第五話 これだ。
この世界の現状は、私が絶望していた頃と何も変わりません。きっと、人類が滅亡するまでは永遠に変わらないのでしょう。それでも私は、この世界で生きていたい。イエス様の美しさに触れていると、そう思えるようになりました。
その心だけじゃなく、その姿も、その仕草も、誰かと話している時も、畑に入って農作業を手伝っている時も、何かを食べたり飲んだりする時も、イエス様は本当に美しい。暇さえあれば彼女を眺めている一日を、何度も何度も繰り返すうちに、私は知りました。
「ユダ、見てください。こんなところにエーデルワイスが咲いていますよ。こんな時期、こんな場所で見られるなんて、珍しいですね」
「綺麗ですね……はい、やはりイエス様に似合います」
「やっ……ダ、ダメですよ! 花にだって命はありますからね!」
やはり人は、楽しそうにしているほど美しく見える。そして、こんなことを言うのは何だか恥ずかしいですが、イエス様は私と共にいる時が最も楽しそうなのです。美しい人と共にいられることは、もちろん私にとっても喜ばしいことですし。
新しい環境にも、当初は身に余ると思っていた幸せにも、慣れてきてしまった最近、私の頭には、「私とイエス様の仲が今よりも深まれば、イエス様が今よりも美しくなれば、私の毎日は更に輝くのではないか」という考えが、頻繁に浮かぶようになりました。
「みなさん、喜ばしいことが起こりましたよ。この度、カリヤさんとシーナさんが結婚することを決めたらしいです。明日の昼、ささやかながら式を行いましょう」
ある日の夕食前、住人の情報の管理を担当するマタイさんが、立ち上がって明るい声で言いました。辺りからは祝福の声が溢れ、イエス様も穏やかに手を叩きます。そんな雰囲気から、私は「ああ、これは祝うべきものなのだな」と察し、合わせるように「おめでとうございます」と言いましたが、
「ユダ、どうしました?」
やはりイエス様には、私の心などお見通しらしいです。
「すみません、イエス様。ケッコンとは一体なんなのでしょうか?」
「……それは夕食後、あの二人に訊いてご覧なさい」
イエス様が指差したのは、照れくさそうに頭を掻きながら、周囲の人と話しているカリヤさんとシーナさんでした。
「承知しました」
私は頷いてから、イエス様の奇妙なほど微笑まし気な顔を、しげしげと見つめました。
「突然の質問、失礼します。この度お二人がされるケッコンとは、一体どのようなものなのですか?」
食器を下げ、食堂を出ようとした二人を捕まえて、私は訊きました。すると、カリヤさんは先程のイエス様と同じ顔をして、答えました。
「愛し合っている者同士が、永遠の契りを交わすものですよ」
「愛し合う、ですか……」
その愛が「家族愛」でないことは明白だとして、この「ケッコン」というのは「友人」を突き詰めた形なのでしょうか?
「手を繋ぎたいと思う、抱きしめたいと思う、接吻したいと思う。こういったところが、友愛や家族愛との違いでしょうか」
私の胸の内を見透かしたように、シーナさんが言います。
「……わかるんですよ。私も、こういった愛を知れない環境で育ちましたから」
そして、その目が悲しみを帯びると、カリヤさんは彼女の肩を抱き寄せました。その動作はとても自然で、口を開かずとも通じ合っているような、特別な親密さがありました。
シーナさんとカリヤさんが仲睦まじいことは、私も前から何となく知っていました。ですが、こうしてその細かいやり取りに注目したことは、今まで一度もなかったのです。
これだ。私は心の中で、呟きました。
「誰かとケッコンするには、自分のことを好きになってもらうには、どうしたら良いのですか?」
「うーん……それは一概には言えませんね。ですが私の場合は、『苦しんでいるところを助けてくれたから』ですよ」
再び照れくさそうな笑みを浮かべ、カリヤさんは答えてくれました。
「ありがとうございます」
今すぐ何かできるわけではありませんが、私は居ても立っても居られない気持ちになり、早々に頭を下げて食堂を出ました。
「もしかしてユダさんも、恋をしているのですか?」
ためらいがちに訊いてきたシーナさんの声には、聞こえないふりをしました。
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