カイトくんと魔法の自転車
嶋田覚蔵
第1話 風になったカイトくん
カイトくんは丸々太った赤ちゃんでした。いっぱい食べてたくさん寝て、たまに大きなあくびをして、周りのみんなを笑わせて。お母さんが抱っこしていると、暖かくてプニプニして、「幸せを形にしたら、きっとカイトくんになるんだろう」
そんなことをお母さんは感じていました。
歯が生えると、玉子ポーロが大好きになり、
「カリカリ、カリカリ」
赤ちゃんに似つかわしくない、大きな音を立てて食べるものだから、お母さんは口の中が心配に。それでほっぺをツンツンして口を開けさせようとすると、口は閉じたまま「ニタ~」と笑うのです。まるでトロけて顔がなくなってしまうような笑顔です。お母さんはあんまり可愛くて、口の中の心配なんてどこかに飛んで行ってしまいました。
そして、そのうちハイハイをするようになり、1歳になる頃には、立って歩けるようになりました。2歳になるといろいろ会話ができるようになり、3歳になると生意気なことも言うようになりました。
「今日のカレーはおいしいね」
別の日のカレーはマズいことがあったのだろうか。ちょっとお母さんは考えてしまいました。
幼稚園に入ると友だちができ、仲よく遊んだりケンカをしたり、好きな女の子ができてみたり。
その女の子が近くにいると、カイトくんの顔が赤くなるから、お母さんにはすぐに分かりました。
そして7歳になって小学生に。お父さんがピカピカの青い自転車を買ってくれました。カイトくんがその自転車にまたがると、まるで風のように移動することができました。風のように丘を登り、小川を渡り、遠くの森まで軽やかに。森に到着するとカイトくんはいろんな昆虫を捕まえました。イモムシ、ケムシ、クワガタやカブトムシ。お母さんは不思議で仕方ありません。お母さんは虫が大嫌いなのに、なぜこんなに昆虫が好きな子がお腹から出てきたのだろう。
まぁそれでもカイトくんが幸せそうなのだから、お母さんはよしとしました。
悲しいことは突然訪れるものです。カイトくんが自転車に乗っている時、トラックに轢かれてしまったのです。
カイトくんは冷たいムクロとなって病院から帰ってきました。葬式をして火葬して、カイトくんは小さな骨壺に入って帰ってきても、お母さんはなぜか涙が出ませんでした。
「だってこれはカイトくんの抜け殻。カイトくんの心は風となり、まだそこら辺を
飛び回っているはずだから」
お母さんは、ずっとカイトくんの心が返って来るのを待ちました。1週間。1か月。半年。それだけ待ったのにカイトくんの心は帰ってきません。
「どこかで迷っているのかもしれない」
お母さんはそうつぶやくと、やっと涙がこぼれました。そのあとお母さんは生活を立て直そうと、まずは家族に気持ちを打ち明けるところから始めようとしました。でも無理に話しをしようとすると涙がこぼれてどうしようもなくなり。結局誰とも会わずに夫とふたりきりで生活していました。
その日はカイトくんが亡くなってから1年経った日のこと。赤尾さんはバルコニーで春の夕暮れの景色を楽しんでいました。すると一陣のつむじ風かお母さんの身体を包み込みお腹の中に入ってきた。
するとバラ色の顔したお母さんが叫んだんです。
「カイトくんが返って来た」
お腹の中にカイトかまだ赤ちゃんの時と同じ暖かさと、カイトくん独特の匂いがしたのです」
そう。あちこち風として旅を楽しんだカイトくんは、やっとお母さんのお腹に帰って来てくれたのでした。
「ありがとう。またね」
これから約10か月後の再会にお母さんの胸は喜びではち切れんばかりになりました。
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