1-3
畳の間を駆け抜けた陽人とレミは、広々とした中庭へと飛び出した。
どうやら武家屋敷の一角らしい。まだ
「クッソ広いな……」
「北の丸って、徳川家ゆかりの大名たちが住んでいた場所ですからね。
「なるほどね。前のスタート地点はどこだったっけ? そこがゴールになるな」
「田安門です。門のところに、思いっきり
「ってことは、まずは屋敷を出ねえとな。このまま雑魚倒して進むのも面倒だし、ちょっとショートカットするか」
「へっ? ショートカットって、何を……」
レミが言い終えるよりも早く、陽人は軽々と跳躍し、屋根の上へと飛び乗った。
案の定、建屋や蔵が密集しているおかげで、飛び回ればすぐに外に出られそうだ。
「ほれ、早く来い。屋根を伝っていくぞ」
「んもうっ、メチャクチャするなあ……!」
ぶつくさ言いながらも、レミも跳躍して屋根へと上る。
レミの動きに合わせるように、ピンク色のネコ型ドローンがふわりと浮かび、光のディスプレイを投影した。画面には、文字が滝のごとく流れている。
〈屋根上るとか斬新だな、戦わない気か〉
〈
〈そりゃ
〈で、解析結果はまだ?〉
〈ガチだっつってんだろ情弱〉
(明らかに別々の人間が喋ってる風だが……面白い事するねえ)
などと考えながら、先行するレミの背を追って屋根の上を駆ける。
レミもここまでに
と、その時。
「げ、っ……!」
レミが小さく呻きながら足を止めた。
陽人が視線を向けると、すぐ向こうに外壁らしきものが見えている。
ここを飛び降りれば、屋敷の外に出られるはずだ。
「どうした……? ああ、こりゃたくさんいるな」
下を覗き込めば、黒い足軽やら武士やらゴブリンやらがひしめいていた。
最初から門に張り込んでいたのか、それとも屋根を駆ける者の気配を追ってきたのか。
いずれにせよ、このまま飛び降りれば乱戦は避けられない。
「ど、どうしましょ、これ……。引き返します?」
「引き返したところで、どうせコイツらと
陽人は長巻を鞘に納めると、レミに近づいた。
かと思うと――。
「ちょいと失礼」
空いた両手で、レミの身体を抱え上げる。
いわゆる”お姫様抱っこ”の形だ。
「ひゃっ⁉ ちょ、ちょっとっ! 何してるんですかっ⁉」
「意外と重いな。ま、鍛えてるんだろうし無理もねえけど」
軽く呟きながら、屋根の縁まで歩いていく。
数体の
陽人は気にすることなく、僅かに空いた地面を目がけて跳躍した。
「さらっと女の子が気にすること言わないで……って、ひゃあああああっ⁉」
レミの悲鳴が耳をつんざく。
地面が迫る中、陽人はにやりと笑った。
「<
言葉と同時に、黒足軽たちの影が噴き上がる。
自らの影に弾き飛ばされた
そして着地と同時に――。
「<
陽人が踏みしめた地面から、影の大波が立ち上った。
黒の揺らめきが円形に広がり、門前の魔物たちを片っ端から薙ぎ倒していく。
やがて広場が、ヴリルの結晶で埋め尽くされた。
辺りに動く者は、ない。
「……ほい、お疲れさん」
それを見た陽人は、レミをあっさりと下ろした。
レミはしばし呆けた顔をしていたが、次の瞬間、顔を真っ赤にして陽人を睨みつける。
「ちょっとっ! いきなり抱き上げるとか、どういうつもりですかっ⁉」
「俺が言うのもなんだが……ツッコむところ、そこかよ?」
げんなりして言い返すと、ネコロボが素早く二人の間に飛んできた。
見ると、画面に流れる文字の速度が先ほどの倍以上に速くなっている。
〈ちょおおお俺のReMiを抱きやがったああぁ(#コメント一部省略)〉
〈俺もレミちゃん抱きてえええぁあぁ(#コメント一部省略)〉
〈発狂してるヤツ多すぎて草〉
〈問題そこじゃねえっての。なんだよあのおっさん、ぶっ飛びすぎだろwww〉
〈Aランが手こずる相手を束で吹っ飛ばすとか、冗談にも程があるな〉
〈さっきからずっと笑ってるわ、新手のドッキリならセンスあるよ〉
(ごちゃごちゃとうるせえ猫だなあ。声が出ないだけマシか……)
ネコロボを眺めていると、レミはなぜか胸元を押さえるような仕草をした。
「だっ、抱くなら抱くって言ってくださいっ! こっちにだって心の準備があるんですからっ!」
「そういう誤解を招くこと、男の前で言わねえほうがいいぞ。さあて、外はどうなってっかね」
陽人はふたたび長巻を抜き、肩に担ぎながら屋敷の門を出た――。
「おおう、こいつはなかなか……」
陽人は笑いながら、足を止めた。
周囲は黒く塗りつぶされた大名屋敷に囲まれた狭い街路。そこを、黒い
「ちょっ、はあっ……⁉ いや、さすがに……無理くないですっ⁉」
怯えた声を上げるレミを尻目に、陽人は長巻を構えて一歩前へ出た。
「おい、ここから田安門まではどう行くんだ?」
「えっ……この道をまっすぐ行って左に曲がると、大通りに出るから……そこを右にまっすぐ……」
「OK、俺から離れるなよ。通り道にある
「は、へっ⁉ いやいや、マジでやる気なんですかっ⁉」
陽人はレミの声に応じることなく、身を低くして駆け出す体勢を取る。
「<
言葉とともに、黒い影が両腕を覆った。
肩を包み込む影は、大袖のような肩当へと変化し、二の腕から先を覆う影は、黒い衣と手甲へと変わる。
口元が吊り上がるのを感じる。身体の奥底から熱が湧き上がり、全身を駆け巡る。
「行くぞおっ!」
陽人は湧き上がる高揚を叫びに変え、地を蹴った。
長巻の連撃で手当たり次第に魔物を斬り裂き、間に合わなければ影の鞭を放つ。
曲がり角には、影の波を放ってまとめてなぎ払った。
「レミッ! ついてきてるなっ!!」
「はっ、はいっ!」
聞こえてきた声は、先ほどよりも幾分か元気そうだった。
大通りに出ると、魔物の数はさらに増していた。
前方に立ちはだかる魔物たちに加え、背後からも押し寄せてくる。
陽人は鞭をしならせ、影の波を放ち、潜り抜けてくる相手を長巻で仕留める。
吹き飛ぶ
やがて、辺りに動く者がいなくなった時――。
「……見え、た」
背後から、レミの疲れた声が聞こえた。
行く手には、城郭の門を思わせる影が、黒々とそびえている。
先ほど北の丸公園で潜った門と同じ形だ。
「すごい、やったあ……あと、少しですよ。宵原さん……」
そう言いながら、レミがとぼとぼと陽人の前に出てくる。
剣は半ばから折れ、盾はひしゃげていた。
――その時。
門の下に影が湧いた。同時に、乾いた音とともに黒い何かがレミへと飛来する。
「<
陽人が叫ぶと、レミの前に黒い影の壁が現れた。
何かが弾ける音。影の壁がわずかに揺れる。
「……ほう。面白い技を使う」
声は、門のほうから聞こえた。
視線を向けると、影が湧いた位置にいつの間にか黒足軽が二列に並んで整列していた。
その中央にはやはり黒い影を纏う、着流し姿の若い侍がひとり。右手の大刀の峰で肩を叩きながら、左手には火縄銃らしき銃を持っている。
「お武家さんが不意打ちとは、感心しねえな」
陽人はにやりと笑い、玲美の前に歩み出る。
だが、着流し男は気にした風もなく、うすら笑いを浮かべた。
「フン、ほざくな。この北の丸で狼藉を働く痴れ者に、礼儀もクソもあるものか」
「なるほどね。んじゃ、その痴れ者があんたらを一方的に蹴散らしても問題ないわけだ」
陽人の言葉に、着流し男の表情が怒気を孕む。
「言うではないか……! やってみせよっ!」
着流し男が鉄砲を片手で構えると、黒足軽たちも一斉にそれに倣う。
対する陽人は長巻を構え、その場で身をかがめた。
「<
陽人の足を包んだ影が、一瞬で棘を帯びた具足へと変化する。
黒足軽たちが発砲する前に、陽人の姿はすでに彼らの横にあった。
「なに……っ⁉」
着流し男の表情が、驚愕に変わる。
銃口を向けられる前に、陽人は左手をかざす。
「<
指向性を持たせた黒い波が、まるで蛇のように進みゆく。
「イギャ……ァッ!」
飲み込まれた黒足軽たちが奇怪な叫びとともに、
しかし着流し男は波を避けたばかりか、大きく上空へと跳んでいる。
「やるではないか、下郎ッ! 我、
吼えながら、左手に持った銃を陽人へと向ける。
「”
火縄銃の形をしているにも関わらず、黒い銃弾が立て続けに吐き出される。
陽人は突進する動きで銃弾を回避し、”忠長”の真下に回り込むと、上空へ向けて左手をかざした。
「<
伸び来る鞭を、”忠長”は右の刀で打ち払う。
さらに落ちながら銃を撃ちつつ、右手の剣を振り上げた。
「”
降りそそぐ銃弾を影の鞭で払い、奇声とともに振り下ろされる刀を長巻の刃で受け止める。
長巻の柄を両手で持ち、膂力に物言わせて押し返す。
ふわりと着地するところを狙い、長巻の刃を返してひと息に突きこんだ。
紫の切先が、狙い違わず”忠長”の腹を貫く。
「ごっ、ふっ……下ぇ郎おぉぉうぅあああっ!」
火縄銃を手放した”忠長”が、空いた左手で長巻の刃を掴む。
右手では、ふたたび刀を振りかぶっている。
陽人は無言で長巻から手を離し、左手で”忠長”の口許を掴んだ。
「
刹那。黒い影が、”忠長”の頭を貫いた。
陽人は右手で腰の脇差を逆手に引き抜き、”忠長”の首筋に突き立てる。
「が、おっ……あ、っ」
「……恨むなら、俺だけを恨め」
なおも声を発しようとしていた”忠長”が、動かなくなる。
黒い着流し姿が、塵と消えた。
*――*――*――*――*――*
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
お気に召しましたらフォロー、☆評価、応援いただけると励みになります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます