一ノ瀬一二三の怪奇譚

田熊

「記録に残すべきかどうか」

僕は、怪異を追いかけているわけじゃない。


 この世の不思議を解き明かそうとも思っていないし、超常現象を暴くことに興味があるわけでもない。


 ただ、気づくと、妙な出来事に巻き込まれている。



 僕の仕事は、フリーのライターだ。

 人に頼まれた記事を書き、取材をし、情報を整理するのが仕事。


 とはいえ、「書く仕事」なら何でも引き受けるタイプだ。

 芸能人のゴシップ記事を書くこともあれば、地方のグルメレポートをまとめることもある。

 都市伝説や、奇妙な事件の取材をすることもある。


 だが、僕自身は特に怪奇現象に執着しているわけじゃない。


 それなのに、なぜか――そういう話に巻き込まれることが多い。



 たとえば、ある村では「この名前を呼んではいけない」と言われた。

 ある町では「四人掛けの席に五人目が座ることがある」と聞いた。

 あるアパートでは「昨日までなかった部屋が増えている」と訴える住人がいた。


 普通なら、「そんな話があるんだな」で終わる。


 けれど、僕の場合は少し違う。


 それらの現象が、実際に起こる。



 だから、こうして記録を残す。


 取材の記録として、記事の一部として、あるいは……忘れないために。


 けれど、時々思うことがある。


 「これを記録に残していいのか?」



 たとえば、写真だ。


 僕には、「写真の中に入る」という能力がある。

 どうしてそんなことができるのかは分からないし、そもそも、いつからできるようになったのかも覚えていない。


 ただ、ひとつだけ言えるのは――


 写真の中には、本来いるはずのないものがいることがある。



 それを「知ること」は、本当にいいことなのだろうか?


 もし、この記録が誰かの目に留まったら?

 もし、これを読んだ誰かが、「そちら側」に引き寄せられてしまったら?



 ……まあ、考えても仕方がないか。


 どうせ、興味がない人には関係のない話だ。


 けれど、もし。


 「最近、奇妙なことが続いている」と感じることがあれば、注意したほうがいい。


 それはもしかしたら、すでにそちら側に片足を踏み入れているのかもしれないから。

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