7 閑話 カグヤ、困る


 カグヤは自分が根城にしている農耕班の教室で頭を抱えていた。

 一週間前、イコマが出ていくのを校舎の屋上からこっそり見送った。

 その時は、


 ――いっくんのぶんは、私がカバーしなきゃ!


 と、やる気に満ち溢れていた。

 もちろん、いなくならないほうが良かった。当たり前だ。

 だが、あのままA大村に居続ければ、短気な狩猟班リーダーが実力行使に出たであろうことは想像に難くない。

 狩猟班の班長相手に暴力沙汰となれば、万能ワーカーのイコマではさすがに分が悪い。

 ていうか喧嘩なんて見たくない。


 加えて、イコマ自身も出ていきたがっていた節があったのも、カグヤの背中を押した。

 旅行が好きで、文明が崩壊した今の世界も見て回りたいと聞いたことがある。

 それをおぼえていたからこそ、笑顔で見送ったのだが。


「いっくん、いろいろお手伝いしてるのは知ってたけど、さすがに多すぎないかなっ……?」


 学内のあちこちに設置されたたくさんの畑で、早朝から手伝ってくれた。

 作業開始前にはカグヤと手を繋いで、能力を『複製』してもらったものだ。


 Cランクのスキルはプロ級の能力を獲得する。

 達人級のBランク、伝説級のAランクに比べれば、たしかに劣化コピーではあったが、カグヤ以外に『農耕』系能力を持つ者がいないA大村において『プロ級の農耕作業ができる人材』は大変便利だった。


 とはいえ、農耕班に関しては、カグヤの『農耕:A』さえあればカバーできる。

 ほかの班に関しても、生産性は落ちるかもしれないが、十分カバー可能だろうと考えていた。

 の、だが。


「……先週の月曜は、朝から私たち農耕班の畑を手伝って、昼前には精肉班に合流、モンスターの解体に従事。

 昼食をはさんで解体終了まで付き合い、そのまま素材を持って加工班に移動。

 モンスター素材の加工を手伝い、夕方ごろ終了。

 日によっては大工班の補修工事に参加したり、工学班の設備整備に参加したりで変動はあるけど、これを一年以上毎日やってたの……?

 いつ休んでたのよぅ、いっくん……」


 改めて彼の仕事量を確認すると、眩暈がする。

 忙しく働いているのは知っていたが、適度に休みの日を入れていると思っていた。

 カグヤも週に一度は昼から『ぬぼーっ』とすることに決めている。

 だから、イコマが手伝いに来ない日は、自主的に休んでいるものだと思っていたが、どうやら臨時の校舎補修作業やらバリケード増強作業やらに勤しんでいたらしい。

 時折、守護班に頼まれて深夜の見張りにも参加していたようで、身体強化スキルを用いてモンスターとの戦闘もおこなうこともあったとか。

 明らかにオーバーワークだ。過労死ラインをぶっちぎっている。


「……でもまあ、まだカバー可能な範囲ではある、かな。

 効率は下がるけど……班ごとにBランクスキル持ちが一人はいるし、そこからCランクが一人抜けたからといって……まあ、残業は増えるだろうけど……」


 適性に合わせて班分けされているA大村だが、その大多数はCランクのステータス補正系スキルをひとつ持っているだけの一般班員。

 つまり、農耕班にいるからといって、農耕が得意なわけでも知識があるわけでもない素人が大半だった。

 イコマが抜けた現在は、達人一人とプロ一人と歴一年数か月の素人多数の職場から、プロがいなくなった状態である。

 回らなくもないけれど、達人……指導者の負担が激増するのはだれだってわかる。

 班長クラスの人間も『困るけど仕方ない』と、ため息交じりにイコマの追放を受け入れていた。

 狩猟班のぼんくらを除いては、だが。


 だが、一般班員にとってのイコマ追放は『仕方ない』では済ますことのできない大事件であったようだ。

 結果として、カグヤのもとに多くの陳情が寄せられることになった。

 この一週間で、百通以上。もう使われることのない授業プリントの裏に書きなぐられた苦情の群れたち。

 これからもっともっと増えていくだろう。


「……指導者の一人がいなくなったようなものだもんね」


 生産系の班に振り分けられた班員にとって、イコマはいわば『副班長』のような扱いであったはずだ。

 すべての班で副班長クラスの活躍ができる人材。

 それがイコマという男であった。


 溜め息を吐いて、陳情の書かれた紙をめくる。

 イコマと仲が良く、先輩格であり、農耕班の班長であり、唯一のAランクスキル所持者であり――そしてイコマ追放の遠因となったカグヤは(追放の遠因になったのはカグヤにとって本当の本当の本当に心の底から不本意であるが)イコマ関係の諸問題の受付先みたいな扱いをされていた。


 ――まあいっくんのことは私が一番知ってるし? やぶさかではないけれども?


 しかしながら、直接的な原因である狩猟班のアンポンタンがのうのうと暮らしているのは、やはりストレスが溜まるものだ。


「うっ。これは……」


 『崩壊歴以前の物品が切れたので補充してほしい』という要望だ。

 二年前は会議資料だったはずの紙、その裏面に書かれた文字を見て、カグヤは呻く。


「さすがに早すぎるでしょ……?」


 イコマが有益である最大の理由。


 それは文明崩壊歴以前の、つまり令和時代の物品を『複製』できることだ。


 A大村に住まう学生、教授、大学スタッフ、それから避難民を合計して五千人弱。

 もともとA大学の学生総数が一万人を超えていたことを考えれば、非常に少なくなった。

 大半が逝ってしまったから。

 しかしながら、それでも五千人を擁するA大村は近畿地方最大クラスの集落である。

 もはや村ではなく町と言っていいレベルで発展している。

 それだけの人員を抱えたA大村の陰の立役者は、間違いなくイコマだ。


 五千人全員が下着や服、手回し充電式ラジオ、携帯ナイフといった基本装備を手に入れられたのは、そして今まで継続して補充できていたのは、イコマが頑張ったからだ。

 スキルに使用回数制限はないが、使いすぎると激しい頭痛や倦怠感に襲われる。

 それでも『みんなのため』と無理を通したイコマの姿を、カグヤはおぼえている。

 時には夜を徹して『複製』を使い続けていたその背中に、見た目以上のたくましさと頼りがいを感じてキュンキュンしたりもした。


 イコマの追放後、カグヤはA大村全体に連絡を回した。


『イコマがいない以上、文明崩壊歴以前の物品、特に薬品や化学製品を手に入れることは難しくなります。消耗品は使い過ぎに注意し、長く使えるよう丁寧に扱いましょう』


 当然の対応だ。これからは節約の時代になる。

 イコマは空き時間を見つけては――あのハードスケジュールのどこに空き時間があったのかは不明だが――そういった『なくては困るけど再入手が難しいもの』を大量に複製して、倉庫化した教室にストックしてくれていた。

 その在庫数を考えれば、節約すれば数か月は保つはずだった。

 在庫が切れる前に、イコマの『複製』に頼りきりだった物品を交易や発掘などの別ルートから調達できるよう、いろいろ模索しなければと思っていたのだが……たったの一週間で、なにが尽きたというのだろう。


 女性用下着や生理用品だったら大変だ。

 ほかの集落に請われて輸出もしていた大人気商品である。

 カグヤも困る。めちゃくちゃ重いタイプだから。

 カグヤはびくびくしながら、裏紙の続きの文字を目で追った。


『せんぱい♥と使うのでコンドーム入荷してください。狩猟班班員ヨシノ』


 ……。

 …………。


 カグヤは温和な性格である。

 カグヤ自身も、常日頃から穏やかで心優しくあろうと心がけており、仏やら女神やらと言われることもある。

 そのカグヤが、


「あーっ! もうっ! もうっ!!」


 思わず紙をびりびりに破り捨ててしまった。

 よりにもよって狩猟班からというのが、いっそうカグヤの怒りを誘う。


「うぅー……。いっくん、帰ってきてくれないかな……」


 イコマがいなくなって一週間。

 物品よりも先に、カグヤの精神が消耗しきってしまいそうだった。


 唯一の救いは、イコマがいない以上いつか裏紙も在庫が切れて、陳情が送られなくなることだろう。


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