0xB 佐藤の嘘

「小銭入れをなくした日時について、

もし私に正直に話してしまったとしたら、

あなたが女子更衣室に入った事実が生徒たちへの聞き取りからバレるかもしれない……。

それが嫌だったからでしょ?」


「は、はい……」


「そしてもう一つ。

キナコを学校に連れてきたのは、

その日がたまたまじゃないわよね?」


「な……、何でそう言えるんですか?」


「どうやらこれも図星のようね。

右ポケットに穴を開けたのはキナコよね?

それも、ゆっくり時間をかけてね……」

透華は、佐藤のズボンのポケットを指差した。


「はい……。これもバレていたんですね。

実は僕、キナコを連れて出かける時はよくズボンの右ポケットに入れるんです。

キナコは爪でズボンを引っ掻くことがあって……。

その度にポケットの生地が薄くなり、刺繍も解けやすくなって、遂に最近ポケットに穴が空いてしまいました。

だから、右ポケットに穴が空いてからは、同じ左ポケットにスマホを先に小銭入れをその上から入れていたんですが……。

女子更衣室の中でロッカーの直し方を検索しようとスマホを取り出した時に、その拍子に小銭入れまでついてきてしまって……。

小銭入れが地面に落ちてしまったんです。


僕は小銭入れを拾いながら考えました。

実は以前も片方のポケットに穴が空き使えなくなったことがあったと……。

そのときは同じポケットに小銭入れを先に、スマホを後から入れていたんです。

すると、スマホがポケットに全部入りきれずに、歩いている時の揺れでスマホが落ちてしまいました。


だから今回、使い終わったスマホを先にポケットに入れ、その上から小銭入れをポケットに入れようと考えました。

ですが、そうしようとすると一つ困ったことが……。

小銭入れをこの場に忘れて帰らないか僕は心配になったんです。

そこで、目につくところに一旦置いておこうとロッカーの中に置くことにしました。


そしてその直後です。

更衣室に誰かが入ってくる気配を感じたのは。


僕は焦りの余り気が動転し、小銭入れをロッカーの中に置き忘れてしまいました。

そして、その場所に置き忘れていたことさえ、何故かさっきまで忘れていました」

佐藤は小さく縮こまって言った。


「ねえ、なぜそこまで考えてたのに、

小銭入れの置き場所、忘れちゃったの?」


「それが、僕にも理由がわからないんです」


「ねえ、佐藤くん?

これは結果論だけど、あなたが小銭入れを無くした理由を心理学的に説明すると、

自動処理や潜在性記憶とかの慣れが関係していると思うわ。


自動処理。これはね、私たちが意識的な注意をほとんど払わずに実行できる、訓練されたり慣れ親しんだりした行動なの。

例えば、歯磨きや着替え、いつもの通勤経路を移動するとかの。

これらの行動は、無意識のうちに自動的に行われるから詳細な記憶が残りにくいの。


そしてもう一つが潜在性記憶。

過去の経験が意識的な記憶としては残っていなくても、行動や感情に影響を与える現象よ。

例えば、乗り物の運転や楽器の演奏、スポーツや箸を使うことや言葉を話すこと。

過去に経験した出来事が、無意識のうちに特定の行動を引き起こすことがあるの。

あなたがポケットに入れる順番にこだわったのはこちらのほうが近いかしら?」


「そんなことが……あるんですね」


「そうよ、人間の記憶なんて所詮はその程度ってこと。

それにしても、全く佐藤くんも人騒がせよね。

最初から先生なりに事情を話して、女子に探しに行ってもらえば済んだ話しじゃない!?

どうしてそうしなかったの?」


「キナコを無駄で学校に連れてきていたことを先生に見つかりたくなかったんです。

それに……。

お昼休みにいつも僕のキナコと遊んでくれていた女子にも、もしかしたら責任が行くんじゃないかって思いまして……」


「最初の段階で正直に話せばみんな信じてくれたわよ。

今回は、小銭入れが見つかってよかったけれど、もう二度とこんなことするんじゃないわよ。

わかった?」


「はい、すみませんでした……」


「あら、謝るのは私じゃないわ。

そこの女子に謝るの!」


「は、はい!香澄さん、本当にすみませんでした!」


「声が小さすぎるわ!」


「す、すみませんでした!」

透華は、そう言って、佐藤を諭した。


(こ、恐え……)

朔は漏らす。



「なあ透華、最後にもう一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

朔が少し遠慮がちに尋ねる。


「あら、どうしたの朔?改まって」

透華はいつものように微笑みながら答える。


「今回の件で、どうして女子更衣室が怪しいとわかったんだ? 

何か手がかりでもあったのか?」

朔が疑問をぶつける。


「ああ、それね。簡単なことよ。

ねえ、佐藤くん?」

透華は笑顔で佐藤に視線を移す。


「は、はい!」

佐藤はどこか緊張した面持ちで応えた。


「私達が最初に男子更衣室に探しに行ったとき……。


佐藤『実はもう、一度そこは見たんですが……』


佐藤『やっぱり、見つかりませんね……』


透華『ねえ、本当にここに入れたの?』

佐藤『……はい、間違いないです』


私はあのとき、あなたの口振りや表情がどこかよそよそしく不自然に感じ考えたの。

私と朔が探している時、あなたは一人だけ探す振りをしながら私の方を何度も見ていたし……。

そりゃ疑いたくもなるわよ。

自分の目的を達成するために他人を操作しようとする、

心理学で言う操作的パーソナリティの傾向が現れてるんじゃないかってね。

その根拠をふまえて今からあなたにその動機について質問をするわ」

すると、透華は彼の返事を聞かないまま続けた。

「ねえ佐藤くん?小銭入れを無くした場所がだってこと、

あなた本当はそこまでは最初から覚えていたんじゃない?

だけど、それを私たちには正直に話さなかった。何故ならあなたが無断で女子更衣室に入った事実がバレるのが嫌だったから。

だからあなたは私達をわざと男子更衣室に誘導し、

私の捜査ノウハウを盗んで、後で利用しようと考えた。

後で一人で女子更衣室に行って探そうと思ってね……。

そうでしょう?

つまりそう言う点からよ。

だから私は最初に男子更衣室に探しに行ったあの時から本当は女子更衣室の方が怪しいとアタリをつけていたのよ。

違うかしら?」

透華は、まるで太陽のように眩しい笑顔を浮かべながら、

しかしその瞳の奥には、すべてを見透かすような鋭い光を宿している。


すると——。

「……」

佐藤は、まるで尋問を受けている容疑者のように、冷や汗を滲ませ、視線を泳がせている。


「そうよね、佐藤くん?」

透華は諭すように問いかける。

すると……。


「は、はい。その通りです……」

佐藤は遂に観念し、そう答えた。



「これにて一件落着ね」

透華は、朔に向かって微笑んだ。


「ああ、透華にはいつも驚かされるな」


「そうでしょ?まあね」


「普段のご都合主義なお前とのギャップ……にな」

朔は、感心するように言った。


「あら……。ねえ、朔〜?

それ、どういう意味かしら〜?」

透華は最初の笑顔から一転、急に表情を変え、般若の様な形相で朔に迫る。


「透華さん、今回迷惑かけた当事者である僕が言うのは本当は違うのかもしれませんけど、ほどほどにしてあげたほうが……」


「そうね。朔、佐藤くんに感謝なさい」


「……へい」


「私の頭の中には今……、

私にお仕置きされたコイツしか浮かんで来ないわ。

あらやだわ。もしかして……、

これも、"カラーバス効果"の一つ

なのかしら……!!」

朔を懲らしめた透華は、大袈裟にそう言い残すと、再び部室の机へと向かう。


(それを言うなら、ヅラのほうだと僕は思うんだけどな……。

いや、まてよ。もしかして二人にはそんな特殊な性癖が……。


※佐藤の想像です。

朔『イ、イ♡ー!)』


オトコは内股でキモ高い奇声を上げ、まるで子犬のようにヨダレを垂らし舌を出す。

すると……、長いまつ毛に守られキラキラと潤んだ彼の瞳は上を向きピクピクと痙攣し……、そしてハートの形に……。


キモいキモいキモいキモい!

見たくない聴きたくない知りたくない想像したくない関わりたくない!

…………、


朔のアヘ顔(※画像はイメージです)


怖い怖い怖い怖い!!)

佐藤の脳裏からは、まるで呪いの様に目の前のキモい男のアヘ顔がこびり付いて離れない。

また、全身からは急に寒気が襲い鳥肌が立つ。


(マジで勘弁して欲しい)

佐藤は朔を呪った。


しかし……。

二人と特に親しい訳でもなく、

また、今回微妙な立場の彼には、

その真相に踏み込む勇気など無かった。

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