第28話 先行逃げ切り

 湖を半周するコース。


 さきを走るのが、ぼくの白いマークXだ。


 うしろにピッタリつけているのが、地元ヤンキーさんが運転する銀色のスタリオン。


「つぶれたタバコ屋をすぎたら、飛ばしていいって話だよな」


 声はカーナビから。もちろんレイコさんの声だ。


「そうです。対向車はほとんどいないし、ネズミ捕りもまずいないって」


 地元ヤンキーさんの教えてくれた情報なので、まちがいはないと思う。


「ぶっちぎったら勝ちだよな」

「ええ。逆にぬかされたら負けです」


 カーナビが勝手に動いた。おそらく湖を半周するコースを再確認している。


「よし、今日はちょっと趣向を変えるか。ライドンファイヤも飽きたしな」

「ナイト・オン・ファイヤでしょ!」


 レイコさんが車を飛ばすときにかける曲だ。


 趣向を変えるってなにを。そう聞こうとするまえに音楽が流れ始めた。「パー・パカパー・パパー♪」という、どこかで聞いたことのあるラッパの音。


「これなんの音楽です?」

「天皇賞のときのラジオを録音したやつ」


 んじゃ、競馬ですか!


 そのときだ。ぼくたちの車がつぶれたタバコ屋のまえを通りすぎた!


「さあ、各馬、いっせいにスタート!」


 レイコさんが声をあげるとともにアクセルが深く踏まれた。


「まずは、いきおいよく飛びだしました、レイコX!」


 そして自分で実況!


「すこし遅れたか、シルバースタリオン!」


 レイコさんの実況でドアミラーを見た。銀色のスポーツカーはすこし遅れてついてきている。


「さあ、まずは第一コーナー、右カーブ!」


 レイコさんの言葉でまえを見た。道路は二車線。そのまま大きく右にまがるカーブ。


「レイコX、ノンブレーキで突っこんだ!」

「うわっ、うわっ、うわっ!」


 すごいスピードだ。車体が右にむいていく。左側にガードレースはなかった。雑木林だ。


「まがれるか、まがれるのか!」


 レイコさんは自分で実況しながらハンドルを操作している。


 道幅ぎりぎりで右カーブをまがりきった!


「ノンブレーキでクリア!」

「ちょ、レイコさん、後輪すべりましたよ!」


 ずるっとすべる感触がぼくでもわかった。


「さすが山道、砂利や土があるか。どう攻めるレイコX!」

「実況してる場合ですか!」


 言っているあいだにも次のカーブがせまってくる。


「後輪駆動はすべると評判。どう攻めるレイコX!」

「実況してないで、考えてくださいよ!」

「さあ、ここでパワーボタン、押すのか、押さないのか!」


 レイコさんが実況者みたいな口調をまだ続けている。


 これはぼくに押せってことか。押していいってことだよな。


 パワーボタンを探した。あった。シフトレバーのすぐ下。


 ポチッと押した。押すとすぐに、ぐぐぐっと加速があがった!


「でました、ハイパワーボタン。坂でもすごいぞハイパワー、燃費もすごいぞハイパワー!」


 そうなんですか! 燃費悪いんですか!


 レイコさんの言葉でわかったけど、ゆるやかな上り坂だ。それでも車は加速していく。


 車は加速したまま、次の右コーナーへ突っこんだ!


「レイコさん、自分ですべるっていいましたよ!」


 車体が右をむく。左の雑木林がせまってくる。ブレーキを踏む気配はない!


「レイコさーん!」


 ぼくの絶叫とともに、車はノンブレーキでカーブを曲がりきった。


「まあ、解説するとな」


 レイコさんが普通の口調にもどった。


「坂道の場合、重心はうしろになるんだわ。なので、すべりにくいんだな」

「おどかさないでくださいよ!」

「マー坊に教えておこうと思って。つまり、逆、下り坂の場合はめっちゃすべるから気をつけろよ」


 道はしばらく長いストレートになっていた。


「勝負あったな。あんまりパワーモードって、つかいこなすやついないから」


 レイコさんの言葉で、これが勝負だと思いだした。ドアミラーでうしろを確認すると、スタリオンはかなり後方だ。


「あのスタリオンは、かなり昔の車だからな。パワーボタンないかも」


 レイコさんはそう言うと、左へのウインカーをだした。まえを見ると、雑木林はなくなっていた。


 展望台が見えた。山のなかにある展望台だ。数台は車を停められるスペースもあった。


 レイコさんは展望台の駐車場へ入り、ハンドルを切ってバックで車を停めた。


「もうこれで相手もわかったと思うから、話をしてこいよ」

「だ、だいじょうぶですかね」


 ぼくは車からおりて、自分のマークXのまえに立った。


 しばらくすると、すごい排気音をさせて銀のスポーツカーが展望台へと入ってきた。


 ぼくの白いマークXのとなりに停めて、スタリオンの運転席があいた。


「センパイ、すげえっすね!」

「えっ?」


 車からおりてきたヤンキーさんは、なんだか上機嫌だ。


「ブレーキランプ、一回も見なかったですよ。あれ全部ノンブレーキだったんでしょ!」


 ひょっとしてレイコさんは、うしろへ見せつけるのが目的だったのかも。


「あれっすか、センパイ、実はプロのレーサーだったりします?」

「いやいや、車の性能だと思います!」


 実はプロのレーサーが運転してます。とは言えない。


「今度、おれが入ってる旧車倶楽部に遊びにきてくださいよ!」

「ぼくは、暴走族とかはちょっと……」


 恐る恐る言ったのに、ヤンキーさんはきょとんとした顔をした。


「族?」

「は、はい」

「なに言ってんすか。旧車倶楽部は、その名のとおり昔の車を愛してる人ばっかですよ。まあ、おれ以外は、ほとんどじいさんっすね」


 なるほど、本当の意味での倶楽部!


「山本さんっていう、病院の院長がいるんすけどね、その人、マークⅡに乗ってるんですよ。後継機のマークX見たら、よろこぶだろうなぁ」


 おじいさんとつるむヤンキーさん。なんか、いい人っぽい。


 結局ぼくは、地元ヤンキーさんとメッセージの交換をして、その場でわかれることになった。

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