【プロトタイプ版】悪役令嬢、絶望を抱いて ~滅びゆく世界で、彼女が選んだ結末とは~

ぱる子

第一章:終わらぬ悪夢

第1話 蘇る処刑の瞬間

 ――不気味なほどの熱気と怒号の渦。その光景が、重苦しい闇の奥底からい上がってくる。

 荒々しい息遣いと、民衆の殺気立った叫び声。空気を裂くような罵声が耳を突き刺す。広場を取り囲む群衆が、処刑台に立つ私へ向けて憎悪と興奮をぶつけてくる。

 視界には首にかけられた縄が嫌でも映り込み、ざらついた繊維が首筋に突き刺さる痛みとして伝わった。床板がきしみ、突き上げるような振動が足裏から押し寄せる。さらに、どこからともなく漂う血の匂いと汗の臭いが混ざり合って、むせ返るようだった。


(私は最後まで笑い続けるわ。全てを失ったとしても、それが私の選んだ道だから――)


 そんな思考が頭をよぎると、民衆が声を荒げて私をあおるように叫ぶ。彼らの狂乱にも似た怒りと歓喜の叫びを背に、私は薄く笑ってみせる――いや、笑わなければ自分を保てなかった。


「ふふっ、これが私のシナリオの結末なのね……。血に染まった革命を求めたのは私、そしてその代償も私が受ける。……まあ、いいわ。最後まで、この道を選び抜いたことだけは、誇ってみせる――さあ、やりなさい!」


 すべてが崩れていくような、高揚にも似た絶望感。けれど、その言葉の裏にはどうしようもないむなしさがあった。私は、この国を救いたかったのではなかったのか。王政を倒し、自由を手にし、誰もが平等に生きられる世界を望んでいたはずなのに――いつの間にか、私は自らの手で血と権力におぼれ、誰よりも深い孤独に落ちていった。

 心臓がどくん、と大きく脈を打つ。重苦しい鼓動が耳に響き、周囲の音が遠のいていく。視界が黒く染まり、床板ががくりと外れ――首に走る衝撃。息が詰まり、何もかもが止まった。


(……もう、この世界には生まれ変わりたくない。次こそ、どうか……静かな眠りを――)


 最後に意識が薄れていく中、私の心にこだまする恨み言。ああ、もし次があるなら、二度と転生なんてまっぴらだ――心の底からそう思いながら、深い闇に沈んでいった……。


 ――それが、記憶の断片。

 まるで底なしの虚空で聞こえる自分自身の声に、私はすがるように手を伸ばす。けれど、何もつかめずに再び重たい暗闇に沈むしかなかった。


 次に息を吸った瞬間、頬を撫でるのは穏やかな朝の光と、清潔なシーツの肌触り。まるで全てが嘘だったかのように、首には縄痕すら残っていない。ただ、寝衣の柔らかいえりが触れるだけ――。

 一瞬、「悪い夢を見たのか」と錯覚したくなる。けれど、胸を締めつける鈍い痛みと、あの処刑台での残響が、どうしても生々しく胸に残っている。


(終わったはずなのに……終わらないのね。

 あそこで確かに死んだはずなのに、どうして――こうしてまた息をしているの?)


 仰向けのまま天井を見つめ、そっと首筋に指を当てる。

 縄のざらざらした感触はもうどこにもない。それなのに、息が苦しくなるほどの圧迫感が、胸の奥に生々しく残っている。


(こんな世界、もううんざり。どうして私をここに縛りつけるの?

 転生してまで得たものなど、何もなかった。仲間も信頼も、すべてを失った。

 なのに――なぜ、私は今も生きているの?

 もし次の転生があるって言うなら、私は断固として拒否するわ。

 もう、これ以上、誰も救えず、誰かを殺すだけの運命になど、付き合っていられない……)


 暗澹あんたんたる思いが、再び胸の中に冷たくよどみ込む。死から逃れたことへの安堵感と、その生を突きつけられることへの嫌悪感。どちらが勝るのか、自分でも分からない。

 ただ言えるのは、「もう何も信用できないし、救われるはずもない」という痛切な実感だけだった。


 声を出そうとしても、喉が引きつるように痛み、言葉がまともに出ない。唇を噛みしめ、目を閉じる。


(私が笑顔を浮かべた処刑台での最後の瞬間――あれこそが全てだったはず。

 なのに、終わらない。まるで「本当の終着点」すら奪われるように、

 私はまた、この世界で呼吸しなければならないなんて……)


 シーツを握りしめる指先が、かすかにふるえた。

 私はもう、ここから先の道がどうなっているのか全く想像できない。きっと再び、あの血と裏切りと絶望の連鎖が待っているのだろう。


(ふふ、心底うんざりするわ。だけど、笑わずにはいられない。

 なぜなら、どんなに拒んでも、また同じ惨劇を繰り返す未来しか見えないから。

 ……結局、私は「悪役令嬢」のまま、嘲笑されて散るしかないの?

 それとも、もっと惨めな形が待っているのか?)


 自嘲の息を吐きながら、身体を起こそうとしない自分を引きずるようにして、ゆっくりと体を起こす。窓の外からは穏やかな朝日が差し込み、鳥のさえずりが聞こえてきた。

 ――まるで、世界は何事もなかったかのように、平然と新しい朝を迎えている。そんな当たり前の光景が、今の私には酷く残酷に思えた。


 あの処刑台で終わったはずの物語。その結末を、自分で受け入れたはずなのに、この世界は私を手放してくれない。

 首筋にかかった縄の痛みをまだ覚えているのに、今日もまた、こうして生き続けなければいけない。絶望を抱えたまま、再び始まる世界に足を踏み入れるしかないのだ。


 私は、こぼれそうになる涙を意地で飲み込み、かすかにゆがんだ笑みを浮かべる。

 本当に、これから何がどうなるのか――まだ分からない。

 ただ一つだけ確かなのは、私にはもう「明るい可能性」や「再出発への喜び」など存在しないということ。あるのは、「こんな世界はもう嫌だ」という絶望と、一度死んだはずなのに、また歩まされる皮肉だけなのだ。


 ――そうして私は、長い長い夜の続きを思わせる悪夢の余韻を振り切れないまま、突き刺すように眩しい朝の光をにらみつけていた。

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