2-5. 馬鹿
「フィリップ……第二王子殿下か……。つまり、目的は同じだと」
レナードの口から出た名前に、サリヤは驚きながらも声を落として答える。
「そういうこと」
「……こちらとしてはありがたいが、降伏はおまえがすればいい」
キッとレナードを睨みつけ、サリヤはダガーでの連続攻撃を開始させた。レナードのダガーがそれを弾く甲高い音が響き渡る。観客たちが二人の緊迫した戦いを固唾を呑んで見守る中、硬い表情のレナードが、「そういうわけにもいかないんだ」と軽く言ってのけた。
「負けたなんてフィリップに知られたら、本当に追放されちまう」
「そんなこと知るか。大体、おまえがフィリップ様の意向でここにいるなんて、嘘かもしれない」
「まあそうだけどさ、俺にとっては死活問題、だから……!」
サリヤの胸元にできた隙を突いて、レナードが下から大きく右ダガーを振り上げた。キィン、と一際高く鳴り渡った音に、観客がざわめく。サリヤが胸元を防御しようと構えた左手のダガーが弧を描いて床に落ち、レナードに賭けている人々は喜色を表し始めた。が、その顔はすぐに曇ることになった。何故なら――
「おまえ……! 馬鹿か!」
レナードが、自身の左ダガーを床に放り投げたからだ。サリヤが落ちていくダガーに気を取られた隙に、レナードは低い体勢から攻撃を仕掛けた。左足首を掬われ、バランスを崩すサリヤ。背中は即座にレナードの右腕に支えられ、ダガーを持ったままの右手首は彼の左手にがっしり掴まれた。
「あ、わりぃ」
おざなりな謝罪を口にし、レナードはサリヤの体を傷付けてしまいそうな右手のダガーも床に落とした。観客たちの大きなため息は落胆のためか、はたまた何かを期待するためか。
「……くっ、情けをかける気か!」
「できるだけ、安全に降伏してほしい。アミーナ王女殿下には」
「!? 何故、私が王女だと……!」
「言ったろ、ヴァハル・カマルに行ったことがあるって。その時も青いブレスレットを大事にしていた。まだ十歳、だったか」
「そんな、ことで?」
「あとは、俺が『風が導く地』と言った時、きみが何の引っ掛かりもなく会話したからだ。王族以外はあまり使わない言葉なんだろ?」
「……そうか……、そういうことか。仕方ない、私が降伏しよう。手を離せ」
サリヤは体を自由にしようともがいてみせるが、レナードは力を抜こうとしない。
「降伏するというのは本当だ。もう攻撃はしない」
「そうじゃなくて、俺のことを覚えていなかった罰を」
「……は? 覚えていな……」
見開かれたままのサリヤの目に自分が映っていることに満足し、レナードはやっと唇を離した。観客たちは「もっとやれ!」だの「格好いいぞ!」だの好き勝手に騒いでいる。
「ばっ……、馬鹿!」
バチーン!
罵倒の言葉とともに、レナードの右頬に強烈な平手打ちが飛んできた。
「いってててっ……!」
「馬鹿! 馬鹿!」
「だって、俺は覚えていたのに……」
「仕方ないだろう、子供だったんだから!」
仮面をつけていてもわかるほど顔が赤くなっているサリヤに、レナードは頬を押さえながら飄々と告げる。
「こういう役得がないとやってらんねえんだ、実際」
「そんなの知るか! いいから手を離せ!」
サリヤの言葉に「ちぇっ」と軽く舌打ちをし、レナードは渋々サリヤを自由にした。
「それ以上にすげえのもらったが。……さて、じゃあやりますか」
「やる、って……」
「させるんだろ? 瓦解」
追放従者 祐里 @yukie_miumiu
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