第8話

「……あ、ここみたいだよ。剣崎先輩のお家」



 米田先輩達と出会ってから十数分後、剣崎先輩の担任の先生に話を聞きに行った私達は剣崎先輩のお家の剣崎青果店まで来ていた。



「担任の九戸先生も突然の事に驚いてたけど、やっぱり剣崎先輩の事は心配だったみたいだし、すぐに教えてくれて助かったね」

「そうね! でも、どうして剣崎先輩は不登校になったのかしら? 九戸先生からお話を聞く限りだと剣崎先輩ってとても明るくて真面目で、みんなを引っ張っていくタイプみたいなのに」

「そういう人でもなる時はなるってことだよ。さて、まずはここの店主さんにお話を聞かないと」



 剣崎先輩をまた登校させるために私達はお店に近づいた。すると、中で働いていた一人の女の子が私達に気づいて近づいてきた。茶色のポニーテールに血色のいい肌、明るい笑みを浮かべるその姿はとても好印象で、運動部にいたら人気者になるだろうと思うほどだった。



「いらっしゃーい! 剣崎青果店にようこそ!」

「あの、すみません。剣崎幸珠さんに用事があって来たんですけど……」

「幸珠は私だけど、あなた達はだーれ? 南昌第二高校の制服を着てるみたいだけど……」

「私は綿原恋白、この子はアリス・アークライトさんで、私達は南昌第二高校の新一年生なんです」

「新一年生……えっ、後輩ちゃん達ってことー!?」

「その通りです!」



 アリスさんが胸を張りながら言うと、剣崎先輩は嬉しそうに笑いながら私達の手を取った。



「よく来てくれたね! まさか後輩の子が遊びに来てくれるなんて思わなかったよー!」

「遊びにというか……」

「ん?」

「実は生徒会長の米田先輩からの依頼で、剣崎先輩にまた登校してもらえるようにお願いをしに来たんです」

「不登校……」



 剣崎先輩はキョトンとしてから合点がいった様子で頭をかき始めた。



「あー、そういうことかあ……」

「でも、どうして剣崎先輩は不登校なんですか? なにか理由があるんですよね?」

「うん、まあね。ちょっと待ってて、そろそろ閉店だったから先にお店閉めちゃうからさ」

「あ、それならお手伝いしますよ。アリスさんもいい?」

「もっちろん! 八百屋さんのお手伝いなんてやったことないから楽しみよ!」



 アリスさんがニコニコしながら答えると、剣崎先輩は更に嬉しそうな顔で手をブンブンと振ってきた。



「二人ともほんとにありがとー! 手伝ってくれるなら百人力だよ!」

「いえいえ。まずはなにを手伝えばいいですか?」

「えっとね」



 剣崎先輩の指示に従って私達は手伝いを始めた。もう少しで閉店だという事からそんなにお客さんは来ないだろうと思っていたけれど、時間的に各家庭が夕食を作り始める時間というのもあって野菜や果物を求めるお客さんが多く訪れた。



「い、いつもこんなにお客さんがいるんですか?」

「ううん、これより少し少ない程度だけど……もしかしたら、アークライトさんのおかげかな?」

「アリスさんの?」



 私はアリスさんに目を向ける。制服の上から青果店の名前がプリントされた茶色のエプロンをつけたアリスさんは明るく接客をしており、そのお人形のような愛らしさも相まってお客さん達から大人気になっていた。



「あら、可愛らしい子がいるわね。幸珠ちゃんのお友達?」

「同じ学校の一年生です! いっぱい買ってくれたら嬉しいです!」

「おー、元気がいいねえ。んじゃあウチのおっ母に頼まれた以外にも色々見繕ってもらおうか」

「ありがとうございまーす! 剣崎先輩、お願いします!」



 アリスさんがニコニコ笑いながらこっちを見ると、剣崎先輩も明るい笑顔を浮かべながら答えた。



「はーい! ふふ、私達も頑張らないと。ね、綿原さん」

「そうですね。接客とかは苦手ですけど、会計で役に立ちますね」

「うん、よろしくね。よーし、根性で頑張ろー!」

「おー!」

「お、おー……」



 太陽のように明るい二人に引っ張られる形で私も答え、私達は閉店時間まで精いっぱい働いた。そして売り上げの計算や閉店作業も終わった頃、私がヘトヘトになる中でアリスさんはやりきった様子で笑みを浮かべていた。



「楽しかったあー! ね、コハクもそう思わない?」

「アリスさんはパワフルだな……まあでも、たしかに楽しかったのかも」

「そうよね! 私、将来はお店屋さんをしようかしら! その時はコハクも一緒よ!」

「あ、あはは……うん、考えておくね」



 今の興奮状態のアリスさんに何を言ってもしょうがないと感じて諦めぎみに答えていると、剣崎先輩は明るく笑いながら話しかけてきた。



「二人ともお疲れ様! お礼にご飯食べていって!」

「え、いいんですか?」

「うん! あ、でもその前にやらないといけない事があるんだよね」

「やらないといけない事?」

「うん。ウチは妹と弟がいるんだけど、あの子達のお迎えにいかないとなんだ。それについてきてもらえると嬉しいんだけど……いいかな?」



 剣崎先輩が申し訳なさそうに言う中、私達は顔を見合わせてから同時に頷いた。



「もちろんいいですよ」

「いっぱい手伝わせてください、剣崎先輩!」

「二人とも……うん、ありがとー! いい後輩を持てて私は幸せだよ!」



 剣崎先輩が嬉しそうに言った後、私達は剣崎先輩の弟妹のお迎えのために歩き始めた。

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