第3話 お返しの意味なんてわかるわけがない
「喪神氏ィィィィィィィ!」
だから嫌だったんだ。
俺が楓と一緒にバトルコーナーに足を踏み入れた途端、中にいた顔なじみのミトコンバトラー達が一斉にざわついた。ある者はキョドキョドと明らかに動揺し、またある者は目をぎらつかせてフンフンと鼻息荒く楓を凝視している。基本的に女人に耐性のない彼らであるが、かといって、嫌いなわけではない。むしろ好きなのだ。お近づきになりたい、お話したい、あわよくば触れ合いたいし、匂いを嗅ぎたいのである。やめろ、俺の妹に近付くな。嗅ぐな。
ちなみに最初の絶叫の主は霜降り伍長のものだ。イマジナリー血涙を流して俺に殴りかかろうとするのをタキザワ氏に止められている。
「貴様! 貴様ァッ! そんな可愛い妹がいるとか聞いてないぞ俺はァ!」
「伍長殿、こらえるでござる! こればかりは喪神殿に非はござらぬ!」
確かに。
楓が可愛いのは俺に非があるやつじゃない。
可愛く産んだ母親に言ってくれ。まぁ、母親だけの責任でもないが。
「楓、お兄ちゃんの後ろに隠れていなさい。良いか、アイツらと目を合わせたら駄目だ」
「え? 大丈夫でしょ。お兄ちゃんのお友達でしょ? ちゃんと挨拶しないとさぁ」
「しなくて良い。挨拶なんてしなくて良いから。さ、楓は向こうのカフェスペースに移動するんだ。ここの空気は毒だ」
最近は『ひゃくたん』のお陰で風呂キャンセル勢が激減したとはいえ、まだまだここの空気は淀んでいる。可愛い妹が吸って良い空気じゃない。
えぇ、でも、と名残惜しそうにバトルコーナーを見やる楓の手を引いてカフェスペースに連れて行く途中で、フロアの端の方にいた百田君――『ひゃくたん』を手招く。それについてももちろん伍長は吠えていたが、仕方ないだろ、今回の楓の目的が彼女なんだから。
「何でしょうか。あっ、ええと、妹さん、ですよね? あの、初めまして。私、
彼女が頭を下げるのに釣られて、楓も頭をぺこりと下げる。が、頭をゆっくりと上げながら、つま先から頭のてっぺんまでじぃぃと視線を滑らせていったのを俺は見逃さなかった。怖い。
「いつもお兄ちゃんがお世話になってます。妹の楓です」
「こちらこそ、ミトコ――、あの、名前は……?」
ちら、と俺を見る。『ミトコンウォリア』というプレイヤー名を妹にも伝えているのか、という確認だろう。「大丈夫、伝えてある」と頷くと安心したように「ミトコンウォリアさんにはいつもご指導いただいております」と続けた。
いや、俺は特に指導も何もしていない。ただ、バトルをしているだけである。
「ふぅん」
目を細め、鼻を鳴らす。こらこら楓、やめなさい。
「ひゃくたんさん、お茶でもいかがですか? 私、ここでのお兄ちゃんのこと、全然知らなくって。教えてもらえると嬉しいなぁって」
「私で良ければぜひ! えっと、良いですか、ミトコンウォリアさん?」
「ちょっと待て楓。お前、何を聞き出すつもりだ?」
「え~? お兄ちゃん、ここでは有名人みたいだし? 活躍ぶりを聞きたいなぁ、って思っただけだけど? 強いんですよね? ひゃくたんさん」
「それはもう! 鬼神の如き強さですよ! あれ? 楓さんはご存知ないんですか、お肉フェスの昨年覇者とか。話してないんですか、ミトコンウォリアさん」
「いや、話してるけど」
それでも「へー、すごいねー」くらいの反応だったしなぁ。
俺の反応を見て、ひゃくたんが、ぱっと目を輝かせた。何かよくわからないが、「わかりました、お任せください」みたいな顔である。
「楓さん、お兄さんの凄さをたっぷり語らせていただきます! さ、席に!」
「わぁ、ありがとうございます、ひゃくたんさん。――あ、お兄ちゃんは向こうで遊んできてて良いよ」
「楓、お兄ちゃんは遊んでいるんじゃないんだぞ、あれは魂と魂のぶつかり合いで――」
「そういうの良いから。あ、お兄ちゃん、ここのお茶代なんだけど」
「大丈夫だ、お兄ちゃんが全部出す。ひゃくたんの分もこれで」
そう言って、楓に万札を手渡す。
「ミトコンウォリアさん、私の分は」
「良いんだ。妹の前ではカッコつけさせてくれ」
「そうですよ、ひゃくたんさん。お兄ちゃん、私には甘いんで」
「素敵なお兄さんですね」
「そうなんです。昔から、私のことが大好きなんですよ。ね、お兄ちゃん?」
「楓、そういうのはここではあまり……」
「もー、照れちゃってー」
「照れるとかではなく」
いや、普通に恥ずかしいだろ。確かにお前のことはとても大切に思っているし、大好きな妹ではあるが、お兄ちゃんはここでは冷酷非情なミトコンバトラーなんだぞ? キャラ崩壊も良いところじゃないか。
「おうおうおう、喪神氏ィィィ!」
「ヤバい、タキザワ氏を振り切って伍長が!」
「ミトコンウォリアさん、行った方が。あの、楓ちゃんは私がここで守りますから」
「済まない、頼んだ」
万が一俺の目を掻い潜って伍長以外のミトコンバトラーがここに乗り込んで来たとしてもひゃくたんが返り討ちにしてくれるだろう。胸ポケットからカードケースを取り出して頼もしいことを言ってくれた彼女に、俺は力強く頷いてその場を後にした。
「くそぉぉぉぉぉぉぉ! 何で勝てねぇんだ俺はよぉぉぉぉぉぉ!」
「伍長殿、落ち着くでござる」
「タキザワ氏ィィィィ! 俺はっ、俺はっ、いつになったらアイツに勝てるんだ! 俺がアイツに勝てるところはないのか?!」
両手をつき慟哭を上げる伍長に、タキザワ氏が「うーん」と唸る。それで俺と伍長を交互に見やった後で、「伍長殿の方が背が高いでござるよ」と言った。
もちろん伍長は「そういうことじゃねぇんだよぉ」と吠えたが。
「ミトコンで勝ちたいぃぃぃ! 『お兄ちゃん♥』って語尾にハートマークつけて呼んでくれる妹が欲しいぃぃぃぃぃ! くれ! 喪神氏の妹を俺にくれ!」
「絶対やらんわ、死ね」
そう吐き捨ててカフェスペースに戻ろうとしたが、そうはさせじと次々に挑戦者が現れる。どうやら俺をここで足止めし、妹の元へ行こうとしているらしい。何なんだそのチームワーク。チクショウ、卑怯だぞ。そう思ったが、案ずることはない。あっちにはひゃくたんがいる。彼女に任せておけば大丈夫だ。
気付けばあっちでもこっちでもバトル開始である。タキザワ氏がおろおろしながら向こうの審判をしに走っていくのが見えた。何だこれ。何だこの状況。ニチアサの特撮なんかでよく見る、集団の下っ端敵に襲われているシーンのようである。背中は任せたぞひゃくたん、俺の妹を頼む。そう考えると、何だかものすごく相棒感がある。
フロアが静かになったのは、それから一時間後のことだった。あちこちには俺達にボコボコにされたミトコンバトラー達が「無念……」と涙を流して転がっている。それを見て、楓が「すごーい」と目を丸くした。そうだろうそうだろう。お兄ちゃんの凄さがわかっただろう?
「ひゃくたんさん、お強いんですね!」
「――え?」
俺じゃないの?
「そんな、私なんてミトコンウォリアさんに比べたらまだまだで」
「そんなぁ、ご謙遜なさらず! お兄ちゃんが凄いのはまぁだいたいわかるんですけど、でも、ひゃくたんさん、見るからに普通の可愛いお姉さんなのに!」
「それほどでも……」
待って待って待って。
楓? お兄ちゃんの方が強いんだぞ? ひゃくたんよりお兄ちゃんの方が強いんだぞ? なぁなぁなぁ。
「か、楓……?」
「お兄ちゃんにはもったいなくない?」
「え」
「ひゃくたんさん、聞いてください。お兄ちゃんったら、見るからに本命っぽいチョコレートをもらったのに、全然気付いてないんですよ?」
「え、おい、それは」
バカ楓、それを渡したのそいつだぞ! いや、これはわざとか? わざと言ってんのか?
「乙女心をちーっともわかってないんです。なんか、適当なのを返せば良いだろ、とか言ってて! どう思います?」
「い、いや、楓、お兄ちゃんは、その」
「あら、そうなんですか? ミトコンウォリアさん。その人は勇気を出してあげたかもしれないのに、適当なやつで済ませるんですね。そういう人なんですね」
「勇気って、君なぁ! サラッと渡しただろうが!」
思わず言い返すと、ひゃくたんは、にや、と悪い笑みを浮かべて「私あれでも結構頑張ったんですけどねぇ」と小声で呟いた。
「う……、ちゃ、ちゃんとそれなりのを返す、から。それで良いだろ」
もそもそとそう言う。
「それなりぃ?」
と楓が訝しげな顔をする。
「えっと、なんか、あの、良いやつ、を?」
自分で言っといて何だけど、『良いやつ』って何だ? GO-DIVAってホワイトデーでもアリなのか? バレンタイン専用なのか?
「ちゃんと気持ちも込めてくださいます?」
「き、気持ち?!」
「私、気持ちも込めたんですけど?」
言われてみれば確かに、なんかそれらしいことは言われたっけな。えっ、そういうものなのか? そこまでするものなのか?
「そ――れは、その、まぁ、何かしらの? 何か、は、まぁ、込める方向、で?」
苦し紛れにそう返すと、女性陣は顔を突き合わせてにんまりと笑った後で、
「言ったね、お兄ちゃん」
「言質とりましたよ、ミトコンウォリアさん」
とハイタッチした。何だお前達いつの間にそんな仲良くなったんだよ。
その翌週、楓に頭を下げてアドバイスを乞い、「いまのお兄ちゃんならこの辺りが良いと思うな」と、人気店のマカロンを教えてもらって購入したわけだが、ホワイトデーにこっそりと渡すと、「へぇ、課長。成る程ですね」と何やら含んだ笑みを返されたのが気になる。
ミトコンバトラーに乙女心は難解すぎる! 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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