第10話
翌朝、教室の机に頬杖をつきながら今ごろ剣崎先輩はどんな心境だろうと考えていた時、そこに登校してきたアリスさんが近づいてきた。
「コハク、おはよう! 今日もいい天気ね!」
「おはよ、アリスさん。結局私達は剣崎先輩を登校させる事は出来たんだろうけど、これで本当によかったのかな……」
「その事ならだいじょーぶ! 私に任せておきなさい!」
「まあ、アリスさんがお父さん達に何か電話したわけだし、それの結果待ちなのは間違いないけどね。はあ……でも、剣崎先輩が心配だなあ」
剣崎先輩も登校はしてきたと思うけど、その心中は穏やかではないはずだ。
「むー……」
小さく唸る声が聞こえてそちらに顔を向けると、アリスさんが口を真一文字に結んでこちらを見ていた。
「アリスさん?」
「剣崎先輩の事だけじゃなく、私の事も見てちょうだい! なんかこう……コハクが私を見ていない時ってもやもやーとしてむうぅとなってなんだか嫌な感じなの!」
「もやもやでむうぅ? なんだかよくわからないけど……剣崎先輩の事ばかりじゃなく、アリスさんのことも考えろってこと?」
「ええ! そのためにもまずは……」
アリスさんは手を構えながらにじり寄る。何をされるのかと思っていたけれど、アリスさんはニコッと可愛らしく笑った。
「えいっ!」
そして勢いよく抱きついてきた。
「え、ええ!?」
「うふふ、ビックリした?」
「び、ビックリした……というか、なんで抱きついてきたの?」
「だって、そうしたかったんだもの。なんでかわからないけど、こうやってコハクをギューっとしてたり一緒にお話をしたりしていると、とても落ち着くしなんだかホワホワするの。だからこうしてるの大好き!」
「そ、そう……」
アリスさんの言葉を聞きながら私はドキドキしていた。昨晩のLIKEとLOVEの話じゃないけれど、たしかに私はアリスさんをいい友達だと思っているし、こういう事をしてくる辺り、アリスさんも私に対して好意は抱いているんだろう。だけど、私の好きはあくまでもLIKEだ。たとえLOVEに変わったとしても、それを打ち明けるのは流石に勇気がいる。世間の目もそうだけど、相手から拒まれた時が一番辛いからだ。
「あ、アークライトさんが綿原さんに抱きついてる」
「仲良しさんだねぇ、二人とも」
「もっちろんよ! ね、コハク?」
「それは……まあそうだね」
私は甘えたがりの子犬のようにも見えてくるアリスさんの頭を撫でる。そうしていた時、廊下が少し騒がしくなった。
「なんだろ……」
「もしかして、誰か有名人でも来たのかしら!」
「いやいや、だとしたら先生がすぐに来て何か言うでしょ」
アリスさんの言葉に対してツッコミを入れていた時、教室のドアの方に米田先輩と玉村先輩、そして剣崎先輩の姿が見えた。
「あ、米田先輩に玉村先輩、それに剣崎先輩も……」
「先輩達、おはようございまーす!」
「ああ、おはよう。今日も素晴らしい朝だね」
「剣崎先輩、やっぱりお店は不安ですか?」
「あはは……うん、まあね。でも、臨時休業する旨の紙は貼ってきたし、主だった商店街の関係者さん達には話はしてきたから平気だよ」
そうは言うが剣崎先輩の表情はあまり優れない。不安なのはやっぱり変わらないんだろう。そう思っていた時、アリスさんの携帯電話が震えだした。
「あ、お電話だわ! きっとお父様からね!」
「そういえば本当になんの用事でかけていたの?」
「それなんだけどね。まず、剣崎先輩はお店を手伝ってくれる人がいればいいのよね。それなら人を呼べばいいわけよ」
「そうだけど……だから、そう簡単にはいかな――」
「だから、お父様にお願いして剣崎青果店をお父様の会社の業務提携先にしてもらったの!」
「……は?」
思わぬ言葉に私は変な声を出してしまった。お父様の会社や業務提携という言葉が頭の中で輪になって盆踊りする中、剣崎先輩はとても驚いた様子でアリスさんに話しかけた。
「ど、どういう事~!?」
「私のお父様は会社の社長さんなんです! アークホビーって名前知りませんか?」
「アークホビー……イギリスの会社で、日本にも多くの子会社を持つというおもちゃ会社だが、最近は手広く事業を拡大していると聞くが、まさか君がそこのご息女だったとはね」
「元々はおばあちゃまが興した会社で、それをお父様が継いだんです。それで今ごろは剣崎先輩のご両親のところにお父様が伺ってると思いますよ」
「え、ええ!?」
剣崎先輩はわけがわからないといった顔で驚く。それはそうだろう。昨日に自分のお店を手伝ってくれたり弟妹の相手をしてくれていた女の子がまさかの大会社の社長の娘で、いきなりそことの業務提携の話が進んでいたのだから。
「アリスさん……まさか前にお金なら問題ないって言ってたのは……」
「あくまでも最終手段ね。でもお父様に頼るのはとりあえず今回で最後。それだけじゃ前には進めないもの」
「アリスさん……」
その言葉を私はすごいなと思った。お金持ちだけどそれに頼るのはあくまでも最後の手段で、自分の力でどうにかしてみようとするその強さ。私も見習わないといけない。
「なんかカッコいいかも」
「コハク、なにか言った?」
「なんでもない。とりあえず放課後には剣崎先輩のご両親に挨拶にいかないと。剣崎先輩、いいですか?」
「うん、もちろん! お父さん達にも紹介したいからね!」
剣崎先輩は嬉しそうに言う。その後、私は剣崎先輩のご両親と会えるのを楽しみにしながらホームルームや授業を受けた。
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