第14話 整備のはず

 ぼくの車は、熊代板金へ置いて帰ることになった。


 いろいろ整備や修理をするため、かなり時間がかかるらしい。


 通常ならば、代車というものが用意されるのだが、あいにく熊代板金には代車というものは存在しないらしい。


 足をなくしたぼくを家まで送ってくれたのは、ほかならぬ伊村教授だ。


 伊村教授の運転するプリウスで、ぼくの家まで。


 その道中、ぼくらはずっと無言だった。


 家のまえに到着する。


「あ、ありがとうございました」


 送ってもらったお礼は言わないと。ぼくは助手席から伊村教授に声をかけた。


 ハンドルに両手をかけたまま、伊村教授がうなずいた。


「二度……」


 なにか伊村教授が口をひらいた。


「人生で、二度、おなじ女性にふられるとはね」


 そう言って教授は力なく笑い、助手席のぼくのほうへと顔をむけた。


「せめて、あの車の整備。私も参加していいかね?」

「も、もちろんです!」


 かつてのレーシングチーム。そしてレイコさんを想っていた人。ことわる理由なんかない。すごく、大事にあの車をあつかってくれるだろう。


 このときは、そう思った。そして数週間が経過した。


「あの……これ、なんです?」


 ぼくがいるのは熊代板金だ。


 オンボロのガレージに停められた初代マークXのまえで、ぼくは言葉を失った。


「収納式、可変ウイングだ」


 メガネをかけた作業服の人が、満足げな顔で言った。今日はスーツ姿ではない伊村教授だ。


 ウイング。そう、レーシングカーなどで、車のうしろについている羽のような部品。なぜかぼくの白いマークXの後部に、白いウイングが取りつけられてある。


「は、派手すぎる……」


 どう見ても走り屋の車だ。ぼくは初心者ドライバーなのに。それにレイコさんも「目立ちたくない」と言っていたはず!


「クマさん、ボタンを!」


 伊村教授が外から運転席にむかって声をかけた。窓をあけた運転席に座っているのは、熊代さんだ。


「おう!」


 運転席の熊代さんが返事をした。するとなんだ。「ウィーン」と音がして、車の後部に取りつけられたウイングが動きだした!


 ウイングは、まるで翼をたたむかのように動くだけじゃない。取りつけられた台座そのものがひっくり返り、ものの数秒で、ウイングは後部トランクへ収納された。


「マキトくん」

「は、はい」

「きみは若いから、ゴルフなんてしないよね?」

「しませんが」

「あの装置を入れるため、トランクはつかえない。問題ないよね?」


 いや、問題ありすぎる気もするんですが!


「すげえよな、さすが工学部の教授だ」


 そう言って熊代さんが運転席から降りてきた。


 入れ替わりに、ぼくは運転席の窓へと近づいた。


「ちょ、レイコさん!」

「まったく、おまえが許可したから、しょうがなくだぞ」


 いえ、ぼくが許可したのは「整備」のはずなんですが!


「エンジンも足まわりも、少し強化しておいたぜ」


 こちらも作業服を着たクマのような熊代さんが笑う。それ絶対「少し」じゃない。


「まあ、ふたりともありがとな。これからも、マー坊がちょくちょく寄るから!」


 カーナビからボリュームを大きくしたレイコさんの声が聞こえた。


「私も、ちょくちょく寄りますよ」


 そう答えたのは、伊村教授だ。


「んじゃ、マー坊、ドライブ行くか。あたしちょっと足がムズムズする感じだ。走ってみたい!」


 ぼく、なんだか走りたくないんですが。でもこれ、ぼくの車だ。


 仕方がないので、運転席のドアをあけた。内装は特に変わっていない。見た目は普通の初代マークXだ。


 運転席に乗りこみ、ドアをしめた。シートベルトもする。


「気をつけてな」


 外から熊代さんが声をかけてきた。


「はい、安全運転を心がけます」

「いや、そうじゃねえ。レイコがレーシング界にいたころのあだ名は『じゃじゃ馬』だからな」


 そっちに気をつけろって意味ですか!


「ちょっと、あたしもそれなりに年数たってんだから」


 カーナビのレイコさんから反論が聞こえた。


「んじゃ、マー坊、山か海、どっち行く?」


 レイコさんに聞かれた。このまえは海だったから。


「山、でしょうか」

「オッケー。適当に北へむかって走らせようぜ!」


 なんだか不安を胸にいだきつつも、ぼくは「新生マークX」のシフトをドライブへと入れ、熊代板金をあとにした。

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