第8話 水のトンネル

「あんなに天気よかったのに」


 思わず、ぼくはつぶやいた。


 海からの帰り道。


 フロントガラスに大粒の雨がビタビタと大量に当たる。それをワイパーがせわしなく横へ流していた。


夕立ゆうだちだから、すぐやむだろ」

「でもレイコさん、雷まで光ってますよ」


 工場が多いエリアなのか、広い道路はまっすぐに伸びている。その先に見える黒い雨雲が、ときおり光っていた。


「初めて買った車で、初めてのドライブですよ。それが、どしゃぶり。縁起えんぎ悪いなぁ」


 まあ「縁起」という話をするなら、買った車は「呪いのマークX」なわけだけど。


「ボヤくな、マー坊。雨の日のドライブもいいもんだぞ」

「どこがです。ぼく初心者なのに」


 雨がふりだしたとき、レイコさんに運転を代わってもらおうとしたけどダメだった。「なにごとも経験」とのこと。


 こんな大雨のなかで運転するのは初めてだ。スリップしそうで怖い。今回のドライブでわかったのが、ブレーキを踏む力の加減がむずかしい。ついギュッと踏んでしまう。


 なぜか勝手に、シフトレバーが動いた。オートマからマニュアルモードだ。


「あの、レイコさん?」

「大雨の日はな、高いシフトのままジンワリ走るほうがラクなんだ。低いシフトだと、ちょっとしたアクセルで加速してしまうだろ?」


 そうなのか。


「さいわいにも直線だ。景色でもながめながら、ノンビリ走れよ」

「景色って。雨粒しか見えませんよ!」


 むっとした瞬間にアクセルを踏んでしまったけど、ギアを固定しているので加速はつかなかった。


 安全運転でいかないと。ひと息つき、ハンドルを持ちなおした。


「Oh ~my love ~my darling♪」


 ふいに、ゆっくりとした音楽が流れだした。


「この洋楽、どこかで聞いた気がします!」

「ゴーストって映画だろ。曲はアンチェンドメロディ」

「恋愛映画でしたよね。彼氏が死んで幽霊になったのに、彼女を守るっていう」

「けっこう古い映画なのに、よく知ってるな。金曜ロードショウか」

「ネットですって。バレンタインの日に無料で配信されてたんですよ」


 レイコさん、あんな乙女チックな映画を見るんだ。意外に思ったけど、それは言わないでおこう。


「雨の日に、よくにあう曲だろ」

「そうですかねぇ」


 車内は伸びやかな男性の声と、スローなドラムの音で満たされた。


 音楽のボリュームは大きく、雨の音は聞こえない。


 しばらく聞きながら、ゆっくりと車を走らせる。すると雨の景色が音楽に合わせてスローモーションのようにも思えてきた。


 英語の歌詞に耳をかたむけてみる。たしかこの曲の歌詞は「ああ、ぼくの愛。きみに触れたい」とか、そんなことを歌っていたはずだ。


 甘く切ない恋愛映画だった。最愛の彼女を守って、彼氏は天国へと旅立った。


「恋愛っていいなぁ」


 思わず口からでた。


「よし、まかせろ」

「えっ、レイコさん?」


 勝手にハンドルを取られた。シフトレバーもオートマへともどり、車の速度がじょじょにさがっていく。


「ちょっと、いったい何を」

「前方、左」


 レイコさんに言われて左前方の歩道を見た。


 雨のなか、歩道を歩いているのは背の低い女子高生だ。傘がないのであきらめたのか、どしゃぶりのなかを普通に歩いている。


「あの映画のように、男は女を守らないとな。では、雨のなか寒そうな娘がいたら、どうする?」


 雨で半そでのブラウスは下が透けそうなほど濡れている。短いスカートからでる細い足が、とても寒そうに見える。見えるけど!


「ちょ、ちょ、レイコさん!」


 ぼくを乗せた白いマークXは路肩によせてゆっくりと走った。雨のなかを歩く女子高生のわきを通りすぎる。そしてハザードランプをつけて停止。


 バンッ! と助手席のドアが自動で動いた。開けたのはレイコさんだ。


 外は大雨。車内の音楽はいつのまにか鳴りやみ「チッカ、チッカ」と、ハザードランプの音だけが鳴っている。


 しばらく待った。これ、どうなるんだろう。


「ねえ、ひょっとして、乗れってこと?」


 金髪のショートヘアを耳にかけながら、女子高生がのぞきこんできた。


「さ、寒そうに見えたんで、よ、よかったら!」

「ふーん……」


 彼女は車内を見まわした。


「ひとり?」

「は、はい、ひとりです!」


 現実には、ゴーストがもうひとりいるけど。


「ひとりなら、さらわれる心配なさそう」


 金髪ショートヘアの子はそう言うと、助手席に乗りこみドアをしめた。


「駅前までバスで行こうと思ってたんだけど」


 反対方向だ。


「お、送るよ」


 ぼくはハザードランプを切るためにボタンを押し、うしろを確認して路肩から車を発進させた。

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