炎の剣、氷の剣

どうせまた復活すればいいと安直には考えれない。この強さ。経験もカースの力も完全に上だ。1人減るだけで勝てる見込みは一気に減る。それが、一分というインターバルだとしても。


「やらせるか!」


そのとき、前から聞きなれた声が聞こえた。剣が叩きつけられる音が響き、咄嗟に後ろを振り向くとそこには鍔迫り合いをするバーカーの姿があった。


「どうして来た!マリーナの護衛は!」


「お前、言われたことは守る真面目さんだろ。だから、こんな囮作戦も賛成した。いいか、仲間が死ぬ姿は見たくないんでな」


俺は不死身なんだぞ、そんな理由が通るか。とはいえ、この猛吹雪の中、マリーナは我々を見つけるのは困難。彼女がマイヤーを攻撃しないのがその最たる例だろう。そうなると二人で仕留めた方が理にかなってるのか。考える暇ない。すぐに俺は剣を握りしめ、マイヤーの後ろに周りこもうとした。


「命令違反とはな」


「今のお前に何ができる。格闘戦では俺の方が上だ」


「ふふ、どうかな」


そのとき、俺たちを覆っていた吹雪がやんでゆく。


「こいつ、どうして解除した!」


その途端遠くから音が聞こえる。風を切る音。矢だ。どんな狙撃手だ。吹雪がはれた瞬間に俺たちを狙い撃ちにできるなんて。考えてる暇は無い俺はバーカーの側面に立った。前方に飛ぶ矢。それが俺の首元に突き刺さる。


「ぐぅ…」


「イル!」


まただ、吹雪が辺りを覆った。完全に相手の土俵に踏み入ってしまった。


「二人…」


俺がやられる姿にバーカーは一瞬、気が抜けるように俺に視線を向けた。その隙をマイヤーが見逃すことはなかった。マイヤーはバーカーの剣を払い除け、バーカーの腹部に一太刀を加えようとした。その瞬間間一髪のところでバーカーは後ろへ回避をする。が、致命傷を免れたようだが、それでも、服越しに血が滲み、それが彼の剣に滴り落ちている。


「ば、バーカー。一分だ1分だけ耐えてくれ…」


もう俺は無理だ。仕方ない、ここで死ぬしかない。俺は力の抜けてゆく剣を必死で握りしめ首元まで持っていき、俺の首を切りつける。大動脈からは噴水のように血が吹き出した。それが、俺の見た最後の光景だった。




元々、出世目的で軍隊に入ったものの、中流階級だった俺はせいぜい百人隊長が限度だった。それに比べて俺の兄貴二人はどんどん地位を高めてゆく。一人は町一番の名医にもう一人は大手武器会社「カレー」の設計技師だ。俺は結局、なにもなせないと思った。だけど、だけど俺は千人隊長になった。すべてエルガー閣下のおかげだ。そう、すべて。ここまで出世させてくれた全てのおかげはエルガー閣下だ。だがな、エルガー閣下、あなたは本当に魔王になるつもりですか。俺はこんなことを望んでエルガー閣下の傘下についた訳では無い。


傭兵たちには悪いが、今ここで死ぬ訳にはいかないんでね。一人は殺した。こいつは虫の息だ。あと一人。


「くたばりやがれぇ!」


まだ、息があったか。やつは大きく剣を振り上げ、こちらに迫ってくる。重傷者の攻撃だこれぐらいふせ…くぅ…重い。致命傷ではなかったとはいえ剣が重い。まだ、余力があるか。だが、俺は奴の剣を弾き、俺の刃が奴の腹部を横に切り裂く。だが、それはその相手の刃によって防がれてしまう。


「どうした、お前の剣。案外軽いな」


「ふん、真正面からの殴り合いしかないと思ったか」


猛吹雪の中、俺は後ろへとステップを踏み、猛吹雪に隠れる。正面以外にも戦い方はあるんだ。後ろから突き刺してやる。


…なに、撃鉄の音!?


肩に激痛が走る。そうか、やつの方に爆炎の紋章。使っててもおかしくないか。…だが、それ以上に彼の握っている剣。炎を纏っているぞ。これがやつの能力か。


「見えるぜ、お前の姿!吹雪の中でもある程度はましになったぜ」


やるしかないみたいだな。左手を開いて前に出し、剣で突く構えをとる。それと並行して奴は炎の刃を上段に構えこちらに迫ってきた。


「単純な殴り合いでは俺に勝てないことを教えてやる。くたばりやがれぇ」


「舐めるな…」


俺が左手を前に出した理由。この体を刺すように降り注ぐ横殴りの猛吹雪はすべて俺の能力によって操られている。そう、風圧だって操れる。そして、それを一点に集めれば人だって吹き飛ばせれるのだ。


剣が振り下ろそうとした途端、相手との間に強い前向きの力が加わると同時に極低温の空気が奴を襲う。だが、こいつ吹き飛ぶぐらいに調整したはずの俺の攻撃を受けて、体勢を崩しただけだと。それでも、体勢が崩れたのは間違いない。それを見計らい右腕の力と左足で地面を強く蹴りあげ、やつの腹部に刺突した。


だが、致命を外したか。心臓を狙った俺の攻撃はやつの炎の剣によって間一髪で流され、先端はやつの頬を掠め取った。それを見計らい上段に炎がチラつく。それに俺は左手を氷の塊に変えて、それを防ごうとするが、炎の刃は分厚い氷の鎧をみるみると溶かしている。俺は後ろに下がろうとも考えたが、それをやろうとした瞬間剣を持っていた右手を捕まれ、逃げられない状況に陥ってしまった。


「おしまいだぜ、悪いがここで果ててもらう」


「俺にはこの帝国で成すべきことがある。ここで死ぬ訳にはいかないのでね」


「いく万の異種族を虐殺するのがお前のなすことか?」


冷や汗が零れる。既に氷の鎧は切り落とされかけ、腕から出血している。


「すべてはエルガー閣下のためだ。いいか、誰かが汚れ仕事をしなければこの世は良い方向にはいかないのでね」


「虐殺を…虐殺を正当化するんじゃなぇ!」


虐殺か、エルガー閣下など建前に過ぎん。すべては俺の出世のためだよ。俺は兄貴や親父、母さんに下に見られるのが嫌だった。軍に入って、中流階級と罵られ、ろくに出世もさせてくれない上層部に嫌気が差していた。だがな、エルガー閣下は違った。俺を上へ上へと押し上げてくれた。


俺の周りに降り注ぐ雪が意志を持ったように自由に飛び回り、地面の雪は振動する。まさか、ここで使うなんてな。


「俺にはまだ、切り札がある」


「この状況で何を…」


だが、それを使う心配はなかった。


「ぐぅ…矢だと!?」


マーシャがやってくれた。まさか炎の剣の動きを察知して一か八かで打つとは。上出来だ。やつの腕は本物だ。すぐさま俺は氷の剣を再度生成し、やつの胸元にそいつを突き刺さした。だが、しぶとい奴めこいつ間一髪のところで回避したな。次は外さない。

______________________


咄嗟に目を覚ました。まだ、視界は白い。なんだ、あの棒状の赤く燃える物体は。バーカーか。俺は剣を握りしめ、その炎に向かって走り出した。


「俺の勝ちだ!」


「バーカー!」


「イル!」


バーカーは生きていた。しかし、だいぶまずい状態だ。俺の声に気づいて、氷の刃が俺に向いた。


「これが、お前のカースか。」


師匠が教えてくれた技がある。師匠は言った


「達人の生み出す刃は風をも切り裂く。それは、物を切り裂くつもりだからだ。集中し、風を切り裂けるのなら、お前の操る剣は遠くの標的をも殺せる」


俺とマイヤーとの間合いが後一歩たりない状態ギリギリのところで俺は立ち止まり、空気を切り裂くように刃を振る。絶妙なスピード、力。それが空気を刃へと変える。そのとき、俺の目には風の切れ目が見えた。その切れ目は押し出されるようにして、白い半円を描いて、それがマイヤーの頭から足まで刃が届いた。だが…奴はたっている。


「どうやら、不完全のようだな。その技…ヴォルクの技だな。もしかして、あの化け物の技をパクったのか?」


「俺の師匠だ」


「なるほど、そうなると巣立が遅かったようだな」


こちらに刃を向ける。だが、勝てる。相手は疲弊しきっている。今のも相当なダメージのはずだし。


「一瞬で仕留める」


その時だった。俺が一歩踏み出そうとした時、それと並行してマイヤーが踏み出そうとした足が不自然にも止まった。まるで、何かに引っ張られているように。すると、彼は地面に叩きつけられ、腹部に複数の刺し傷がみるみるうちにできていく。


「なんだ!ぐぅ…まさか!」


「マイヤー…あんた。何人殺したの?」


後ろから声が聞こえる。必然的に後ろを見るとそこにいたのは目から血を流し、子鹿のような足ぶりのマリーナだった。


「どうしたんだ、マリーナ。傷だらけだぞ! 」


「能力の影響よ。それより、マイヤー。いったい何人の人を殺した 」


「…一万千人。うち、六千が獣人族、二千がドワーフ、もう二千が人間、エルフが千人だ。お前、幽霊を操る能力だな…。もしや、俺についてた亡霊でも見えたか」


「…殺戮者め…お前につく亡霊は十人そこらじゃないぞ。お前には最大級の死を送ってやる!」


そのとき、マリーナの頭上に巨大な獄炎が広がる。幽霊を操る能力。目の前の光景から連想した物はひとつだ。彼女はドラゴンの幽霊を操っている。それで燃やすつもりか。俺はすぐにバーカーの元に向かった。


「マリーナ…なんつう能力を…」


「とにかく逃げるぞ」


「逃がさなねぇよ」


そのとき、俺の足もバーカの足も凍りつく。身動きが取れない。後ろを振り向けばマリーナも凍っている。そして、マイヤー。マイヤーの周囲の雪が震えている。それに、降り注ぐ雪も自我を持ったかのように彼の周囲を飛び回る。


「なんのつもり?」


「絶対零度という言葉を知っているか?マイナス273度の極低温で、生物は完全に生きこることはできない。どんな状態であろうとな。」


「やめろー!」


俺はバーカーを降ろし、持っていた剣を振り上げ、足にへばりついた氷を叩き割るとマイヤーに近づこうとする。だが、彼の周りの風圧は尋常ではなく、上手く近づけられない。


「生命エネルギーが凍っているの!?」


まずい、このままだとまずい。


「それ…が、聖騎士様の能力の原理か。運がいいぜ…」


そのとき、銀色の凄まじい光が辺りを包んだ。それと同時に凄まじい風圧が俺達を襲う。それが、俺の見えた最後の光景だった。

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