一歩

小狸

短編

 一旦目標まで到達したものを継続するには、それなりのエネルギーが必要である。


 例えば、「夢」が分かりやすいだろう。


 夢を叶えて、叶えてしまったがために、その先に続くことができなかった者というのを、私は大勢見てきている。


 そして、私はまさに、そこに直面していた。


「えー、どうしよ」


 パソコンの前で、頭を抱えていた。


 これは至極どうでも良いことなので読み飛ばしてもらって構わないことなのだが、私は小説投稿サイトで、名前を変えて時々小説をアップしている。掌編しょうへん小説、と呼べる部類の作品である。いや、「作品」なんて言うのも烏滸おこがましいくらいの出来である。大学の友達にも、こんなものをこんな風に書いていることは、誰にも話していない。


 その内容は、まあ、何というか、陰鬱な私小説である。できるだけ何となく、私の昔の思い出から日常をしぼり出して小説にしているのだが、なかなかどうして、まともな記憶がなくて困ったものである。


 そして――これもまた、世の中から見たら超どうでも良いことなのだが、先日、サイトに投稿している掌編小説の数が、300作を迎えた。


 そのサイトに登録したのがちょうど3年くらい前だから、単純計算にして1年で100作書いたことになる。


 いや、だからと言って「自分すごいでしょ、褒めて!」と、承認欲求を満たしたいわけでは毛頭ない。むしろそこまで書いているのにどこからも声が掛からない自分の駄文さを恥ずるべきだろう。それに、小説は、文字数を稼げばよいというわけではない。その内容が伴っていなければ駄目、駄作なのである。


 300。


 3年。


 その3という数は、私の目標であった。まさか300まで行くとは思わなかったけれど、3年、こうして継続して小説を書くことを目標に、日々隙間時間を見つけてちまちまと更新してきていた。

 

 ありがたいことに、新作を投稿するたびに反応を下さったり、感想を下さったりする方もいらっしゃるので、とても励みになっている。


 さて。


 問題は、ここからである。


 作品が300、登録して3年、私にとって節目を迎えた。


 もし、ここからまた1作でも更新してしまえば。


 また新たに、そこから3年が始まることになる。

 

 また新たに、そこから300作が始まることになる。


 それは、と思ってしまったのだ。


 300作も掌編を書けば、内容が重複することだってあり得る。以前からフォローして下さっている方は、きっと私の小説の傾向を分析しようとすればできてしまうのだろう。


 まあ何が言いたいのかというと、300作という節目を迎えたことで、私は心のどこかで、満足してしまった感が否めないのである。


 もう、いいかな。


 十分頑張ったよね。


 もうこれ以上、頑張らなくてもいっかな。


 それに、出版社の公募新人賞に応募しながら、並行して掌編を書いているのである。

 

 そもそも使えそうなアイディアがあれば、そちらの方に使うべきではないか。


 掌編小説を書くのだって無限にできるわけではない。永遠に引き出しがあるわけではないし、いつか書けなくなる日だって、必ず来るだろう。


 だったら。


 もう、辞めちゃってもいいのかな。


 私自身、このサイトで書いている自分の小説が、滅茶苦茶バズって書籍化される、ということが絶対にありえないことなど理解している。ここにはここの流行はやりがあり、私はそこから目を逸らしているのだ。自分がズレていることくらい自覚している。


 一時は、サイトのアカウントと、紐づけられたXのアカウントごと削除してしまおうか、とまで思いつめた。


 しかし。


 小説投稿サイトの、作品欄に書かれた、300、という文字を見て。


 それは止めた。


 重い数字である。


 だがその数字の分だけ、私は頑張って書いてきた、ということでもある。


 誰に言われるでもない――誰かに指示されるでもない、ずっと書き続けてきたということでもある。


 だったら。


 それを自分で否定してしまうのは、違う。


 自分だけは。


 自分の作品の、味方であるべきだ。


 たとえそれがどんな黒歴史であろうとも。


 そう思って、その思いを綴っていたら、何だか小説ではなく、エッセイのような、決意表明のような文章群ができあがってしまった。


 まあ、これも私である。


 私がこれからどうなるかは、誰にも分からない。


 次の目標である400作にも届かないうちに筆を折るかもしれないし、ネタが尽きて、やっぱりアカウント削除するかもしれない、まあ、その時はその時だ。


 その時の自分を信じて、行動しよう。


 背中を押してくれる人は、ここにはいない。


 これは私が、自分で進めなければならない――物語なのだ。




 上書き保存して、サイト用に体裁を整えた。


 深呼吸をして、そして、「公開」をクリックした。


 私のこれからは、こうして始まった。


 一歩。




(「一歩」――了)

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一歩 小狸 @segen_gen

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