追放従者
祐里
1. 西の辺境
黙殺
西の隣国であるキルニアード帝国が不穏な動きを見せるのはいつものことだ。が、隣り合う地域を領地とする辺境伯までもがその動きに乗じようと画策を始めたとなると、国としては黙っていられない。
「おい、レナード」
「何だよ」
「フィリップ様が、早く辺境伯の城へ行きたいとおっしゃっている」
「そうは言っても、あと数日はかかるぞ」
従者のアロイスにせっつかれ、レナードの瞳が曇りを帯びる。第二王子のフィリップが辺境伯を訪問することにより西方地域への睨みを利かせようという意図だが、肝心のフィリップの態度に問題が出てきているのだ。
「おまえの風魔法で馬車を軽くすれば、移動速度も上がるんじゃないか」
「それは……、俺の魔力が枯渇しそうなんだが……」
「おまえの魔力? 無事にフィリップ様が到着すればいいだけだろう」
アロイスは鼻で笑い、馬車の中に入っていった。御者を引き受けているレナードはうつむき、渋々風魔法を展開させた。
夕方になり高級宿に到着するや否や、フィリップは「一人部屋がいい」とわがままを言い始めた。
「いけません、いつ誰が襲ってくるかわからないのです」
「レナードってそんなに口うるさかったっけ? アロイスは賛成してくれるよね?」
「はい、賊の物音に気付けばいいだけなので。レナード、おまえは堅すぎる。フィリップ様のお気持ちを尊重するべきだ」
こうして終始レナードを悪者にしようとする二人に、魔力枯渇寸前でどっしりとした疲れを感じている彼はため息をついた。
「……わかった。俺は何があっても知らないからな」
「何だよ、その態度。もうレナードはいらない。ここから引き返していいよ」
「ああ、それがいいですね。さすがフィリップ様、決断がお早い。私一人いれば何とでもなるでしょう。レナード、おまえは朝になったら別行動だ」
「そ、そんな……、ここまで来て!」
事実、アロイスの剣の腕前は見事なもので、剣術大会でもただの男爵子息が高位貴族の高すぎる鼻をへし折るいい機会だと息巻くほどだ。レナードの魔法も便利ではあるが、魔力の枯渇に気を遣わないといけないことがフィリップとアロイスにとって『面倒なもの』に成り下がっている。
「まさか、王族の命令が聞けないというのか」
「いえ、そういうわけでは……」
「命令だ。明日の朝……いや、もうこの時からおまえは別行動だ。必要のない者を連れていくほど僕は馬鹿ではない」
追放を言い渡されたレナードは下を向いたままくるりと向きを変え、宿を出ていった。
「ようこそいらっしゃいました」
笑顔で出迎えた辺境伯により、フィリップは下へも置かぬ歓待を受けた。
夕食時、アロイスはテーブルに着いてすぐに出された酒を飲み上機嫌だ。声が大きくなっていることから、かなり酔っているのだろうと辺境伯はほくそ笑む。
「今日はお疲れでしょうから、もうお休みください。お部屋をご用意いたしました」
辺境伯に言われるがまま、二人はそれぞれの部屋に入った。やがて二つの部屋から物音が聞こえなくなり、辺境伯は顔を歪めて笑う。
「……そろそろいいでしょう。しかしまさかキルニアード帝国の姫君がこんな下品な作戦に応じてくださるとは、思いもしませんでした」
「ふふっ。下品だなんて、人聞きの悪い。わたくしは陛下のご意思に沿うているのです。わたくしがフィリップ様に襲われたということで……」
「ええ、ええ、わかっておりますとも。さあ、ではこの扉の鍵で……」
「やっぱりな。そういうことだと思った」
いつの間にか忍び寄っていたレナードに驚き、二人は背後を振り返った。姫君と呼ばれた女は蒼白な顔でレナードを見つめている。
「お、おまえ、別行動になったんじゃ……!」
「『おまえ』? 従者が誰かなんざ知らねえだろ。ま、あんたが俺らを誰かに見張らせていたのには気付いていたがな。おい、フィリップ!」
レナードが手に持ったダガーを胸の前に構えながら呼ぶと、フィリップが扉の向こうから姿を現した。
「レナード、やっと来てくれた! 襲われるんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだよ!」
「悪い……って、ちょっと待て。俺の方は馬車がねえから歩きだったってわかってんのか」
「んなこと言ったってなぁ、レナードは規格外だから。どうせ魔力だってすぐに回復したんだろ」
隣の部屋を出てきたアロイスが、フィリップに同調する。
「そうだけど、言い方ってもんが……」
「くっ……、おまえがいなければ完遂するはずの計画だったのに……昔から俺の邪魔ばかりしやがって! こうなったらおまえら従者を亡き者に……」
「へぇ。亡き者、ねぇ」
諦めの悪い辺境伯に一言こぼすと、レナードたち三人は背中合わせに武器を構えた。その直後レナードの無詠唱魔法が飛び出し、
「な、何これ!」
「あんたはそこで大人しくしててくれ。で、辺境伯についてはもう国家反逆罪だろ。
「ちょっと待て! ったく、おまえはいつも……! せめて凍らせるだけにしとけ」
レナードに待ったを入れたアロイスに、フィリップは「えー、殺ってもいいと思うけど」と反論を述べる。
「そうだ、フィリップが一番冷酷無慈悲だった。とにかく、命だけは奪うなよ」
「ちっ。わかったよ」
「えーと、それで、僕をどうするつもりだったのかな?」
「フィリップ、それはほら、あとで証言させればいいから」
アロイスのセリフに重ねるように、やや遅れて到着した騎士五名がドカドカと廊下に音を響かせる。顔面蒼白の辺境伯は、へなへなと床に座り込んでしまった。
「いたぞ! おまえはフィリップ様をお守りしろ!」
「お、来た来た。あとはよろしく。んじゃアロイス、俺はちょっと遊んでから帰るから」
「おまえなぁ……、年考えろよ。いくつだと思ってんだ」
「俺? ぴっちぴちの四十歳だけど?」
「……そういう意味じゃねえよ……俺も同じなんだからおまえの年くらいわかるっての……」
このようにして、西の平和は守られた。たった三人の男たちによって。
「よし、フィリップはあの騎士たちに任せて俺らはさっさと帰るぞ。先に到着して陛下にご報告しないといけないだろ」
「うう……帰りは女の子と遊びたかったのに……」
レナードのつぶやきは黙殺された。
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