2-3. 再会

 下っ端の黒服の男に促され、レナードは闘技場の舞台への階段を上る。

「この舞台には結界が張ってあって、観客を気にせずいくらでも魔法を使うことができる。相手が舞台から落ちたら、または戦闘不能になったらおまえの勝ちだ」

「へーい」

 黒服はレナードの軽い返答に眉根を寄せ、声を落として続ける。

「殺してもいいが、なるべく気絶させてくれ。相手が降伏したら攻撃はやめろ。闘えるやつが減るのは困るし、死体の処理が面倒だからな」

「へいへい」

 チッと舌打ちしながらも、黒服はレナードの足枷を手際よく外し、自分の仕事は果たしたとばかりに階段を下りていく。

「あーあ、さっさと終わら……」

 うつむいていた顔を上げて対戦相手を目の当たりにしたレナードの言葉は、そこで切れた。

「さあ開幕だ! 本日第一戦、氷の気配とともに現れるのはこの男。静かに、そして鋭く——レナード!」

 一点を見つめて動けなくなっているレナードなどお構いなしに、口火師は大声を張り上げた。その扇動で観客たちは総立ちになり、舞台上に声援を送る。

「対するは、炎を操り、観客の心を焼き尽くす男――炎の魔術師、ラルフ!」

 耳が痛くなるほどの観客たちの声の中、レナードは呆然と対戦相手を見つめる。

「ラルフ……まさか……!」

「久しぶりだな、レナード」

「どうしてこんなところに……領地に引っ込んだんじゃなかったのか」

 右手にサーベルを握る対戦相手は、レナードと同じ貴族学園に通っていた同級生だった。長身痩躯で身軽なレナードに対しラルフは平均的な体格で、剣術ではそれほど芽は出なかったものの、難易度の高い魔法を次から次へと習得し、王宮魔導院へ抜擢され、首席魔導官も夢ではないと言われていた男だ。

「領地に引っ込んだのは、親と兄の一家だ。俺は……」

 二人の会話などどうでもいいとばかりに観客たちは「早くしろ!」「何やってるんだ!」などと罵声を上げ始め、それが合図になったかのように、ラルフが四歩分後ろへ下がる。

「ちっ、なーにが『有利になるよう取り計らった』だ。久しぶりの再会がこんな場所とはな」

「……在りし日を思ってくれるのは嬉しいが、俺は勝たないといけないんだ。家族のために!」

「んだよそれ……うわあっ!」

 間一髪のところでレナードが避けた炎の弾フレイムバレットは結界に弾かれ、消滅した。派手な炎魔法に、観客たちは「おおっ!」「今の見たか!」と歓喜の声を上げている。

「うは、やっぱり無詠唱……ラルフはすげえな」

「来いよ、レナード」

「嫌だね。俺、ラルフに勝ったことねえし」

「……おまえのそういうところは、好きになれなかった。いつも気怠げで、やる気がなくて、なのに教師たちには好かれていて……。だが、ここは学園ではない!」

 ラルフの言葉が終わるか終わらないかのうちに、再び炎の弾フレイムバレットが三連発で飛び出した。そのうちの一つがレナードの長い銀髪をかすめ、髪が焼ける嫌な匂いが鼻をつく。

「……じゃ、こっちはこれでいかせてもらう」

 レナードは手のダガーを構えると、前傾姿勢でラルフめがけて走り出す。その足が踏もうとする地点を狙い、ラルフは炎爆撃ファイヤボムをいくつも繰り出すが、レナードは軽い足取りで避けて通り、とうとう彼の懐の手前まで近付いた。

「なぁ、家族のために、って何だよ。まさか、人質に取られてるわけでもないだろうに」

「……その『まさか』だとしたら?」

「だとしたら、どんだけ弱み握られてんだよ。一体何があった?」

「もう、俺は昔の俺じゃない。おしゃべりはここまでだ」

 途端にラルフの周囲に焔防御ブレイズガードが燃え広がり、円状の激しい炎がレナードを激しく拒絶する。観客たちは手を叩いて大喜びしており、その狂喜ともいえる表情がレナードを苛立たせた。

 目の前で炸裂する炎爆撃ファイヤボムに、腕で自身の顔や胸を庇い、苦悶の色を浮かべるレナード。

「せいぜい結界の中で逃げ回ってろ」

 ラルフはそんなレナードから視線を外すことなく、激しく燃え盛る炎の向こうで冷たく言い放ち、両腕を高く上げた。

――学園の実演技で見たことがある! あれは――

炎影剣フレイム・ファントム・ブレード!?」

 焔防御ブレイズガードが弱まり、炎を纏った無数のサーベルの切っ先がレナードに飛びかかる。

 本物のサーベルは一本、他は幻だ、そう理解はしていても判断が追いつかない。避けることもできずにその場で防御の姿勢を取ったままのレナードの目に、ラルフの顔が映った。

「!」

 咄嗟に左に飛ぶと、レナードのいた位置の後方に豪炎が突き刺さり、焦げ臭い煙を吐き出す黒い跡だけが床に残った。

「どうして……」

 炎影剣フレイム・ファントム・ブレードをレナードに看破されたことで隙を作ってしまったラルフの背後に回り、レナードはその首元にダガーの刃を当てた。細い切り傷から垂れ落ちる、一筋の真っ赤な血。

「もうやめよう、ラルフ」

「……どうしてあれが、避けられたんだ……」

「んなのあとだ。いいか、降伏しろ。そしてこれからは表情を変えるな。絶対に」

「な、何……」

「俺は、罪を犯してここに来たんじゃない。フィリップの命令で潜入しているんだ」

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