すると、声がした。

 笑い声だ。

 それも驕り高ぶったそれではない。

 とても柔和で穏やかだった。


(……それがベルディの……?)


 脱獄を果たして手に入れた自由を謳歌している彼の笑いなのか。


 いや、別の笑い声が重なった。

 女性、そして子ども。


(……ベルディの家族?)


 俺は目を開け、家の方を見つめた。

 あの窓から漏れる明かりの下に見えているのは、ありふれたとある家族の形……。


 やがて、耳の奥で響いていたものが消えた。同時に頭に取り憑いていた重みも取り払われ、やがて消え失せた。


 家の扉の前にいたビンスが、左へ飛び退くのが見える。

 同時に、ジェロームの掛け声とライフルの乾いた音が鳴り響く。

 リーダーが銃を構えて前に出た。「カッツェ! 援護しろ!」

 ビンスとジェロームが扉に向かって弾丸タマを撃ち込んでいるのが見えた。


 まもなく、あの明かりの見えていた窓ガラスが飛散した。

「よし! 君は裏手に回って、ミステールと合流しろ!」

 俺はリーダーに背中をぐいと押されて、そのまま駆け出した。

 建物の左手を回り込めば裏口があり、そこでミステールが爆弾を仕掛けて待っているはずだった。

 でこぼこになった土の上をぎこちなく走っているが、闇雲に反撃してくる屋内からの銃撃にも気を配らないと撃たれてしまうかもしれない。


 それでも無事に裏手に回り込むと、やがてミステールの姿が目に入った。

「敵の人数は?」

 とっさにそうきかれたが、中は何も見えなかった。答えようがない。俺は、首を左右に振った。

(……が、俺が感じたのはあの男と女そして子どもだけ……)

 

 ミステールは、そばにあった台車を引いてきて裏口にあてがい、梯子を台車の下部に差し込んで車部分が動かないよう固定した。

「これで、奴らはこちらから逃げ出すことはできないはずだ」


(つまり、逃げ道は表だけになる……!)


 俺がその様子を見ていると、不意にミステールに肩を強く突かれた。

 もう片方の手にはピストルが握られ、例の爆弾の小型遠隔装置リモコンが首からぶら下がっていた。

「カッツェ、行くぞ!」

 表の銃撃戦に加わろうという流れである。


 行き交うライフルの音をバックに、時折単発で野太い射撃音がしている。

 木の陰に身を隠しているリーダーが、戻ってきた俺たちに目配せした。「中はどうやら一人みたいなんだが、抵抗が激しい」

 見ると、ビンスがジェロームがいるところまで後退していた。

 倒れたときに肘をぶつけたのか、片方の手で庇いながら、ピストルを構え直している。

「ほんと、話の分かんねえやつ♪ それなら、こいつで分からせるしかねえや♪」


 火薬の匂いと煙が立ち込めてくるが、近くに住む人々は、断続的に鳴り響く乾いた銃声を耳にしても、流れ弾を恐れてなのか、誰一人出てこようとしない。

 ダーキッシュの連中も単にこの場にいないのか、あるいは国軍の組織を敵に回すのを恐れているのか、組織だった反抗の予兆さえ見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る