第4話 イグルの敗北と始まりンゴ
SIDE イグル・シルフィード
驚いたぜ。
こうもあっさりヨコズナに傷をつかせるとは。
だが俺は違う。
イグル・シルフィードっていうのは稀代の天才だからだ!
戦争孤児である俺は親の顔も知らない。
物心ついた時は老夫婦に拾われていた。
ある程度の歳になったら奴隷商に売るつもりだった連中だ、暴力と怒号が日常だ。
俺は力が欲しかった、綺麗事で空腹は満たされない、欲しいものは力で奪い取るのがこの世なんだ!
そんなある日、たまたま通りかかった鑑定師が俺のレアスキル【風精霊の加護】を鑑定してくれた。
老夫婦は大層喜こんで気に食わない。
きっと俺をより高値で売れると思っていただろう。
何せ1万人に1人と言われるレアスキルの発現だ。
―――だから、俺は全て奪った。
スキルの暴力で動けないようにして、金品を強奪し家に火を放った。
燃え盛る火の手の中で老夫婦が少しでも苦しんでくれるように生まれて初めて神に祈った。
それから程なくヨコズナと出会って騎士団に入って、正義を掲げては人を殺め、死体の数だけ地位をあげ、今では騎士団長の上の立場で王国7人の精鋭部隊【ダーディラード】の一員になるまで成長した。
伝説では平和な世界から来たとかいう異世界人。
血で手を汚したこともない偽善者に後れをとるはずがない。
そう思っていた―――
ヨコズナ「盾と盾の間に通された…」
神業!?いや見るべきはそこじゃない。
軽傷とはいえ、ヨコズナの手首を切ったのっぽのあの冷徹な瞳、あれは調子に乗るでも卑下するわけでもない…言うなれば呼吸をしたり心臓を動かしたりそれほど自然に人を切った。
ドクンッ…と心臓がなる。
高鳴る、そして背筋がゾクリゾクリと萎縮していく!
こんな気持ちは初めてだ。
俺の中の奥にある何かの歯車がガッチリとハマるのを感じた。
この眼の前にいるのっぽ、
イグル「いくぜのっぽ!!【風纏LV10ウインドフォース】!」
【ウインドフォース】はコマンドレベル10、最高値のスキル。
風の力を身に纏い、触れるもの全て粉微塵にする。
これを発動しては魔法も物理もほとんどが効かない。
そして対象の…つまり俺様の身体能力を底上げされる!
イグル「うおおおお!!」
どみん「!」
―――っ!流石だぜ!横に避けた!
剣線上に避けていたら―――
ローザス「くっ風圧がここまで―――!!地面が切れている!?」
剣閃で今頃胴体が真っ二つだ!
そして―――
イグル「薙ぎ払い―――」
どみん「ンゴっ―――?剣が削り取られた?」
こいつ!?俺の薙ぎ払いを下に避けただけじゃなく、手元に剣を忍ばせやがった!
もし【ウインドフォース】を発動しなければ、自分の振るう力で手が切られていた。
どみん「真空?かまいたち?触れたらやばいンゴね」
イグル「この状態の俺の攻撃を避けられるわけねぇだろ!」
この世界広しといえど今の俺の攻撃は世界10本指に入る速度で攻撃を仕掛けることができる。
避け続けることは不可能。
そして、俺の魔力ならたとえコマンドレベル10であっても10分は維持できる自身がある。
イグル「オラオラオラオラーーー!!」
―――?――――――?
おかしい!?かすりもしない!?
息付く暇もない連撃をかいくぐっている、それどころか―――
カシュン!カシュン!カシュン!
俺の剣撃で舞い上がった細かな瓦礫をいつの間にか手にして投石してくる。
しかも風の膜がなければ喉や眼球に当たっている!
―――!?ちょっと待て!それは―――
どみん「ンゴォ!!(冠水流呼吸術 〈
ヨコズナがさっき手放した『竜神鱗の盾』!それは不味い!竜神麟には七大災厄・『傲慢のバハムント』の鱗―――スキルを無効化する!
ぶん投げた!?大盾をぶん投げる力があの体のどこにっクソッ―――
ガキィイイイン!!
どうだ!叩き落として―――
イグル「アガァ―――!??」
眼球に瓦礫を当てやがった!
竜神麟でスキルが相殺されたその刹那をすり抜けやがった!!
どみん「さあ!逃げるンゴ!」
ローザス「は、はい!」
ヨコズナ「させるか!【盾術Lv5シールドヨーヨー】」
ヨコズナの【シールドヨーヨー】は超高速で回転する盾が敵めがけて勝手に追尾して、当たったら手元に戻ってくるスキルだ。
どみんの背後からホーミングして飛んでいった。
ローザス「後ろ!」
公爵令息の声に反応もせず、のっぽは振り返えらずさも当たり前のように避けやがった。
大盾は地面に突き刺さり、一度ヨコズナの手元に戻ってきたのでもう一度投げようとしていたが、
ヨコズナ「範囲外だ…」
奴らは既に裏門を越えていた。
すぐさま俺はスキルで風を操って空を飛んで追跡しようとしたが、片目が霞んでうまくバランスがコントロールできなかった。
ヨコズナ「俺は足が遅い、お前は飛べない…回復魔法で治癒してからに…なる(チラッ)」
イグル「あ゛あ゛あ゛あ゛クソクソクソクソ!うがああああああ!!」
魔力に目覚めてもない異世界の勇者相手に Lv10の最強スキルを使って圧倒的優位にも関わらず逃げられた。
俺の今までの人生で最大の惨敗だ。
地べたに寝転んで思いっきり泣き叫んで駄々をこねて、スッキリしたらそそくさと治療室に向かう。
イグル「(敗北のまま終わる俺じゃあない!見てろよのっぽ…カンスイドミン!!)」
その後、その時の様子をヨコズナに「初めてプレゼントを貰った幼子のような無垢な笑顔だった」と言われた。
―――SIDE どみん
どみん「へっくし!うーん、ここまで来れば逃げ切れたンゴ?」
ローザスさんの故郷、オリーブ領とかいうパスタとかに合いそうなところに向かって逃亡している。
なにやら先ほどの美少年は風の力で空を飛んでくるとか!?
異世界にきたな、という実感が湧いてくるンゴ。
念の為、視界の悪い森林を通っていくことにした。
ローザス「『ダーディラード』2人相手に生きて逃げ切れるなんて…。それより、どみん殿はすごいな。精密な剣術、背後を見ずに避けたり…私には無理だ」
どみん「そう言われても?じいちゃんに鍛えてもらったり裏山の奥地で遊んでいたりしたからとか?それよりこの森林はどこまで続くンゴ?」
ローザス「この森は『アクシツの森』と言って「嫌な名前ンゴね」半日もあれば抜けられると思う。あの王が追手を向けるまでには時間があると思うけど急いでオリーブ領に戻って父上に伝えなくては」
どみん「どうして追手まで時間がかかるンゴ」
ローザス「それは王が女と、その、お盛んというか…と、とにかく王は事の最中に邪魔されると処刑もあり得るから誰も僕達の逃亡を伝えたりはしない。事後は必ず睡眠につくから早くても10時間後になる」
どみん「元気な王様ンゴね〜、ん?なんかいるンゴね」
前方の左側草の物陰、小さい何か?動物の気配。
ローザス「ゴブリン!」
ゴブリン「「ウケケーー」」
なんか緑でチビで耳の尖ったテンプレっぽいモンスターが3匹。
身長は130cmくらい、身体の構造は人間にそっくりでンゴの身体は190cm、つまりリーチの目星はンゴの2/3+獲物って訳になるンゴ。
獲物はナイフ、石手斧が2。
引き換え、こっちは二人とも無手。
欠けたロングソードは王都の裏門に捨ててきた。
ゴブリン「「「ケケー!!」」」
いきなり襲いかかってきたのでその辺りに落ちていた木の枝を拾い、ナイフを持っていたゴブリンの攻撃を避けてそのまま喉元に枝を差し込んだ。
ゴブリン「ギギィーー!」
素早く小手返しでナイフをすくい取り、そばのゴブリン達の首の大動脈を素早く切っておいた。
おびただしい血しぶきの中で、先程喉に枝を刺した個体にもナイフで念入りにトドメを刺しておく。
ローザス「鮮やか…」
ローザスさんが若干引いている間にナイフの刃を周辺の葉っぱで血糊を拭き取りローザスさんに渡した。
どみん「はいっ、ンゴはこの石手斧でいいからこのナイフはローザスさんが持っとくといいンゴよ。ンゴは幾つかの武器術の心得があるから手斧で十分ゴ」
ローザス「うん…」
そんなこんなで木漏れ日が暗くなっていく森の中をずんずん進んでいく。
ンゴは山でよく遊んでたから夜目は効くけどローザスさんはしどろもどろなんで手を引っ張ると「あの…ちょっと…」ともじもじされた。
ンゴにそのケはないンゴ!
暗い森の中は意外と安全で、たまに狼みたいのに襲われたけど、気配がダダ漏れだったから簡単に撃退したンゴ!
家の近所の裏山の鹿狩りの方が大変だったンゴね。
そうして3〜4時間歩くと森を抜け―――
どみん「光が見えるンゴ!」
何処ぞの都市っぽいところに着いたンゴ!
ローザス「『エクストラ』…着いた…っ―――」
どみん「ちょっ!?大丈夫ンゴ!?…気を失ってるンゴ…」
ローザスさんを背負って急いで都市に向かったンゴ。
…背中になんか柔らかいモノが当たる気がするし、いろいろ合点がいったけど…まぁ気にしないでおくンゴ!
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