第32話 海へ

「説明しますから」


 そうメッセージを送ったけど、志保さんから返事はこなかった。


 一日たっても返事はこないので、志保さんのアパートまでいき、ドアのまえに荷物を置く。


 リュックのなかのお弁当箱は洗っておいた。「ドアのまえに荷物置いておきます」とメッセージを入れ、ぼくらは志保さんのアパートをあとにした。


 帰り道の車のなかだ。ぼくが運転しているとき、ふっとレイコさんが言った。


「あたし、やっぱ『さげまん』かも。関わってきた男、すべて不幸にするみたいな」

「なに言ってんですか!」

「しばらく寝るわ。気をつけて運転しろよ」

「ちょ、レイコさん!」


 それっきり、レイコさんは返事をしなくなった。


「次の交差点、右折です」


 カーナビの声も、レイコさんの声じゃない。


 翌日に、ぼくは熊代板金へ車を持っていった。


 レイコさんがしゃべらないことも説明した。


「まあ、とりあえず直そう。一週間ほど時間くれ」


 熊代さんのところへ車をあずけ、その一週間後だ。


 電車とバスをつかって熊代板金に着くと、熊代さんのほかに伊村教授もいた。


 白いマークXがガレージのなかでエンジンを鳴らしている。


「熊代さん、直りましたか?」

「ああ、外はな」

「ということは……」

「おれたちが話しかけても、ウンともスンとも」


 伊村教授がマークXに近づき、きれいに直ったボンネットにそっと手を置いた。


「帰ってしまったのかも、しれないね」

「教授、帰るってどこに」


 ぼくが聞くと、伊村教授は青い空を見あげた。


「そんな……」


 ボンネットもドアミラーも直ったマークXで家まで帰った。


 一週間ほど、大学がいそがしくて車に乗るヒマがなかった。


 土曜日の朝、ぼくは麻のジャケットを着て、駐車場にむかった。


 車のキーを解除して、運転席に乗りこむ。


 手にしていたコーヒーのロング缶は、ドリンクホルダーに入れた。


 ゆっくりと駐車場をでて、車を南へと走らせる。


 一時間ほど走っただろうか。おぼえのある道にきた。


 信号のない十字路。ウインカーをだして左に入る。


 民家のあいだを通るせまい道を、ゆっくりと進んだ。窓を全開にする。潮の香りがしてきた。


 防波堤のまえまでいき、そこから駐車場へ。


 海ぞいの駐車場に車はいなかった。ぼくはバックで車を停め、エンジンをかけたまま車をおりた。


 おりるさいにコーヒーのロング缶を手に持ち、防波堤によじ登った。


 防波堤の上に腰をおろし、缶コーヒーのプルトップをあける。


 海をながめながら、甘い缶コーヒーをひとくち飲んだ。


 あきらめた。今日で、あきらめがついた。


 ぼくのマークXは、ただのマークXになった。

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