2-4. 遭逢

 黒服たちが観客への飲食物販売に忙しく立ち働く中、敗者として舞台から下りたラルフは、元気のない様子でしゃがみこんでしまった。

 ラルフに大金を賭けていた客は、彼に罵倒の言葉を投げ付けている。たとえそれが『闘える者を減らしたくない』という理由だとしても、まだ足枷を外したままなのはきっと細やかな気配りが得意なマイヤーの指示なのだろう、客が暴徒化しそうな場合は地下から逃げる必要があるのかもしれないと、レナードは頭の隅で考える。

「さあ、二回戦の幕開けだ。花の棘が見惚れる者を刺し殺す――砂塵を越えてやってきた美しき死神、サリヤ!」

 ラルフを視界の端で気にするレナードの前に、褐色の肌の女性が現れた。顔の上半分を仮面が覆いその美醜は知れないが、長い手足やしなやかな動き、身軽さ優先の装いは美しい。

「きみも双手のダガーか。サリヤ……、ヴァハル・カマルの青き花」

「我が国を知っているのか」

 少々厚めの唇が、わずかに異国訛りのあるラングハイエンの言葉を話す。

「ああ。風が導く地、だよな。前に仕事で行ったことがある」

「へぇ、いつ頃?」

「ええと、現国王の立太子式典だったか」

「にい…………、っと、そんなに前か」

 二人がいくつかの言葉を交わしただけだというのに、やはり今度も観客席では「さっさとやれ!」などと怒声が飛び交う。

「まったく、うるさいな。……疾風しっぷうよ、天を裂き、解放せよ! 風の閃光ウィンドフラッシュ!」

 ニヤリと口元を歪めたサリヤは、短い詠唱文句で強烈な閃光と風の刃を放った。

 レナードは即座に自身の前に氷壁アイス・ブライニクルで防御を固めたが、眩しい光に目を眇めている隙に、鋭い風切音とともに刃の一つが通り過ぎた。

「うへっ、すげえ」

「おまえも詠唱なし……来ないのか」

 観客席の喧騒に混じったサリヤの声が届く。

「俺、ここ初めてだからなるべく闘いたくなくて」

「ということは、人を殺したことはない?」

「ないね。仕事で荒事の経験はあるが」

「……そうだったのか。しかし……」

 サリヤが言い淀んでいると、客席から「組み敷いてやれ!」「おっぱじめてもいいんだぞ!」などと下品な言葉が出るようになった。

「やれやれ、女口説くのにそういうのはいらねえってのに」

「……女好きか」

「俺はいい女ならいつでもどこでも口説く主義でね」

「おまえを殺すことになる女も?」

「それはない」

 レナードが攻撃に移る気配を察したサリヤはダガーを持った手を胸の前で十字に構え、警戒を強めた。

「安心しろ、傷付けるとしても軽い怪我くらいで済ませるから。その仮面の奥の瞳は、ヴァハル・カマルの王族が受け継ぐ金色だろう?」

「なっ……!?」

「俺は無鉄砲な女も嫌いじゃない。だが……」

 相手の足元を狙い、レナードは凍縛フローズン・バインドを発動させたが、驚きから我に返ったサリヤに素早く避けられてしまう。

「俺がこういう真似をすると」

 レナードはすかさず氷煙アイス・ブルームの白い霧でサリヤの視界を奪い、凍矢フローズン・アローをその胸めがけて発射させる。

「……!」

「二国間の大きな問題になる恐れもある。その場合、『知らなかった』では済まされない」

 正確に心臓を狙った凍矢フローズン・アローは彼女の体のほんの少し手前で止まり、床に落ちて粉々に砕け散ってから消滅した。

「サリヤ、戦闘を続けろ。悟らせるな」

「くっ……、言われずとも!」

 ギリリと歯を食いしばり、サリヤは次の手を練る。

「できれば接近戦で」

「私に指図するな!」

 ふっと余裕の笑みを漏らすレナードに苛立ちを隠せず、サリヤは再び風の閃光ウィンドフラッシュを発動させるが、やはりレナードの氷壁アイス・ブライニクルに阻まれてしまう。

「仕方ないな」

 レナードはそう呟くと、自身とサリヤの周囲に氷柱フローズン・スティーリアを出現させた。

「これでちょこまか動くことはできない。もっとも、それほど長くはもたないが」

「……何が、言いたい」

 サリヤは詠唱が必要な魔法攻撃を諦め、狭い可動範囲内を右に軽く飛んでから氷の柱の間をするりと抜けた。右手のダガーはその刃の軌道を追うレナードに避けられたが、間髪かんはつれずに放たれた左ダガーの攻撃は、レナードの腕をかすめた。

「その調子で話を聞いてくれ」

「話、とは? 我が国の民がこの闇コロシアムに捕らえられているんだ。私はここを瓦解させるために来た。誰にも邪魔はさせない」

「なら、同じだな」

 サリヤの攻撃をひょいと躱すレナードだが、その体に、少しずつ小さな切り傷が積み重なっていく。

「同じ……? まさか!」

「降伏してくれないか。俺は第二王子フィリップの間者だ」

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