第5話 初めてのドライブへ
車を買って、六日後だ。
土曜日で大学は休み。
家から出て、近くにある駐車場へと歩いて向かった。
ぼくの家は一軒家で、車庫は二台のスペースがある。
でも、そのスペースは父母の車で埋まっている。しょうがないので同じ団地内にある月極の駐車場を借りることにした。
空き地を利用した駐車場。土の地面に五台の車が停まっている。
その右はし。白いセダンがぼくの車だ。
ジャケットのポケットから、車のキーをだす。
キーについたボタンを押すと「ピピッ」と車のロックが解除される音がした。
となりの軽自動車とのあいだに身を入れて、ぶつけないようにドアをあける。
意外なのが、この初代マークX、けっこうドアが重い。
少しだけ開けたドアからすべりこむように、ぼくは車の運転席へと身を入れた。
バタン! と重いドアを閉め、車のキーを差しこむ。
キーをひねると「キュルル」という音がして、すぐに「ブルン!」とエンジンがかかった。
静かなアイドリングの重低音。この「ドルルル」という音を聞くと、やっぱり高級車なんだなと思う。母親の軽自動車とは、まったく違うエンジンの音だ。
高級感のある木製のハンドルを少しナデナデしてみる。
「イヤン、マイッチング♥」
びっくりした! カーナビから声がした。
「レイコさん、起きてたんですか。声がしないから、寝ているとばかり」
この車は、ただの車じゃない。「小早川礼子さん」という女性レーサーが転生した車だ。
「あたしは車だぞ。エンジンに火を入れたとき、それが起きるときだ。んもう、マー坊ったら。寝起きのあたしをすぐさわるんだから♥」
「ぼくはハンドルをなでただけですよ!」
「はは。冗談だって。でも車が寝起きなのは本当なんだ。水温があがるまで、ちょっと待とうな」
そうなのか。うちの両親は車に乗るさい、そんなこと気にもしていない。レイコさんは走り屋でありレーサーだった人なので、こだわりがあるのかもしれない。ちょっと面倒臭いけど、したがうしかなさそうだ。
「マー坊、あたしの言いつけ通り、ジャケット買ったんだな。うむうむ。にあってるぞ」
「レイコさんが、ジャケット買えってうるさいから!」
生まれて始めてジャケットを買った。大学生なんて、Tシャツとパーカーがあれば充分なのに。
「あたりまえだろ。やっすい軽自動車じゃないんだ。これは高級セダンだぞ。男が乗るんだ。スーツとは言わない。でもジャケットぐらいは必要だっっつうの!」
「そうかなぁ」
「そうなの!」
レイコさんはおそらく昭和生まれだ。昭和生まれの人の価値観がわからない。
「んで、レイコさん、どこ行きます?」
カーナビのボタンを押そうとした。
「タコッ。今日は初めてのドライブだろ」
「そうですけど?」
「マー坊、ひとつおぼえておけ。行き先を決めたら、それは『ドライブ』じゃない。ただの『移動』だ」
行き先を決めない?
「じゃあ、どこに向かって運転すればいいんです?」
「簡単。山か海。どっちかだ。山なら北。海なら南」
「そんな適当に運転して、ちゃんと着きます?」
「着かなくてもいいんだ。途中で変えてもいい。そうやって思うがままに運転するのがドライブってもんだ」
そういうものなのかな。よくはわからないけど、ぼくは運転したいだけだった。
「んじゃ、海にします」
今日は天気がいい。しかも夏の終わり。そうなるとやっぱり、山より海のほうがよさそうだ。
「あっ、でも、この前みたいなドリフトは勘弁してください」
「今日はマー坊に運転まかせるよ。初めてのドライブだろ。わたしはだまっておくから、ひとりの運転を楽しんで」
そう言うとレイコさんは、カーナビの下に「チャオ(^^)/」という文字を流し、しゃべらなくなった。
んじゃ、まあ、行ってみますかぁ!
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