あら、チャンネルとのコラボなら問題ないでしょう? レミさんは裏方に徹していただいていいんですよ?」


 交差する二人の笑顔。その間の空気がぴしりと鳴った、気がする。

 さらにそこへ。


「楽しそうな話してるねえ……。アキトがなんだって? 三人で勝負して、勝ったら持ち帰っていいのかい?」


 中ジョッキを片手にしたカーチャが、玲美の頭をわしわしと撫でながら割り込んだ。


「どこをどう聞いたらそうなるんですかっ! っていうかお二人とも、なんでしれっと名前で呼んでるんですっ⁉」


くつわを並べた戦友を、いつまでも他人行儀に呼ぶほうが失礼だと思いますけど?」


〈Remiちゃん横取りされそうで涙目〉

〈これは正妻戦争勃発か?〉

〈↑すでに不可避なんだよなあ〉

〈どう見ても始まってるわw〉

リバース迷宮ダンジョンよりこっちのほうが面白そうなの笑える〉

〈争え……もっと争え……〉


 にらみ合う三人を映すシャトの画角から、そっと離れる。

 その時。


「……モテモテじゃないか」


 馴染みの声とともに、肩をぽんと叩かれた。

 見れば、これまた中ジョッキを片手にした環である。

 乾杯の時にはいなかったので、今しがた来たのだろう。


「苦手なんだ、こういうの」


「あはは、知ってるよ。でもあんた……長篠の時、いい顔してたよ」


「そうか……?」


「ああ、前よりずっとね」


 返す言葉に困って、敢えてジョッキを呷る。

 環も黙って笑うのみで、何も言わない。

 少しの、沈黙の後。


「……あ、そうそう。孤児院の子たちも配信見たってよ。みんな、あんたに会いたがってるって」


 合わせるようにビールをひと口飲んだ環が、わざとらしく言った。


「しばらく顔出してないだろ? 会いに行ってやってよ。どうせ次が出てくるまで暇なんだから」


「そう、だな」


 何気なしに、言葉を返した瞬間。

 三人の女子が、一斉に陽人のほうを見た。


「……って、ちょっと宵原さんっ⁉ 何こっそり飲んでるんです⁉」


「おう主賓、飲み足りないぞ。相手しろ」


「次のコラボの相談、致しません? ここでやれば公開宣言ですし」


「ですからそういうのは私を通して……!」


 女三人寄ればかしましい、とはこのことだ。

 陽人は観念のため息を吐いて、シャトの画角へと戻っていった。


 *  *  *  *


 一週間後――。

 都下、八王子。その郊外に建てられた孤児院の庭で、陽人は空を仰いでいた。


 昼下がりの空は、抜けるように青い。春めいてきた陽気の中、子供たちの元気な声が響いている。


「……あ~、疲れた」


 ここは環がオーナーをしている孤児院で、前からちょくちょく手伝いに来ている場所だった。子供たちにもみくちゃにされ、ようやく解放されての今である。


 一緒に来た玲美は元気なもので、未だに子供たちと庭で遊んでいた。孤児院へのカンパをつのるために生配信をしているらしく、シャトが周りを飛び回っている。


〈Remiちゃんの私服、ええなあ。ニットはあかんて〉

〈それにしても何がとは言わんが、デカいな……〉

〈俺のスカウターだとE、いやFはある〉

〈↑キッショ、なんで分かるんだよ〉

〈防具つけてるの勿体ないな、ガンガン揺らしてこ〉

〈胸が揺れる軽装にすると、思わぬダメージを受けてしまいます〉

〈↑だから防具で胸を隠す必要が、あったんですね〉


 スマホから確認したコメントに、ため息を吐いていると。


「……宵原さん、お疲れ様です。お茶でもどうです?」


 声のほうを見れば、エプロンをした五十がらみの女性が立っていた。手には麦茶と茶菓子が乗ったお盆を持っている。

 孤児院の院長である樋口ひぐちだ。


「ああ、すみません。頂きます」


「玲美さんの分も持ってきたのだけれど……本当に元気ねえ」


「ここの子たち、始まりの黒禍ビギニング・ネロで家や身寄りを亡くした子が多いって教えたら、えらい張り切ってますよ」


「玲美さんもお祖父じい様とお祖母ばあ様を亡くされたうえ、前のお住まいに住めなくなったんですってね」


 樋口はしみじみと言いながら、陽人の隣に腰かける。


「宵原さんも、ご家族と婚約者の方……でしたね」


「ええ、まあ」


 短く応じて、麦茶のコップを傾ける。

 あまり触れられたくない話題だ。


「……これは、わたしの独り言ですけど」


 樋口が陽人のほうに向きなおったのが、気配で分かった。


「今まで同じ始まりの黒禍ビギニング・ネロの被災者だから、手伝いに来てくれているだけなのかと思っていたけれど……宵原さんなんですよね。ここの建設や運営の費用を、賄ってくれているの」


 本人が独り言と言っているのだから、応じることもない。

 玲美の配信を気にする風を装って、スマホに目を落とす。


〈あっ、あのガキRemiちゃんのOP触りやがったああ(#コメント一部省略)〉

〈今のは明らかにわざとだなw〉

リバース迷宮ダンジョンへ行こうぜ……久しぶりにキレちまったよ……〉

〈もう56すしかなくなっちゃったよ……〉

〈ステイッ! ステイッ!〉


 順調に伸びる同接数と混沌とするコメント欄を見て、ため息を吐く。

 だが樋口は、ためらわずに言葉を続ける。


「おかしいと思ってたんです。たしかに鐵村てつむらさんはお金持ちだけど……こんな豪華な孤児院をいくつも建てられるお金なんて、ポンと出てくるものじゃないって」


 実際ここの建屋は孤児院というより、お高めなアパートといった体だ。内装や設備も、下手なビジネスホテルより整っている。

 環と協力して、こうした孤児院を全国に七ヶ所作った。今後も増えていく予定だ。


「しかもわたしみたいに、始まりの黒禍ビギニング・ネロで身寄りを失った者を職員として雇って下さって……もう十分、良くしていただきました。最近は、ここを卒業した子たちからも寄付があるんですよ」


〈ちょこのガキマジ調子乗んなよその位置代われよ〉

〈ああああ俺もRemiちゃんの胸に顔埋めてええ(#コメント一部省略)〉

〈ちょっと俺、あの孤児院にボランティア行ってくる!〉

〈ゴーゴー!〉

〈↑ボランティアはいいんだ笑〉

〈行っても揉めるわけねえだろうがwww〉


 混沌の一途をたどるコメントに嫌気がさして、スマホの画面を暗転させた。

 樋口のほうに視線を移すと、穏やかな笑みで陽人を見ている。


「ですから、どうか宵原さんも幸せになってください。わたしも子供たちも、それを望んでいますから」


 無言を貫いていると、樋口はすっと立ち上った。


「お夕飯、食べていかれますよね。上の子供たちが、カレーを作るって」


「……そりゃ楽しみだ。ご馳走になります」


 樋口は微笑むと、孤児院の中へと戻っていく。

 入れ替わるように、玲美が歩いてくる。配信枠の時間が切れたのだろう。


「いやあ~、ここの子たち元気ですね~。同接もいっぱい来ててよかったっ。単独でのプラべ配信とか初だったから、どうなるかと思ってたんです。子供好きな方、多いんですね」


「要因は他にある気もするが……まあ、よかったな」


 玲美は座って、樋口が持ってきた麦茶を飲む。

 ワンウォッシュのジーンズに黒ニットの簡素な出で立ちだが、相変わらずいいプロポーションだ。視聴者たちが色めき立つのも分からないではない。


「それにしても納得ですよ。あれだけ魔素ヴリル出てるのになんで貧乏暮らしなんだろ、って思ってましたから」


「聞いてたのか」


魔素内包値スコアが上がれば、耳も良くなります」


 玲美は麦茶を飲み干すと、真剣な面持ちで陽人を見た。


「なんでそこまでするんですか? さっきの樋口さんじゃないけど、陽人さんだけがそこまでする必要ないですよ」


 最近、下の名前で呼んでくる。長篠の攻略以来、頻繁に連絡を取り合っている二人の女子に対抗しているつもりらしい。

 陽人は未だ庭で遊ぶ子供たちを見た。皆、身寄りを失ったとは思えない明るさだ。


「……罪滅ぼし、かな」


「陽人さんだって同じ立場じゃないですか。そんなの、おかしい……」


 なおも玲美が言い募ろうとした時。

 陽人が手にしていたスマホが震えた。


 着信を告げる画面を見ると、『上木さん』と表示されている。

 リバース迷宮ダンジョンが出現する兆候があったら、秘書の瀬尾が連絡してくるはずだった。


 訝しく思いながらも、通話のボタンをタップする。


「お疲れさん。上木さんからとは珍しいな」


『お疲れ様です。お休みのところすみませんが、すぐに東京支局に来ていただきたく。まだ舞木さんと八王子ですよね?』


「配信見てたのか。そうだよ、駅から結構離れてる」


『住所を送ってもらえれば、支所から車を回します。なるべく急いでください』


「……のかい?」


『そうなんですが、それだけじゃないんですよ。詳しい話は支局のほうで……』


「分かった、後でな」


 通話を終えると、玲美が不安げに見つめてくる。


らしい。しかもどうやら、厄介事つきだ」


裏・迷宮より厄介なこと……って、どこいくんです?」


「樋口さんのとこ。カレー、食えなくなったからな」


 陽人はそれだけ言うと、険しい表情で孤児院の中へと入っていった。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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